65 肉を取り戻そう6
『爆発シリーズ』系列魔導具の一つ――『鎚爆弾』。
生粋のハンマー信仰者であるギムル師匠以外にはまるで売れず、未だに店の商品棚を占拠する逸品である。
しかしその威力は申し分なく、直撃すればタダでは済まない。
……済まなすぎて使用者も確実に巻き込まれるのが難点といえば難点だが、これは仕方がない。
だって爆発はロマンなのだ。
とはいえ、俺の身体は〈竜人〉のオルガや全身甲冑のイツキほど頑丈にはできていない。
仕事着である服には、それこそ様々な効果を付与してあるが、それでもこれだけの爆発を至近で受ければひとたまりもない。
間違いなくスプラッタな肉塊になること請け合いである。
いくらロマンのためだとしても、まだまだ死ぬつもりはないので、『鎚爆弾』を使うに当たっては事前に対策をしておく必要があった。
そのために攻撃する直前に飲んだのが、魔導薬『鋼加護薬』。
一時的ではあるが、使用者に絶対とも言える防御力を約束する魔導薬。
この薬を用いれば『鎚爆弾』をリスクなく使えるというものだ。
……でも、できれば使いたくなかったんだよなコレ。
「……ククッ」
「……ッ!?」
爆発によって生じた煙が少しずつ晴れていく中で、耳に届いた含み笑い。
……マジか、嘘だろ、中型魔獣くらいなら粉微塵にするくらいの威力があるんだぞ?
だからこそ周囲に他の探索者がいないか確認して使ったというのに。
「クックック……」
そんな俺の祈るような想いをよそに、徐々に露わになっていく視界の先に映るのは一人の男。
流石に無傷とはいかなかったのか、丁寧に撫でつけてあった髪はボサボサ。
一目で高級品と理解できる紳士服も所々破れ、あちこち薄汚れている。
しかし健在。当の本人は五体満足でピンピンとしているようだ。
いや、ホントにマジか。
あんな化け物染みた能力からして死ぬことはないだろうと思ってはいた。
しかし、それでも怪我くらいはするだろうと予想していたんだけど……このオッサン、人間やめてないか?
「ハーハッハッハッ、愉快愉快!! まさか自爆を覚悟しての特攻とは思わなかったな! ……さてはあの無様な逃走も、仲間から私を引き離して巻き込まないようにしようという配慮ゆえだな? 実に勇気のある青年ではないか!」
そんな事実はない。
単にそのまま逃げ切ろうとしただけです……まあ、無理だったけど。
できれば今すぐにでも逃走を再開したいところだけど……あー、きたぞきたぞ。
「さて、仕切り直しといこう――む?」
楽し気に剣を構えなおすオッサンが怪訝な声をあげた。
まあ、自分が何もしていないのに目に前の相手がドサリと地面に倒れたら驚くよな。
「――ふむ、これはいったい?」
最初は罠か何かかと警戒していた仮面紳士だったが、ピクリともせず地面に横たわったままの俺を見て、慎重に近づいてきた。
そのまま手早く俺の身体を調べていく。
「……むぅ、硬いな。まるで鋼のような頑強さだ。なるほど、この硬さならばあの爆発にも耐えられるというものか。……しかし、何故動かないのかね?」
動かないというか動けないんだよねー。
一次的に圧倒的な防御力を与える『鋼加護薬』。
ただしその防御力を維持したまま動けるのは30秒程度。
あとは薬の効果が切れるまで指一本とて動かせなくなる。
防御力は維持されたままだけど、一人きりであれば絶対に使いたくない魔導薬である。
「事情はわからないが、どうやらここまでのようだな。他にめぼしい相手もいないようだし、今回はここまでにしておくとするか」
そう言って俺が確保していた〈十年土竜〉の檻を回収。
沼に嵌って身動き取れなくなっていた"不動の巨凱"さんと合流する"漆黒の魔剣士"。
そのまま山と積まれた〈十年土竜〉の檻を担ぎ上げ、輝かんばかりの笑顔で片手を上げる。
「では探索者の諸君。宣言通り、この〈十年土竜〉は残さず私が頂いていく。次回は今回以上の奮戦を期待するぞ……さらばだッ!!」
『ご、ごめんなさい! 馬に蹴られたようなものだと思って忘れてください!!』
「「「ふざけんなぁアアアアアッッッ!!」」」
高らかに告げて逃走していく両者を、まだ意欲のある探索者の一部が追いかけていく。
……まあ、なんだ。
残念だけど望み薄だろうなー。
あの脚力に追いつくのは難しいだろうし、追いついたところで無双されるだけだ。
というか……『今回』?
