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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
仮面の紳士と謝肉祭の話
58/68

57 狩りに行こう3

 野太い雄たけびを上げながら全力で駆けてくる〈巨人種タイタン〉の青年。

 彼の目に映るのは地面から半身を出して辺りを伺う土竜もぐらっぽい生物――〈十年土竜グレイモール〉のみ。

 それ以外の何物も目に入らぬとばかりに両手を広げ――


「――きゅ!」


「もらっ――――へぶうぅぅぅっ!?」


 次の瞬間、その巨体が宙へと浮いた。

 その接近を察知して、つぶらな瞳をギランッと輝かせた〈十年土竜グレイモール〉が飛び上がり、そのあごを勢いよく蹴り上げたのだ。

 ドスーンっと地響きと砂煙を上げながら沈む巨体。


「きゅきゅー!」


 脳を激しく揺らされ白目をむいた〈巨人種タイタン〉を一瞥することもなく、そのまま《迷宮》奥へと向かって全力疾走。

 その後を――


「待てやコラァッ!」


「逃がすなー! 捕らえろー!!」


「回り込め! 囲んで追い込むんだ!」


 目ざとく気が付いた他の探索者たちが追いかけていき――


「……なんだ、あれは?」


 状況が呑み込めないイツキがポツリと呟いた。



◇ ◇ ◇



「つまりあれが今回の狩りの獲物――〈十年土竜グレイモール〉なわけだ」


「確かこの《草原迷宮》には、魔獣は出ないという話ではなかったか?」


「それは間違ってないぞ? 実際ほぼ(・ ・)魔獣は出ないからな」


「つまり〈十年土竜グレイモール〉や〈白綿獣(メリーシープ)〉は例外というわけであるな?」


「ああ、〈白綿獣(メリーシープ)〉には危険性がないし、〈十年土竜グレイモール〉が出現するのは今日だけだからな」


「今日だけ?」


「〈十年土竜グレイモール〉は面白い生態をしていてな。この《迷宮》の奥で(つがい)を見つけて子供を出産。生まれてきた子供は十年間地中で過ごして、少しずつ"扉"周辺のある場所――この辺り一帯に集まってくる。……で、毎年特定の期間に日の元に姿を現して、その後すぐに《迷宮》奥へと生息地を移す――そんな魔獣なんだ」


 確認も兼ねてイツキに先程の魔獣――〈十年土竜グレイモール〉に関する説明を行う。

 あっ、それと注意事項も説明しておかないとな。


「それと〈十年土竜グレイモール〉は《迷宮》奥へと向かうけど、後を追うのはほどほどにな。あんまり深く潜りすぎると命の保証は出来ないし」


「確か魔獣はいないけど危険な場所なんだっけ?」


「ああ、……依存性のある果実を実らせる植物だったり、幻覚作用のある鱗粉を撒き散らす蝶だったりがいるからな」


「うわぁ、それはなんというか……えげつないねー」


 簡単にこの《迷宮》奥について教えると、フィリスは顔を引き攣らせた。

 見ると、イツキやオルガも顔色を悪くしている……いや、オルガに関しては元から体色が違うからよくわかんないけど。


「――そんな《迷宮》で生活していて大丈夫なのか?」


 そう言ってイツキは心配げな眼差しを"扉"周辺の集落へと向けた。


「危険なのはあくまで《迷宮》奥だからな。今まで問題が起こったって話も聞かないし」


「なるほど……まあ、そうでなければあんなふうに農作業などできないか」


 得心したのか何度か頷く。


 とはいえそれはやっぱりそれは"扉"周辺の話であって、《迷宮》奥に関しては話が別だ。

 貴重な植物や希少な鉱物――それらを目当てとして、魔獣が出ないから危険は少ないだろうと安易に判断し、そのまま《迷宮》奥から帰らなかった探索者も多い。

 単純に『強い』ってだけではどうしようもない状況ってのもあるのだ。

 そういった場面で求められるのは経験であり知識である。


「とりあえず"謝肉祭"に関しての概要は理解できたのだが……そもそもどうしてそこまで必死に〈十年土竜グレイモール〉を捕えようとするのだ?」


 視線の先には血相を変えて小動物染みた魔獣を追い回す探索者たち。


「逃すかアッ!」


「お前は今日の晩御飯になるんだよ!!」


 ……ああ、うん。

 参加しといてなんだけど、あれを見たら首を傾げるよね。

 探索者以前に人としてあの言動はどうなのだろうか?

