6 パーティを組もう
一通りの用事を済ませた俺はそのまま店へと戻ることにした。
「い、いらっしゃいま――。な、なんだエルトか……良かった、客が来る前に帰ってきてくれたか」
ガチガチに緊張してはいたが、イツキはおとなしく店番をしてくれていたようだ。
……そっかー、やっぱり客は来なかったのかー。
……ふふふっ、予想通り。流石は俺だ。
ちょっとだけ期待していたとか、そんな事実は決してない。
「そ、それは本当の話か!? それならどうにかなりそうだ、助かったぞ!」
金貸しのところでのやり取りをイツキに教えてやると、喜色満面で飛び上がって喜んでくれた……いや、顔は見えないんだけど。
「本当に何から何までエルトには世話になってしまって……いったいどうお礼をしたものか……」
「……うん、それなら早速で悪いけどちょっと礼をしてもらおうかな?」
「む? 何かあるのか? もちろん私に出来ることならば何でもさせてもらうぞ!」
『何でも』か……そういう迂闊な事を言うから性質悪いのに付け込まれるんだよな。
まあ嫌いなタイプではないし、悪いけどこちらに恩義を感じている間に俺の都合を畳み掛けさせてもらおう。
――弱味に付け込む? 知らないな。
「まずは一つ。これからイツキはうちで生活すること」
「……は? い、いや待ってほしい。そんなわけにはいかないだろう。というか私は野宿で大丈夫だぞ?」
「おいおい、『何でもする』って言葉は嘘だったのか? ……それとも今すぐにでも食い逃げで衛兵につき出されるのが希望なのか?」
「うぐっ!? そ、それは……」
わざわざこんな条件を出したのは金貸し対策である。
イツキの借金はあくまでも無利子・無期限・無担保にしてもらっただけだからな。
野宿なんかされて余計なちょっかいを掛けられては堪らない。
こいつが借金をした経緯を考えると、甘言を弄されればフラフラ付いていってしまいそうな印象がある。
「それともう一つ。実は俺は探索者としても働いているんだけど、《迷宮》に潜る時にイツキには俺とパーティを組んでほしい」
「……エルトとパーティを? それは私としても願ってもないことだが……何か私ばかり得をしていないか? そちらには全くメリットがないような気がするのだが……?」
「そんなことはないさ。仲間が増えれば《迷宮》探索も楽になるからな、俺も十分に元は取れる」
そう、そんなことはないのだ。
今は確かに大したメリットがはないように思えるかもしれないが、後々に十分見返りはある。
言ってみれば将来への投資である。
……これに関しては詳細を教える気はないのだが。
「そうか……なるほどな。うむ、エルトは良い奴なのだな!」
鬼面の効果で声音はくぐもってはいるものの、仮面の向こう側からは弾んだ調子の声が聞こえた。
いかん、こうも素直だと……ちょっとだけ心が痛いかもしれない。
◇ ◇ ◇
イツキに条件を飲ませた俺は、店を閉めて早速探索者ギルドへ向かうことにした。
もちろん約束通りイツキも同行している。
時刻は昼過ぎ。《迷宮》で一仕事するにはちょうど良いだろう。
「――それじゃあ、あんたとイツキでパーティを組むってことでいいのね?」
「ああ、別に問題ないだろう? もともとギルドはパーティで探索するのを推奨してるしな」
「ええ、その通りね。それにあんた危なっかしいから、誰かと組んでくれたほうがあたしも安心できるわ」
ミリィにイツキとパーティを組むことを報告すると、チクリと釘を刺されてしまった。
うーん、否定したいところだが色々と前科があるからなぁ。
これも心配されてる証拠だと思っておこう。
「ふむ……随分と親しげなようだが、二人は仲の良い友人なのか?」
「幼馴染みだ」「腐れ縁よ」
「……む。……むぅ?」
俺とミリィの内容の異なる重なった声に、首を傾げ戸惑うイツキ。
まあ、どっちも似たようなものだから気にする必要はない。
「それと悪いけどイツキに少し《迷宮》について教えてやってくれないか? 俺が話すよりミリィが話したほうが分かりやすいだろう?」
「そうね、ちょうど今は休憩中で時間もあるし。それに探索者に《迷宮》や基本的なルールを教えるのは仕事の範疇だから別に構わないわよ」
「じゃあ悪いけど頼むわ。こいつ、ちょっと世間知らずだから心配でな」
「むっ、待て。それは聞き捨てならないぞエルト。私のどこが世間知らずだというのだ?」
世間知らずは皆そう言うのだ。抗議の声をあげるイツキに白い目を向ける俺とミリィ。
一応ミリィには例のマッチポンプについても説明していた。
一瞬「うわぁ」とでも言いたげな視線を鎧武者に向けたのは、きっと気のせいではない。
「それじゃあ、ちょっと場所を移して説明してくるわね」