まさか『次回』もあるのだろうか?
正直勘弁してほしいのだが。
「……あれを捕まえるのは無理っぽいわね。時間もだいぶ過ぎちゃったし、今年は〈十年土竜〉は食べられないか」
傍に寄ってきたミリィが傾いた陽に眼を細めながら嘆息した。
〈十年土竜〉が地中から這い出して来る時間帯は決まっているので、その見識は正しい。
つまり逃げるオッサンを捕まえられなければ、今日一日の労働は丸ごと無駄になる。
むしろ労力と時間と道具費用などを考えるとマイナスだ、最悪である。
「ボクは食べたことなかったからちょっと残念かな? ところで……エルトはなんで固まってるの?」
「おおかた変な魔導具の副作用かなんかでしょ。放っておいてもそのうち治るんじゃない?」
「ってことは……ひょっとしてチャンスだったり?」
指先でツンツンと俺の頬を突きながらフィリスが首を傾げ、ミリィがその疑問に答えた。
しかしミリィさん、ちょっと冷たくないですかね?
いや言ってることは当たってるから反論の余地はないけどさ!
そしてチャンスってなんだチャンスって。
「……チャンス?」
「いやー、ほらさあ……こんなに泥だらけにされるとボクも思うところがないわけじゃあないんだよね、なんていうか乙女的に?」
そう言って泥で汚れてしまった栗色の髪を摘まむ。
やべえ、口調は穏やかだけど眼が笑っていない。
なんとなくだが、獲物を弄ぶ猫科の動物を思い浮かべてしまった。
「……なんでソレで疑問形なのよ?」
フィリスの豊かな胸部装甲にジットリとした視線を向けながら訊き返したミリィだったが、何を思ったのか続けて口を開く。
「まあ、いいんじゃない。 少しぐらいお仕置きしてもいい薬でしょ」
うおい、幼馴染!?
そんなにあっさりと見捨てなくてもいいんじゃないかな!?
『んー? なにをやってるのかな?』
先程まで面白そうにオッサンを追いかける探索者たちを眺めていたアンナだったが、それにも飽きたのかフワフワと近寄ってきた。
ナイスタイミングだ!
どうかこの悪魔たちを止めてください!
「〈十年土竜〉はもう無理っぽいから、代わりにエルトで遊ぼうって話だよ。アンナちゃんも交ざる?」
『なにそれおもしろそうっ!』
子供か!?
いや子供だったな!
ここに常識人はいないのか?
ああ、抗議したい、でも『鋼加護薬』の副作用で何も言えない。
「ふむ、なにやら面白そうな話をしているのであるな」
「私たちも加わらせてもらっても構わないか?」
続けてオルガとイツキも集まってきた。
やった、常識人来た!
これで勝てる!
「折角の闘争に良いところで水を差されてしまったのであるからな。我輩も加わる権利があると思うのである」
「パーティの総意とあっては私には止めることは出来ないな。いや、別に他意はないのだが」
微妙に笑いを堪えてる顔で言われても説得力ねえよ!
てか駄目だこれは。
味方じゃないかった、むしろフィリスたちの援軍だった。
「ま、順当に自業自得ね。諦めなさいな」
ポンポンと軽く俺の頭を撫でるミリィに、若干悪い笑みを浮かべながら動けない俺を囲むパーティメンバー。
――何故だ、どうしてこうなった?
決まっている、なんもかんもあのオッサンのせいである。
あの変態め、次に会ったら覚えてろよ。
実際のところ二度と会いたくないけどな!
鎚爆弾
爆発シリーズ。
叩きつけると大爆発を起こす。
当然使用者も爆発に巻き込まれる。
重い、投擲武器には向かない。
鋼加護薬
服用者に強力な防御力を与える。
物理的攻撃も魔術的攻撃もなんのその。
ただしその状態で自由に動けるのは30秒。
以降30分は物言わぬ石像と化す。




