51 店に入ろう
しばらく歩き続け、ようやく目当ての店に到着した。
中央区や商業区に構えられていても違和感のない、開放的で品の良い建物だ。
ここに着くまで、なんとなく誰かに後をつけられているような気がしたのだが、やはり気のせいだったらしい。
まあ特に心当たりもないから当然と言えば当然だが。
「――へぇ、これがあんたの行きつけの店? 割と趣味が良いじゃない」
「いや別に行きつけってわけじゃないぞ。今回は此処の関係者に用があったから来ただけだし」
「店の関係者? それはいったい誰のことだ?」
「ほら、この間店に来た……フォード男爵だったか? あの人にうちを紹介したベアトリスが此処の関係者なんだ。依頼の品が品だから、本当に身元がしっかりした相手なのかどうか確認しておこうと思ってな」
「「へー、なるほど」」
……。
…………。
……………………。
何故か隣にいるミリィとイツキが平然と話しかけてきた。
「いや、何でいるし!?」
「それはまあ、あんたの後をつけてきたからだけど?」
気のせいだと思ってたら気のせいじゃなかった!
「理由に関してはイツキのほうに訊いてちょうだい。あたしも後から合流しただけだし」
「わ、私か!?」
イツキから話を振られたイツキが焦ったような声をあげた。
「い、いや別に他意はなかったんだぞ!? ただ、その……出かけるエルトの様子が少し不自然だったから……思わず、な? あっ! ちゃんと戸締りはしてきたぞ!」
そういう問題ではないんだが。
というかそんなに不自然だったのだろうか?
俺としては普段通りの態度のつもりだったんだけど。
「……まあ来てしまったものは仕方ないけど、納得できたんならもういいだろ? そろそろ店に戻ったらどうだ? ミリィのほうも仕事があるんじゃないか?」
これは純粋に親切心からだったのだが、それに二人は怪訝そうな顔を見せる。
「なんでよ? あたしたちが一緒だと何か都合が悪いわけ?」
「別にそういうわけじゃないんだけど……」
どちらかというと、二人の身の安全を慮るからこそなんだが……待てよ?
こうなった以上、むしろ二人に同行してもらったほうが話がスムーズに進むかもしれない。
俺一人だけだと、けんもほろろに叩き出される可能性が無きにしも非ずだし。
「……うん、そうだな。よしすぐ行こう! さあ行こう! 今行こう!」
「ちょ!? どうして私の背中を押すんだ!? さっきまでと態度が違いすぎないか!?」
「気のせい気のせい」
「気のせいじゃないでしょ、どう見ても……」
呆れた顔をするミリィだったが、それでもイツキの背を押して店に向かう俺の後を追ってきた。
なんだかんだ言って、彼女も店の中が気になっているようだ。
そして背後でポツリと呟かれる声。
「――でも仕事の用事で安心したわ。借金があるくせに遊興にお金を注ぐようなことしてたら……ちょっときつめのお仕置きの出番だったでしょうし」
……危ねぇ!?
店に着くまでの誘惑を我慢しといてホントによかった……!!
