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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
仮面の紳士と謝肉祭の話
61/68

60 肉を取り戻そう1

 その笑い声は一本の巨木の上の方から聞こえてきた。

 その巨木は草原の中でポツンと一本だけ屹立してして遠方からもよく見えるので、《熱砂迷宮》の柱と同じく目印替わりとして重宝されていた。


「ハーッハッハッハ!!」


 その巨木から突き出た太い枝の一本。

 その上に響き渡る笑い声の主であろう怪人物が立っていた。


「ハーッハッハッハ!!」


 逆光で顔は窺えないが、おそらくは男性。

 黒い紳士服(スーツ)に黒いスラックスに黒いマント。

 存在を誇示するかのように笑い声をあげながらこちらを見下ろしている。


「ハーッハッハッハ――――ゴホッ!? ガフッ……げほっ……んんっ!」


 ……むせたらしい。

 高笑いをし過ぎである。


「トウッ!」


 一際鋭い掛け声をあげながら枝より飛び降り、空中で無意味に一回転しながら着地。

 無駄に洗練された無駄に華麗な所作。

 というか、結局降りてくるなら何のためにわざわざ木に登ったし。


「――天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ! 美味い肉が食べたいと私を呼ぶ! 聞くがよい、強欲な探索者たちよ! 我こそが巨悪を裂きし一条の光――漆黒の魔剣士なり!!」


 ……やべぇ。


 ドーンッ、と怪人物の背後で何故か爆発が起き、それと共に宣言される勇ましい口上。

 余りと言えば余りの展開に茫然自失の探索者たちをよそに、俺は人知れず戦慄していた。


 露わになった相貌は、蝶を模した仮面によって隠されているのでハッキリとはわからないが、少し白髪の混じったブラウンの髪からすると、たぶん中年くらいじゃないだろうか。

 仮面の奥から覗く瞳は猛禽のように鋭いが、同時に子供のように輝いている。

 もう、なんというか……今の状況を全力で楽しんでいます、と一目で理解できる。


 ……この手の奴はヤバいのだ。

 具体的にはハンマー狂いの某〈岩鉱人(ドワーフ)〉並みにヤバイ。

 しかし、あの超仮面のセンスは素晴らしいな。

 くッ……漆黒の魔剣士、いったい何者なんだ!?


「……あー、えっと……あのな、おっさん。悪いけど俺らは――」


「漆黒の魔剣士だ!」


「……漆黒の魔剣士の遊びに付き合ってる暇はないんだ。どっかよそでやってくれないか?」


「ふむ、これを見ても同じ台詞を口にできるかね?」


「「「――――なっ!?」」」


 仮面紳士がバサリとマントを翻すと、そこにはいつの間にやら山と積まれた小型の檻。

 言うまでもなく、その中には捕獲された〈十年土竜グレイモール〉たち。

 その光景を前にした探索者たちから怒声があがる。


「てめぇが犯人か、この野郎!!」


「何が魔剣士よ、ただの泥棒じゃない!」


「覚悟はできとるんだろうの、小僧……ッ!」


「ハーッハッハッハ……笑止!!」


 殺気立つ探索者たちの怒声を仮面紳士が笑い飛ばす。


「私は探索者たちによる〈十年土竜グレイモール〉の独占へ一石を投じた革命者。当然ながらこれらは民衆へと配らせてもらうつもりだ。そう、言わばこれは義賊!! 我が行いに恥じ入る点など一滴たりともありはしない!」


