59 狩りに行こう5
「そういえばアンナちゃんって生き物の気配が感覚でわかるんだっけ? それなら〈十年土竜〉が顔を出す場所を察知できても不思議じゃないか」
うん、これは俺にとっても嬉しい誤算だった。
元々は普通に捕獲するつもりだったから色々と準備してきたのだが、「お兄ちゃん、お兄ちゃんッ」と袖を引っ張られた結果、想定の何倍も楽に捕獲することが出来たのだ。
「――理屈はわかる。悪いことをしている訳でもないし、確実に捕獲できるならそれにこしたことはないだろう。だが……なぜか素直に喜べないのはどうしてだろうか?」
あー、いや、まあ……言いたいことはわからんでもない。
こう、なんというか、あれだ。
毎日頑張って働いていたら、知り合いがギャンブルで一発当てたのを聞かされたような感覚というか。
「方法としては否定はせんのであるが、吾輩自身としては却下であるな。あまり楽をし過ぎると修行にならんゆえに」
龍を目指して研鑽を積む〈竜人〉らしい意見ではある。
しかし……しかし、だ。
「「「…………」」」
なーんで三人が三人とも、視線を捕えた〈十年土竜〉に向けてるんですかねー?
隠そうにも隠し切れない欲望を感じて、正直ちょっと身の危険を感じなくもない。
まあ、逆の立場なら同じようにしてた気がするので不快感はないんだけど。
「……はぁ。そんな目で見なくても全部売るつもりはないよ。一匹は再買取して皆で食べるつもりだし」
嘆息して言うと、
「さすがはエルトだな! 私はもちろん信じていたぞ!」
「あはは、ごめんねー。……なんか催促しちゃったみたいで。けどボクも食べたことがないから興味あるんだよね」
「吾輩、普段なら〈人種〉の食事は下に合わぬのであるが、〈十年土竜〉の肉はあらゆる種族を魅了すると聞くからな。……申し訳ないが楽しみなのである」
これである。
嘘をつかない正直なのは美徳なのだろうけど、少しくらい隠す努力をしてもいいのではないだろうか?
といっても今回は三人に押し切られたというよりも、
『わーい、おにくだーっ!』
上で飛び跳ねているアンナへの礼といった点が大きい。
彼女に味わってもらうだけなら『アンナの指輪』を俺が装備して食事をするだけでもいいのだが、それだと彼女は絶対罪悪感を感じるだろうからな。
口ではなんのかんの言いつつも、アンナはイツキたちに懐いてて、根は寂しがり屋の良い娘だし。
それに食事は皆で囲んだほうが美味いしな。
――などと考えながら歩いていると、
「だからテメェが盗んだんだろうがッ!?」
辺りに殺気混じりの怒声が響くのが聞こえた。
「……?」
うわー、なんだろうか。
どう考えてもトラブルなんだろうが勘弁してほしい。
聞かなかったふりをしたいところだけど、怒鳴り声を聞いた瞬間からイツキが飛び出して行ったのでそう言うわけにもいかない。
面倒なことにならなければ良いけど……と考えながらその背を追いかける。
「ふざけんなッ! こっちだっていつの間にか無くなってんだぞ、むしろお前が掠め取ったんじゃないのか!?」
「んだとコラッ!!」
辿り着いた先では二人の探索者が互いの胸ぐらを掴んで罵り合っていた。
見れば周辺には他の探索者たちの姿もあり、先の二人ほどではないが、彼らもまた困惑と怒りの気配を纏っている。
ちなみに最初に走り出したイツキは状況が飲み込めないので、どうすべきか逡巡しているようだ。
「ああ、あんたたちも来たのね」
「さすがにあれだけ大きな声で騒いでたらな。……で、何があったんだ?」
「……泥棒よ、泥棒。〈十年土竜〉の捕獲に成功したんだけど、気がついたら檻ごと消えてたんですって。それもあいつらだけじゃなくて、他にも複数名が被害にあってるみたいよ」
ちょうど近くにいた小柄な幼馴染に事情を聞くと、ミリィは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
なるほど、それで互いに盗んだんじゃないかと勘ぐりあっているのか。
「……それマジか? いくらなんでもそんな馬鹿なことする奴がいるとも思えないんだけど」
「あたしもそう思うんだけど……実際に被害が出てるのは確かなのよね。狩りの間、見回ってたんだけど、あいつらが〈十年土竜〉を捕まえてたのはあたしも見てたし、あの様子からすると狂言って感じでもないし……」
だよなー。
ミリィはどうにも納得できないと首を傾げているが、俺もすこぶる同感だ。
確かに探索者たちはノリと勢いで馬鹿をやらかすことが多い生き物ではあるが、いくらなんでも資格剥奪のリスクを踏まえた上でそんなことはしない……と思いたい。
それに他の探索者たちの眼もあるし、ギルドには捕獲の報告しなければならないのだから、盗みに成功してもばれる確率のほうが高いのだ。
それを考えれば、いくら食欲に駆られて暴走気味の彼らでも迂闊な行動は自重するだろう……たぶん。
「これで被害者が一人くらいなら場合によってはあり得るかもしれないけど……そういえば、あんたたちはどうだったの? その様子だと一匹も捕れなかったの?」
「うん? 何を言ってるんだミリィ。アンナのサポートもあって今回の狩りは大成功だとも。ほら、この通り――ってあれ!?」
なんということだろう。
邪魔になるといけないから、〈十年土竜〉を捕獲していた檻は地面に下ろしていたのだが……ほんの少し目を離した隙にキレイサッパリ影も形も無くなっているではないか。
「あらら、これはひょっとして……ボクらもやられちゃったのかな? オルガは何か気がついた?」
「むぅ……恥を晒すようであるが、吾輩も全く気付かなかったのである。〈十年土竜〉が自力で脱出したのであるならば檻まで消えるはずもなし。どうやら下手人はかなりの手練れのようであるな」
どうやら盗人はフィリスとオルガの眼も掻い潜ったらしい。
おのれ、許さん!
絶対に見つけ出して己の所業を後悔させてやる。
具体的には、創ってはみたものの副作用があまりに酷すぎて、俺ですら売り物にならんと判断した魔導薬のフルコースを御馳走してやる!
「やれやれ、なんとか治まったが……何かあったのか?」
『それが聞いてよイツキ! せっかくお兄ちゃんがモグラさんを捕まえたのに、誰かに盗まれちゃったみたいなの!』
「なに!? それは本当かエルト!!」
掴み合いになり、乱闘寸前だった二人の探索者を大人しくさせたイツキが戻ってきた。
アンナに事情を聞くと、愕然とした表情で詰め寄ってくる。
ちなみにイツキの喧嘩を制止された探索者たちは、頭を痛そうに抱えながらしゃがみこんで唸っていた。
どうやら手っ取り早く武力制圧したらしい。
せっかくだから後で彼らには回復薬を売りつけようかな。
え? マッチポンプ?
知らない知らない、なんのことかな?
そんなことを考えていると――
「ハーハッハッハッハッハッ!!」
突如、やたらと威厳があって、それでいて子供っぽく、にもかかわらず何故か貫禄溢れる謎の笑い声が辺り一面に響き渡った。




