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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
仮面の紳士と謝肉祭の話
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53 制止しよう

 ベアトリスの元を訪ねて一週間後、完成した魔導具を受け取るために依頼主のフォード男爵が店に姿を現した。


「では……こちらがご依頼の魔導具――『真名隠しの蝶仮面シークレット・パピヨン』となります」


「おお、これがそうかね!」


 差し出した魔導具を前に、新しい玩具を手に入れた子供のように弾んだ声をあげる紳士。

 正直、いい年した中年(おっさん)の態度ではないと思うものの顔には出さない。

 客商売では愛想が大事。


「ふーむ、それでこれはどう使えばいいのかね?」


「使用方法は簡単で、顔に魔導具を装着するだけです。そうすると、たとえご家族やご友人であっても、魔導具を装着した人物と記憶の中にある人物を結びつけることが出来なくなります」


「なんと、そんな簡単なことでいいのかね? ふむ、後で実際に効力を確かめてみるとして……なるほど、聞いていた通り良い腕をしているようだな。ベアトリスに紹介してもらって正解だった」


 ニマニマと笑いながら蝶を模した仮面をいじる男爵。

 (たか)のように鋭い眼差しとのギャップが凄まじい。


「……これもお客様が必要な素材を用意してくれたおかげですよ」


 『〈幻魔蝶〉の鱗粉』に『〈妖命樹〉の樹液』、『〈透明蜥蜴〉の鱗』にその他もろもろ。

 いずれの素材も《迷宮》の奥でしか入手できず、市場にもそうそう出回る物ではないはずなのだが……なんとこの紳士、たった三日で全部の素材を揃えて持ってきたのだ。

 どう考えても只者ではないのだが……いったい何者なのだろうか?


「おっとすまんな。それでは代金のほうを払わせてもらおう」


 そう言って男爵は懐へと手を伸ばし――


「御用改めである! 全員手を頭の後ろに組み、地面に伏せるべし!」


 その瞬間、男物の平服に身を包んだ若い女が店の扉を蹴破って突撃してきた。


 ――あまりにも唐突なその言葉に従って地面に伏せた半透明の幼女(アンナ)が一人。

 ――素早く顔に蝶型の仮面を装着した見知らぬ(・ ・ ・ ・)おっさんが一人。

 そして――掃除に使っていた箒でもって迎撃に打って出たメイド(イツキ)が一人。


「白昼堂々と強盗とは舐めた真似を! そこになおれ、成敗してやる!」


「くっ!? 誰が強盗ですか、誰が!?」


 同じく若い女も携えた長剣でもって受けて立つ。

 どうやら刃傷沙汰にする気はないらしく、剣は鞘に収められたままだ。

 素早さを活かした手数で押すイツキに対し、女の剣技は剛剣。

 真っ直ぐに打ち込まれる一撃は重く、イツキも受け流すのに苦労しているようだ。


「――むっ! 強盗のくせに中々やるな!」


「そちらこそ! というか私は強盗じゃありません!」


 俺の見るかぎりでは両者の実力はほぼ互角。

 イツキが動きにくいメイド服を着ている分を差し引くに、本来の実力なら若干イツキが上だろうか?

 ……というか。


「やめろお前ら! 店を壊す気か!?」


 いい加減に看過できず怒鳴りつける。

 幸い二人が打ち合っているのは商品棚のない店先だから良かったものの、こんなことを続けられたら店が滅茶苦茶になってしまう。

 それは流石に見過ごせない。

 しかし――


「覚悟――ッ!」


「まだまだ!」


 戦っているうちに楽しくなってきたのか、うっすらと笑みを浮かべて戦い続ける二人。

 こっちの言葉なんか聞きやしない。

 誰か他に制止できそうな人物がいないか店を見回すも、アンナは「やっちゃえ、イツキ! 頑張れー!」などと完全に観戦モード。

 蝶型の仮面を被ったおっさんは「ふむ、なかなか……」とこちらも観戦中。

 どちらも当てになりそうにない……というか、アンナはともかくこんなおっさん店にいたか?


「いやそれよりもこっちが先だ! かくなる上は……」


 制止の言葉が届かず、力づくでも難しい……しからば他の手段を用いるまでだ。

 先日試作した魔導具――薬瓶に納められたそれを二人に向かって放り投げる。

 放物線を描いて二人の頭上へと放たれた薬瓶は、二人の打ち合いに巻き込まれ破砕。

 必然内部に封じられたもの(・ ・)が解き放たれる。

 そして、


「「きゃあああっ!?」」


 空気に触れることで瞬間的に質量を増したソレが、戦い続ける二人に降り注いだ。


「な、何なんですかこれは!? ヌルヌルします! き、気持ち悪いです!」


「わっ!? す、滑るぞ! こ、これでは立っていられない!」


 緑色の粘液で体中をヌルヌルにした二人は、武器を取り落とした。

 さらに立ち上がろうとしては失敗して尻もちをつく、という動作を何度も繰り返してしまう。

 ……どうやら人の迷惑を考えない困った二人の鎮圧には成功したようだ。


「それで……少しは頭が冷えたか?」


「む、私はもとより冷静です。というか貴方は誰ですか?」


「人の店の扉をぶっ壊しておいてそれはないんじゃないか?」


「……あ」


 顔を顰めながら呟いた俺の言葉に「しまった!」という顔をする女。

 どうも本気で気付いてなかったらしい。

 半ば無意識での動作だったのだろうか?