 ……気持ちは凄くわかるんだが。


「それはだな……美味いからだ」


 と、最も肝心なことについて教える。

 

「――美味いから? それだけなのか?」


 想定外の答えだったのか、瞳をパチクリと瞬かせた。

 これだけ大体的に騒いでおいて、その理由がただ「美味いから」というのは理解しがたかったらしい。


「あのな、イツキ? 〈十年土竜グレイモール〉の肉はそれはもう、そんじょそこらの肉など比較にならないほど美味いんだ。しかも捕れる時期が限定的な上に、大半が探索者が独占するから市場にも出回らない。王侯貴族だってそうそう口にする機会のない代物なんだぞ?」


「え、えっと……そうなのか?」


 如何に〈十年土竜グレイモール〉の肉が凄いものなのか熱弁するが、何故か引き気味に視線を逸らされてしまった……解せぬ。


「あいにくと吾輩たちも"謝肉祭"への参加は初めてであるからな。件の肉にことも人伝(ひとづて)に聞いたことはあるが、口にしたことはないのである」


「でも、あれだけ必死になってるのを見ると味のほうは期待できるよね。ギルドの買取価格も5000フォルって破格の値段だし」


「そんなにか!?」


 流石に具体的な金額に話が及ぶと、今まで実感のなかったイツキも驚きの声をあげた。

 ちなみに一般的な高級肉のお値段が50フォルだと言えば、その驚きも共感できるだろう。なにしろ100倍の値段である。

 まあこれは純粋な味の金額というよりも、入手の困難さからプレミアがついてしまった部分も多分にあるのだけど。


「注意しとくけど殺すのは駄目だぞ? 〈十年土竜グレイモール〉は死亡した瞬間から鮮度が一気に落ちるからな。基本は生け捕りでギルドに持っていくんだ」


 その場で調理できる技術と設備があれば話は別だろうが、流石にそんな現実的じゃない。

 ……あれ? でもそういった魔導具を創れたら売れるかな?


「――そこまで言われると興味がわいてくるな」


 俺の熱弁が功を奏したのか、それとも具体的な値段が琴線に触れたのか、ゴクリと喉を鳴らすイツキ。

 そういえば割と肉食系の娘さんだったな。


「食べずに売れば大金が手に入って、『ダイナゴン』の修復素材も買えるかもしれないけどな」


「うっ!?」


 なんとなく、本当になんとなくイツキの所有物である魔導具のことを口にしてみる。

 付与されていた魔術効果が切れて、未だに修復に必要な希少素材が手に入らず、置物同然となっているあれだ。

 別に忘れていたわけではないだろうが、最近は従業員の仕事やら幽霊少女(アンナ)の事とかで優先度が低くなっていたようだ。


「ぬぉおおおおっ! わ、私はどうすれば……!」


 頭を抱えて相当悩んでいるみたいだけど……それは上手く捕まえることが出来てから考えることだろう。

 そう思って視線を遠方へと向けると――


「きゅー!!」


「ぶべらっ!?」


 また一人、小動物に蹴り飛ばされて宙を舞う探索者の姿があった。

 外見は愛玩動物みたいだけど、あれで結構強いんだよなあ、〈十年土竜グレイモール〉って。

十年土竜グレイモール

 《草原迷宮》の奥地にて(つがい)を得て出産。

 生まれてきた子供は十年間地中にて過ごし、決まった時期に《迷宮》中央付近にて地上へと姿を現す。

 危険性は低いが脚力はかなりのもので敏捷性は高い。


 そしてなによりも……肉がおそろしく美味い。

 王侯貴族も一度は口にしたいと望むも、大概は探索者が再買取で独占してしまうので値段が釣り上がっている。

 なお死亡すると一気に鮮度が落ちるので生け捕りが基本。

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