55 狩りに行こう1
ベアトリスに頼まれた魔導具を完成させて納品した数日後のこと。
「エルトと《迷宮》に行くのも久しぶりだな! 今日はどの《迷宮》に行くのだ?」
ギルドに向かう道すがらイツキが楽しそうに言った。
「目当ては《草原迷宮》だけど……たぶんイツキが思っているのとは少し違うと思うぞ」
「《草原迷宮》だと?」
冑は脱いでいるが全身甲冑でフル武装したイツキが首を傾げた。
「初めてギルドに行ったときにミリィに聞いたが、あの《迷宮》には魔獣が全く生息していないのだろう? 入る意味があるのか?」
「確かに《草原迷宮》には魔獣はほとんど出ないけど、奥のほうであれば貴重な植物や鉱石があるんだよ。……まぁ、今日の目的は別だけどな」
そうでなくても魔獣とは別の意味で危険な場所ではあるのだが。
『んー? じゃあ何しに行くの?』
「それはな……ずばり"肉狩り"だ」
ニヤリと笑って答えた俺の言葉にイツキとアンナはキョトンと目を丸くした。
「なんだ、これは……?」
ギルドに辿り着いたイツキが目の当たりにしたのは、見渡す限りの人ひとヒト。
探索者ギルドの本部を埋め尽くすかのような探索者の群れだった。
日頃から迷宮探索を生業としている探索者だけでなく、別の仕事を兼業している探索者たちも来ているようだ。
俺が言えた義理ではないが……食い意地張ってるな、お前ら!
「うむ、やはりお主たちも参加するのであるな」
「すっごい人の数だよねー! ボクたちは今回が初参加だから驚いたよ!」
暑苦しいことこの上ないので隅のほうで時間を潰していると、こちらを見つけた二人組の探索者が声をかけてきた。
最近店の常連となった〈竜人〉と女魔術師のコンビ、オルガとフィリスだ。
「フィリスたちも来ていたのか……なあ二人とも、これはいったい何の集まりなんだ? みんなやたらと興奮しているように見えるのだが」
『うんうん、なんだか今にも暴れ出しそうだよね』
若干引いたような様子でイツキが問うと、フィリスは不思議そうな顔をした。
「あれ? イツキは他所の国から来たから仕方がないけど、エルトからは何も聞いていないの?」
「一応"肉狩り"ってことだけは伝えたぞ」
「間違ってはいないが端的過ぎる説明であるな」
「むぅ……だから結局なんの話をしているのだ?」
「ああ、つまり――」
三人だけで話が通じているのが不満だったのか、イツキが口を尖らせて訊いてきた。
なので詳しい説明をしようとしたのだが――
『あー、テストテスト……はい、静粛に! 全員注目!』
聞きなれた幼げな声が辺りに響き遮られることとなった。
声の元へと目を向ければ、そこには一段高くとられた台座の上に立つ茜髪の幼馴染。
手元に音声拡大の魔導具を持って探索者たちを……見下ろせてはいないな、身長の問題で。
『…………』
あれ? なんか一瞬睨まれたような……気のせい、だよな?
とういか、こういう時って普通はギルドマスターが壇上に立つのではないだろうか。
誰も違和感を感じてないみたいなのでつっこまないけど。
『さて……今日この日に集まった探索者たちには今さら説明する必要もない気がするけど。今年も"謝肉祭"の日がやってきたわ』
次の瞬間。
「「「ウォオオオオオオオオッ!!」」」
歓声が爆発した。
「ついにこの日がやって来たな!」
「ヒャッハー! 狩りまくりだぜ!」
「うふふ、去年は失敗したけど今年こそは逃さないわ」
「わしはこのために探索者になったと言っても過言ではないからのう……若い連中に獲物を譲る気はないわい」
「ヌォオオオ! ミリィちゃん最高! 幼女万――オブァ!?」
どさくさ紛れに余計なことを口にした馬鹿が撃ち抜かれた。
「野郎……無茶しやがって」
「いや待て、よく見ろよ……あの満足そうな顔を」
「そんな……笑いながら気絶してるわ!」
「そういえば……前に酒場で酔っぱらった拍子に『幼女に足蹴にされてぇ!』って叫んでたっけ」
「なるほどな……あれはやりきった漢の顔ってわけだ。へッ、大した奴だぜ」
その惨状に対して誰も異議を唱えることなく自然と受け入れていた。
彼らとしても"狩り"のライバルが減るのは大歓迎なのだろう。
手早く数人の探索者が意識を失った変態を隅へと運んで片付けていく。
本当にどうしようもない奴らばっかしだな。
というか――
「……なぁ、エルト? なぜそんな目であの探索者を見るんだ?」
「うむ……まるで屠殺場へと向かう家畜を見送るような視線だな」
「おい、失礼な事を言うなよ。ただ……意識を取り戻す前に副作用バリバリの新作魔導薬の実験台になってもらおうかと思っただけだ」
「そっかー、それなら安心……できないよ!?」
『お兄ちゃん……笑ってるけどすごく怒ってるよね?』
やだなー、どうしてそんな目で俺を見るのかな?
別におかしなことは何も言ってないだろ?
――変態死すべし、慈悲はない。
『"謝肉祭"の会場は言うまでもなく《草原迷宮》よ。開始は正午ちょうどから。ルールは例年通りで、"奪い合いは厳禁"・"奥に逃げた獲物に関しては追わない"・"獲物は殺すことなく捕獲"――以上よ。ちなみにいつも通りギルドのほうでは高額で買取を行っているけど……売る気はないわよね?』
「八ッ、あたぼうよ!」
「誰が売るもんか! 当然再買取一択だ!」
「お金なら別の方法で稼ぐわ!」
探索者たちの返答にミリィは溜め息をついた。
まぁこの反応では無理もないけど。
だが大丈夫。俺は売る気満々だから。
惜しいけど……ほんっとうに惜しいけど!
それでも今は借金返済が優先だ!
『一応断っておくけど、万が一ルールを破った場合は探索者資格の永久剥奪もあり得るから、そのつもりでね。それじゃあ……マスター、"扉"の解禁を』
抜け駆けを防ぐために閉ざされていた《草原迷宮》への"扉"がギルドマスターの手によって開かれた。
「うっしゃーッ! 一番乗りだ!!」
「事前に下見は終わってるんだ! 良い狩場を確保するぜ!」
「ふん、若造共が。わしの長年の経験を舐めるなよ」
「待ってなさいよー! わたしのお肉ー!!」
途端に手綱を離された探索者たちが《草原迷宮》へと突入していく。
目を血走らせて奇声を上げながら走り出す……うーん、すでに全力で正気を投げ捨ててるな。
まだ正午までは時間はあるが、今のうちに少しでも有利な場所に陣取る腹積もりなのだろう。
「い、いったいなんなんだ、これは……?」
そんな探索者たちの中で唯一事情が分からず戸惑うばかりのイツキ。
他国の出身の上に探索者になって間もないから無理もない反応だ。
しかし――
「ほら急ぐぞ。ボサボサしてたら出遅れる」
「獲物は強敵。吾輩たちも事前準備を怠ってはならぬからな」
「さあ、僕らも行こうイツキ!」
「だから"謝肉祭"ってなんなんだー!?」
未だに状況が飲み込めず混乱するイツキの疑問を無視して手を引き背を押す。
向かう先は言うまでもなく《草原迷宮》への"扉"だ。
事情の説明なんて後からすればいいのだ。
よーし待ってろよ、一匹たりとも逃さない。
いざ、狩りの時間だ!!