「ああ、よろしく頼む。俺は適当に時間潰して待ってるからな」
「あっ、こら! 無視するな!」
騒ぐイツキをギルド職員の休憩室に引っ張っていくミリィ。
背丈はミリィのほうが低いのだが、まるで聞き分けのない弟妹の世話をする姉のように見えた。
「よう、貧乏魔導付与師。今日もせせこましく稼いでんのか?」
二人が別室に消えてからしばらくは、ギルドの建物の中で他の探索者と話をしたりしていた。
話の内容は店の宣伝だったり、ちょっとした世間話だったり。
地道な営業努力こそが借金完済の道を開くと信じている。
そんな勤労意欲の塊である俺に背後から失礼な声を飛んできた。
失敬な、断じて貧乏なのではない! ……少しばかり借金があるだけなのだ。
不当な蔑称は断固として否定せねばならぬと勢いよく振り向くと――
「……ええと、どちら様でしょうか?」
「サントスだ!」
「バークっす!」
「カ、カバディなんだな!」
背がひょろっと高い男と逆に小さい男。そして肉が多くて横幅がデカイ男が叫んだ。
人相は良いとは言えず、道行く子供に「ママー、チンピラー」と指さされそうな三人組である。
「俺たちとはそこそこ付き合い長いだろうがっ! とぼけて知らないふりしてんじゃねえ!!」
「ただの冗談にそう怒るなよ。……まぁ知り合いだけど友達ではないし? ええっと、三人合わせて確か……サンバカだったかな?」
「「「合わせんなよっ!?」」」
一々反応が面白い奴らだ。
このサンバカ……もといチンピラ……でもない三人組はこれでも探索者の端くれである。
年齢的に俺と同世代だからか、偶に妙に絡んでくるのだ。
「てめぇ、ミリィさんと幼馴染だからって、あんまり調子に乗ってんじゃねえぞ?」
「別にそんなつもりはないんだが……」
単に面白いから揶揄っているだけだ。
サントスたちは探索者よりも芸人が向いていると思う。
「というか何でミリィの名前が出るんだ?」
しかも何でさん付け?
「そりゃあ、サントスの兄貴は女の子の知り合いがいないっすからね。可愛い幼馴染を持ってる勝ち組のエルトに嫉妬してるっす……いでぇッ!?」
「んなわけあるか、ボケ!!」
「(ほ、本当のことでも口に出しちゃ、だ、駄目なんだな)」
流れるようなボケとツッコミ。
うん、笑ってやったほうがいいのかな?
「悪いけど金がないからおひねりは出せないぞ。漫才するなら表通りのほうが観客が集まらないか?」
「「「漫才じゃねえよ!!」」」
なんだ、違うのか。
「すまないエルト、待たせたな」
「ああん? 今は俺様が話してるのが見えねえのか……って、うぉおおおおおっ!? な、なんだてめえ! 見るからに怪しい格好しやがって! 何者だコラッ!?」
「あ、怪しい……って」
ミリィからの説明が終わったらしく、サントスたちの後ろから姿を現したイツキ。
その厳つい鬼面を見て叫び声をあげたサントスの言葉にガックリと肩を落とした。
そっかー、サントスたちから見ても怪しく見えるのかー。
「(おいこらエルト! なんなんだこいつは!? すげぇ変な格好してるし、てめえの知り合いだろ!?)」
「(何で変な格好をしてると俺の知り合いになるんだよ? イツキって名前の最近探索者になった新人なんだが……知らなかったのか? 見ての通りかなり目立つ格好だと思うんだけど……)」
「(……いや、最近はちょっと仕事サボっててギルドには来てなかったからな。……そうか、新人か。……ならそれなりの挨拶をしてやらないとな)」
サントスはニヤリと笑うと改めてイツキに向き直り話しかけた。
どうせあの顔からしてアホなことでも考えてるんだろう。
「おう、新人。挨拶がまだだったな。俺様の名はサントス、ここらじゃちったあ名の知れた――」
「サンバカだ」
「……そうか、サンバカなのか。私はイツキ・カンナギだ。よろしく頼むサンバカ殿」
「「「違ぁあああああうっ!!」」」
三人揃って全力で否定されてしまった。
そんなに恥ずかしがることもないだろうに。
あと意外とイツキの乗りが良い。
「と、とにかくだ! 新人ならまずは探索者として洗礼を受けてもらおうか!」
「「……洗礼?」」
そんなものは初耳だ。少なくとも俺が探索者になった際は受けた覚えがない。
「そう、この俺様と――腕相撲で勝負してもらおう!!」
……何故に?
俺の疑問をよそに拳を掲げて大きく宣言するサントス。
その声を聞きつけたギルド内の探索者たちが、「面白そうなことになってきた」と騒ぎ出した。
お前ら……マジで仕事しろよオイ。
サントス・バーク・カバディ
エルトと同世代の探索者パーティ。
雑魚っぽく見えるが実力はそれなり。しかし言動が追い付かない。
三人そろってサンバ……。