「「「ふざけんなぁぁぁああああああッ!!」」」


 仮面紳士の語るあまりに一方的な持論にブチ切れる一同。

 もはや話し合いの余地なしとばかりに武器を掲げ――


「――よし、とりあえず黙んなさい」


 皆が動き出す前に、幼馴染の少女が先んじて行動していた。

 『魔束放筒(カノン)』より容赦なく放たれる魔力砲撃。

 発せられる魔力からして威力はおそらく暴徒鎮圧モード。

 探索者たちの間を縫うように放たれた光の奔流は悠然と佇む仮面紳士へと迫り――


「王技――【ライトニング・セイバー】ッ!!」


 漆黒の長剣によって断ち切られた。


 ……。

 …………。

 ………………。


「……うっそだー」


 目の前で起きた出来事が信じられず、思わず動きを止めた探索者たち。

 そのうちの一人である女性探索者がポツリと零した一言が、この場にいる全員の心情を表していた。


 探索者であれば誰もが一度は喰らったことがある『魔束放筒(カノン)』の一撃。

 ミリィの馬鹿魔力を用いたその威力を身をもって知っているからこそ信じがたい、受け入れられない。


「【セイバー】ッ! 【セイバー】ッ! 【セイバー】ッ!!」


 立て続けに放たれる速射砲撃。

 一発一発がそこらの力自慢程度、一発で打ちのめせる光の魔弾。

 その全てを漆黒の魔剣士は一閃でもって斬りはらう。

 その手に握られるのは夜の闇より尚暗い黒の長剣。

 魔力の燐光を受けて輝く刃からは、ある種の凄みを感じずにはいられない。


「あの動き……かなりの使い手とみた」


 凄まじい速度で魔弾を斬り捨てる魔剣士を見たイツキが感嘆の息をついた。

 その片手はいつでも斬りかかれるように、すでにカタナの柄へと伸びている。


「――おい」


「……ああ」


 動揺から立ち戻った探索者たちが頷き合う。

 既に皆が理解していた。

 このおっさん……恰好も言動も全力でふざけている。

 しかし……どうやら実力の方までもふざけているのだと。


「――――」


 これ以上撃ち続けても埒が明かないと判断したのか、『魔束放筒(カノン)』による斉射が止んだ。

 得物を握る片手を下ろしたミリィの表情は苦々し気だ。

 こんなふざけた相手に攻撃を防がれたのが、何気に悔しかったらしい。


 ……なんか忘れがちだけど、彼女の本職はギルドの受付なのだから、気にする必要はないと思うのだが。


 しかし、ここで漆黒の魔剣士が余計な言葉を口にした。


「フハハハハハハハハッ! なかなかやるではないか! しかしこの漆黒の魔剣士、幼女(・ ・)に敗れるほど落ちぶれてはおらん! 酒を飲めるようになってから出直してくるがいい!!」


 ――空気が凍った。

 傍らのイツキが冷や汗を流し、空中のアンナがアワアワと慌て、フィリスがあちゃーと頭を抱え、オルガが何故か漆黒の魔剣士がいない方向へ警戒を向ける。

 ブチリ――耳に聞こえたわけではないのだけど、そんな音がしたような気がした。


「……ふぅ。"謝肉祭"は一時中断ね、この状況じゃあ〈十年土竜グレイモール〉の捕獲どころじゃないもの」


 落ち着いた、とても静かな声音でミリィが告げた。

 特に焦った様子もなく、彼女はとても冷静だ……少なくとも見かけだけは。

 だけど俺は知っている。

 この異様なまでの落ち着きは、噴火寸前の張りつめた静寂なのだ。


「――――(ニッコリ)」


 にこやかに、とろかすようにミリィが笑った。

 前後の状況が違いさえすれば魅力的だとさえ言えるような微笑み。

 そんな笑みを浮かべたまま、ミリィの右手がゆらりと上がる。


「全力でこのふざけた変態を捕まえなさい! 見事生け捕りに成功した探索者にはギルドから特別報酬を出すわ!!」


「「「うぉぉぉおおおおおッ!!」」」


 ミリィが片手を振り下ろして放った号令を受け、探索者たちが一斉に動きだす。

 もともと〈十年土竜グレイモール〉を盗まれて怒り心頭だったところに、『特別報酬』という言葉が火をつけたのだ。

 「ちょっ!? ミリィちゃん!?」などと筋骨隆々のギルドマスターがあげた声は、探索者たちの雄叫びに飲まれて消えた。


「フハハハハッ! ――意気やよし。さあ、かかってくるがいい!! 見事我らを討ち果たしてみせよ!!」


 黒マントを翻して哄笑をあげる漆黒の魔剣士。

 周囲を取り囲む探索者たちにもまるで怯む様子はなく、むしろ喜んでいるようにも見える。


 ……どこの御伽噺(おとぎばなし)の魔王だ、お前は。

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