「え、ええっと……あれ?」


 困ったようにキョロキョロと周囲を見回した女は、何を思ったのか不思議そうな顔をして首を傾げた。

 三つ編みに結わえた金髪が合わせて揺れて、翡翠色の瞳が泳ぐ。


 絡みつくヌルヌルに四苦八苦するイツキ――スルー。

 そんなイツキを見て吹き出すアンナ――見えないので当然スルー。

 憮然とした視線を向ける俺――スルー。

 何故か冷や汗を流す蝶仮面の中年紳士――スルー。

  

「あの……すみません。一つお尋ねしたいのですが……この店に一見すると渋い中年のように見えて、それでいて駄目な感じがする年配の男性が来店しませんでしたか?」


「駄目な感じか?」


「はい、とても駄目な感じです」


 そこだけ力強く頷かれた。

 言われて記憶を探ってみると……確かに彼女の言う客に心当たりはあった。

 先日ベアトリスの紹介で来たフォード男爵がそんな感じだったと思う。

 しかし――彼は今日は()()()()()()()()()()


「その男性なら多分うちの客だと思うけど……今日は来ていないぞ」


「そ、そんなはずは……! 確かにこの店に入るのを確認したんです!」


 そう言われても来ていないものは来ていないのだ。

 ……ところで先程から仮面のお客が口元を引き攣らせているのは何故だろうか?


「いや本当に来ていないんだよ。なんなら店の奥を(あらた)めてもらっても構わないぞ」


 ついでにイツキにも確認してみるも、彼女も俺と同じ意見らしく頷いて応えた。


「そ、そうですか……。はぁ……いったい何処で撒かれてしまったんでしょう? ……驚かせてしまって申し訳ありません。壊した扉の方はちゃんと弁償しますので」


 肩を落としてため息をついた彼女はペコペコと頭を下げてきた。

 その様子からは先程までイツキと激しく打ち合っていた剣士の面影は微塵もない。

 見ているこちらが気の毒になるくらい恐縮してしまっている。


「あー、弁償してくれるならそれでいいよ。それでおたくは何処のどなたで、何でその駄目な感じの中年を探しているんだ?」


「あ、そうでしたね。――私の名はカタリナ・エリュトゥリス。……一応王宮騎士の末席を務めさせております」


「お、王宮騎士? ……ということはその中年ってのは犯罪者か何かなのか?」


 王宮騎士――カタリナの言葉に思わず顔が引き攣った。

 そうだとしたらかなりまずい。

 ベアトリスの紹介ということで信用したのだが早まっただろうか?


「いえいえ、そういうわけじゃないんです! あの方は断じて犯罪者などではありません!」


「? だったらどうして王宮騎士が追ってたりするんだ?」


「そ、それはその……そう! 上司みたいな立場の方なんです!」


 困ったように眉根を寄せていたカタリナだったが、パッと顔を明るくすると元気よく答えてきた。


「上司……わざわざ探して回るってことは、重要な仕事でもサボったとか?」


「いえ仕事はちゃんとしてくれるんです。ただ、その……時々黙って姿を隠す悪癖がありまして」


 ――ああ、なるほど。

 頬をかいて苦笑するカタリナの様子に腑に落ちた。

 たぶん能力は高いけど、色々困った部分がある人物なのだろう。

 師匠たちがそんな感じなのでなんとなく理解できた。


「とにかく――このお店にいないのであれば、すぐに別の場所を探さないといけません。申し訳ないのですが扉の修繕費は王宮の方に請求してください。私の名前を出していただければきちんと対応させていただきますので――ふぎゅっ!?」


 そう言って立ち上がろうとしたカタリナだったが、足を滑らせて顔から床に倒れ込んだ。


「あの……本当にすみませんが、よければタオルか何かを貸していただけないでしょうか?」


「あー、うん。なんかごめん」


 赤くなった鼻の頭を押さえながら涙目で頼まれて、悪くはないのだろうけど思わず謝ってしまった。

真名隠しの蝶仮面シークレット・パピヨン

 認識阻害の付与効果をもった魔導具。

 姿を隠したりするのではなく、他者の記憶認識に干渉し正体を隠すことが出来る。

 創造に必要な素材はいずれも希少であり高価。

 また犯罪に用いられる危険性から、所持には厳しく制限がかけられている。

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