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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
仮面の紳士と謝肉祭の話
59/68

58 狩りに行こう4

 小動物染みた魔獣を追いかけ回す探索者たちが、食欲に支配された雄叫びをあげる《草原迷宮》。

 その一角の地面がボコりと持ち上がり、丸っこい爪で土塊をかき分けながら土竜もぐらっぽい魔獣――〈十年土竜グレイモール〉が姿を現した。


「きゅ~」


 十年という歳月を経て生まれて初めて味わう土中の外の世界。

 柔らかく降り注ぐ陽光に眩しそうに目を細め――


「【炎精よ 囲め 檻の如く】ッ!」


「きゅきゅっ!?」


 ――る暇もなく、その周囲を燃え盛る炎が容赦なく包み込んだ。


 直接的に〈十年土竜グレイモール〉を攻撃するのではなく、その素早い動きを封じることを目的とした炎系魔術。

 己の周囲を囲むソレに戸惑ったような視線を向ける〈十年土竜グレイモール〉。

 いくら素早い動きを誇ろうとも、その脚力を活かす逃げ場がなければ意味はなく、さすがにこの炎の檻に突っ込む度胸などあるはずもない。

 しからば彼はどうすべきか――


「きゅ!」


 そうだ、地面にもぐろう! とばかりに出てきたばかりの地中へと戻ろうとして、


「させぬのである!」


「きゅきゅっ!?」


 そこに、焼け付く炎の壁などものともせずに猛進する〈竜人(ドラゴニュート)〉。

 逃しはせぬとばかりに両腕を広げるその姿は、その巨体もあいまって壁が自ら迫ってくるかのようだ。

 周囲を炎で囲まれ、さらには鈍重なれど一度捕えられれば逃げることは不可能と確信せしめる剛腕の〈竜人(ドラゴニュート)〉。

 その絶体絶命の窮地にて――


「きゅっ!」


「ぬおっ!?」


 小魔獣は慌てることもなく、その抜群の跳躍力にて〈竜人(ドラゴニュート)〉の上を取った。

 侮るなかれ、〈巨人種タイタン〉すらも蹴り飛ばすその脚力は尋常ではない。

 そもそも、そう易々と捕らえられるようであるならば、高額買取のプレミアお肉扱いなどされるはずもない。

 勢いそのまま〈竜人(ドラゴニュート)〉の頭頂部さえ足場にして、己の逃走を阻む炎壁を飛び越えようとする〈十年土竜グレイモール〉。


 ――しかし、ここまでが彼女たちの想定内。


「覚悟ッ!」


 そこに〈竜人(ドラゴニュート)〉よりも俊敏さで優る全身甲冑が飛び込む。


(――空中であれば身動きはとれまい!)


 〈十年土竜グレイモール〉の捕獲にあたって、彼女たちは素直に追いかけ回すという選択肢は却下した。

 周囲で他の探索者たちを翻弄する動きを見る限り、到底追いつけないと判断したためだ。

 ゆえにこそ選んだ方策は待ち伏せ。

 三人でそれぞれ別方向を注視して、発見次第フィリスの魔術でもって動きを封じる。

 そこに間髪入れずオルガが捕獲に挑む。


 ――残念ながら十中八九これは失敗するだろう。

 しかし窮地を逃れて安堵したところをとどめのイツキが仕掛ける三段構えの捕獲作戦。

 本来障害となる炎壁に関しては気にする必要もない。

 《熱砂迷宮》の〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉対策で施された耐熱効果は今も健在だ。


 万が一にも対象を殺してしまっては意味がないので、イツキもオルガも素手ではあるものの、これは障害とはならない。

 脚力を除いては〈十年土竜グレイモール〉に突出したものはなく、一度捕えてしまえば危険もないことは確認済み。

 三人がかりのこの作戦、成功を疑う余地など微塵もなかった。


 しかし――


「きゅきゅっ!!」


「に、二段飛びだと!?」


 捕獲を確信した獲物の挙動、それを目にしたイツキが驚愕の声をあげた。

 なんと〈十年土竜グレイモール〉、逃げ場のない空中において()()()()()窮地を脱出。

 イツキも炎壁も纏めて飛び越し、脱兎のごとくその場を後にして、そのまま《迷宮》奥へと姿を消した。






「あーっ、もう! また逃げられたーっ!!」


 〈十年土竜グレイモール〉の想定以上の身体能力によって、見事に包囲を抜けられてしまった三人。

 魔術を解いたフィリスが地団駄を踏んで悔しがる。

 独力での捕獲は無理だと判断したからこその三人がかりであり、その上きちんと作戦を立てた上でとり逃したのだから悔しさもひとしおだ。

 それでも逃げた小魔獣を追いかけて《迷宮》奥へと入り込まない辺り、ちゃんと理性を保ってはいたが。


「あの俊敏さは吾輩にとって天敵であるな。向かってくるならまだしも、逃げに徹されればどうしようもないのである」


「……やはり生け捕りというのが厳しいな。せめて武器を使えれば話も違うと思うのだが」


 オルガは素直に己との相性の悪さを認め、イツキは条件の厳しさを嘆いた。

 先程の攻防の際も、愛刀『キリキリ丸』をもってすれば標的の両断は可能だったのだ。

 しかし殺せば鮮度が一気に落ちるという〈十年土竜グレイモール〉の特性がそれを妨げていた。

 そういう相手だと承知してはいるものの、それでも全力が出せないというのはフラストレーションがたまる。


「だがまあ、今ので〈十年土竜グレイモール〉の能力は把握できた。次はこれを踏まえて――――?」


「どうかしたのイツキ?」


 言いかけた言葉を切って周囲をキョロキョロと見回すイツキにフィリスが問いかけた。


「いや、たいしたことではないのだが……エルトはどうしたのだ?」


「……そういえば最初に別れてから見かけないね。さすがに《迷宮》の奥に行ったりはしないだろうから、どこかで捕獲に挑んでいるとは思うけど」


「吾輩が声をかけた時は、まずは一人でやってみると言っていたのであるが……む、あれがそうではないか?」


 オルガが鋭い爪先で指したほうへと目を向ければ確かに探してい魔導付与師(マギス)の姿。

 しかし、その彼は何をするでもなくじっと佇んでいる。

 むしろ目立つのはその頭上をフワフワと漂い、周囲の地面へと視線を走らせる金髪幼女の幽霊だ。


「――――ッ!」


 その半透明の幼女は、何かに気づいたかのようにピクンと視線を地面の一転へと集中させた。

 心なしか一房のアホ毛が空に向かって逆立ったかのようにも見える。

 そして魔導具店の店主は幼女の指さす場所へと足早に近づき、『旅の鞄』より頑丈そうな檻を取り出すと地面へと設置。

 少し離れた場所へと移動して息を(ひそ)める。

 そして――


「……きゅ?」


 土塊を掘り返して地中より姿を現した〈十年土竜グレイモール〉が、逃げる間もなく捕えられたという状況を理解する前に檻を閉じて捕獲完了。

 良い仕事をしたとばかりに片腕で額の汗を拭うかのような仕草をし――


「「「それはズルいよ/ぞ/のである!!」」」


「うおっ!?」


 一部始終を見ていた三人の発したツッコミに驚き、思わず〈十年土竜グレイモール〉を捕獲した檻を取り落としそうになった。

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