◇ ◇ ◇
明るい照明に開放的に開かれた広々とした大部屋。
少しずつ離れて置かれたテーブルと椅子では、お客らしき人々が思い思いに寛いでいる。
同じ席に座った人と談笑したり、軽いつまみとお酒を嗜んだり、テーブルゲームやカードゲームに興じたりと、なかなか楽しげな雰囲気だ。
「なんだか楽しそうだけど……此処ってどういう店なの?」
「見ての通り"大人の遊び場"ってとこかな。軽食とお酒を楽しめて、簡単な賭け事もできる。給仕の人からは"専用のサービス"を受けられて、普段は関わることのない層の人と知り合ったりってこともあるらしい」
「なるほどね、悪くない目の付け所ね」
感心したように頷くミリィ。
同時にクイクイと服を引かれ振り向くと、イツキが不思議そうな顔をしていた。
「なあエルト、この店の客って――」
「――アラ、坊やじゃない。ウチに顔を出すのはズイブンと久しぶりじゃないの?」
「マーダームー。"坊や"は止めてくれって前にも言ったじゃないか」
「ワタシからすればまだまだ坊やヨ」
イツキが疑問を口にする前に妖艶な声が背後からかけられた。
声の主は肉感的で豊満な姿態をした妙齢の美女。
身体のラインを強調するような薄い服を纏っている。
――俺は興味がないが。
「えっと……?」
「フフ、可愛らしいオジョウサンたちね。エルトの恋人サンかしら?」
「いや、違うから。うちの従業員と幼馴染な。二人とも、この人はこの店の雇われ店長でマダム・クリスティーヌだ」
マダムの揶揄い混じりの言葉を切って捨てる。
「ヨロシクね。マダムでもクリスでも好きに呼んでちょうだイ」
そう言ってミリィたちに優雅に一礼するマダム。
二つの暴力的な果実が服の下で柔らかに揺れる。
――俺は全く興味がないが。
「ソレで今日はどうしたのかしラ? うちに遊びに来てくれたのならサービスするわヨ?」
「生憎と今日は仕事だよ。ベアトリスに会いたいんだけど……今は大丈夫かな?」
「アラ、オーナーに?」
マダムは童女のように小首を傾げた。
未亡人特有の妖艶な雰囲気と、この子供のような愛嬌のギャップに堪らないものがあるらしい。
客の中には彼女目当ての常連も多いのだとか。
――俺は本当に微塵も興味ないのだが。
「ウーン、昨日はだいぶ遅くまで飲んでたみたいだけど……少し待っていてくれるカシラ?」
「ああ、わかったよ」
そう言ったマダムはクルリと背を向けて店の奥へと向かう。
その安産型のお尻からは丸まった尻尾が覗く。
聞いた話ではこの尻尾がとんでもなくキュートらしい。
――俺には全然理解できないのだが。
……だってマダムは〈豚人〉だしね!
この辺は種族の違いと言うやつだろうな。
まあ人格のほうは世話好きで面倒見も良い好人物なので、俺としても好感を持っている。
……"坊や"呼びだけは勘弁してほしいけど。
「見ればわかると思うけど、この店は主に獣人系の亜人種をメインターゲットにしてるんだ」
「そうか、だから客に〈人間〉の姿が少なかったのか」
マダムがベアトリスの様子を見に行っている間に、先程イツキがしようとしたであろう質問の答えを返す。
俺の言葉を受けたイツキの視線の先には、客である獣人たちの姿があった。
〈猪人〉が酒を飲み、〈猫人〉が給仕からサービスを受け、〈熊人 〉がカードを両手に百面相をしている。
「この店で扱ってる商品は獣人向けに味を調整されてるからな。それでリピーターが多いんだ」
もちろんマダムの人気もあるんだが。
それと店内にはいるのは獣人だけではない。
数こそ少ないものの給仕や客の中には〈人間〉の姿もある。
「……はぅ~~~。モフモフ~~です~~」
……ああ、うん。
どうやら獣人好きだったらしい。
仕事に差し障りがないなら私情を挟むなとは言わないが……零れそうな涎は拭いたほうが良いと思う。
結構美人なんだけど……あの表情はない。
端整な容貌を恍惚に赤らめながら毛繕いに没頭する美人……シュールだ。
「――お待たせしたわネ。オーナーだけど会ってくれるそうヨ。店の奥のいつもの部屋にいるから入ってくれていいワ」
「そっか、わざわざありがとなマダム。じゃあ俺はベアトリスに会ってくるけど……二人はどうする?」
一応確認すると、ミリィたちは顔を見合わせ、
「ここまで来たんだから一緒に行くわ。別に構わないんでしょ?」
「うむ、私もベアトリスなる人物に興味があるしな」
そう返事をしてきた。




