5 金貸しと話そう
途中に三人称視点を挟みます。
おかしな鎧武者と出会って早三日。その間、俺はひたすらに《迷宮》探索に赴いていた。
前回の一件で空腹の恐ろしさは身に染みたからなぁ。
これからはもう少し財布の中身を意識しないと。
もちろん頭のおかしい戦闘系探索者たちと違い、俺は創造的な技術職なので十分に安全を確保した上でだ。
それと気になったのでミリィにイツキのことを確認すると、無事に探索者としての登録は行ったらしい。
そして登録を終えてからは積極的に《迷宮》に赴き、新人としてはなかなか稼いでいるらしいとのこと。実に景気の良いことだ。
……しかしそのイツキが我が家を訪ねてくる気配はまるでなし。
ひょっとして相手の人格を見誤ったかなー、などと思いつつ四日目早朝のこと。
「――なんでさ?」
それが目に入った途端、思わず溜息が零れて空を仰いでしまった。
足元にはいつかの日の焼き直しのように店先で行き倒れている鬼面の鎧武者。
頭の上ではこちらの気も知らずに小鳥が青空を舞い、「大人しく運命を受け入れよう」とでも言うかのようにチュンチュンと気楽に鳴いている。
……焼き鳥にして食うぞゴラァ。
◇ ◇ ◇
「ぱくぱく……もぐもぐ……ごくん! あむあむ……んぐんぐ……もきゅもきゅ……!」
これまたいつかの焼き直しのように、片っ端からうちの食料を食らっていく鬼面武者。
その凄まじい食欲は、まるで三日間くらい断食していたかのような勢いだ。
……おかしいな。実は時間を巻き戻す特殊能力にでも目覚めたのだろうか?
なんだか既視感のある光景と感想のような……。
いや、そういう魔導具とか創れたら最高なんだが。色んな事に使えそうで夢が膨らむ。
「……ふう。……先日に続いてまたしても世話になってしまったな。礼を言わせてもらうぞ」
「ああ、うん。それはいいんだけど……何があったら何度も空腹で行き倒れることになるんだ? まさかとは思うけど、実は行き倒れるのが趣味だったりするのか?」
どうやら食べ終わったらしい。先日と同じように丁寧に頭を下げるイツキ。
少しばかり現実逃避気味に逸れた思考を戻して事情を尋ねてみる。
「むぐっ!? そ、そんな趣味などあるはずがないだろう! それはその……色々と事情あってだな……!」
「……その『色々な事情』ってのは何なんだよ?」
流石に今回は大人しく返すつもりはない。食い逃げは犯罪である。
返答次第では衛兵に突き出すことも辞さない覚悟だ。
俺の言葉に視線を逸らすかのように鬼面が横を向くが、それで済ませるとも思うなよ?
「いや、それは個人的な事情というやつでな……。申し訳ないのだが、出来れば訊かないで貰えるとありがたいのだ……」
「……ほーう?」
少し目を細めてテーブルを指さしてみる。
言うまでもないことだが、テーブルの上にはイツキが食い散らかしたばかりの皿が所狭しと並んでいる。
「うっ……! それはその、もちろん悪いとは思っているのだが……!」
「話すよな?」
コンコンッと皿を軽く叩いてみる。
「……え、えっと……その……な?」
「は・な・す・よ・な?」
なんだろう、ちょっと楽しいかもしれない。
自分に全く非のない状況で、チクチクと相手をいじめるこの感覚……新発見だ。
目の前の鬼面を剥ぎ取って涙目を拝んでみたい衝動に駆られる。
「……あの……」
「は・な・す・よ・な!?」
「……はい、話します」
再度と問い詰めると観念したかのようにイツキは肩を落として頷いた。
……残念。もし断ったらホントに鬼面を無理矢理にでも剥ぎ取るつもりだったのに。
「実は――」
一息つくと意を決したように顔を上げる。
イツキの回想が始まった。
◇ ◇ ◇
見上げる空は青く、日差しは穏やかで温かだ。
国民性なのか辺りに漂う雰囲気も開放的で気持ちが良い。自然と足が軽くなってくる。
そんな街の中、遥か東方の国ミズホよりアーランディアに辿り着いた剣士、イツキ・カンナギは探索者ギルドへと向かっていた。
昨日、親切な青年に助けられてお腹一杯食べられたので気力も充実している。
無事に探索者になってお金を稼げたら、必ず青年にお礼をしようとイツキは決めていた。
一飯の恩義はとても重いのだ。
確かあの青年――エルトは魔導付与師として店を構えているという話だったので、いずれ利用してみるのも良いかもしれない。
「あだっ!?」
「……む?」
そんなことを考えながら歩いていたのが悪かったのか、イツキは道角から飛び出してきた人物にぶつかってしまった。
衝撃は軽く、その人物の背丈の小柄さを伝えてくる。
こちらは鎧のおかげでなんともなかったのだが、ぶつかってきたらしい幼い少年は転んでしまったようだ。
そして――ガシャンッ!! という不吉な音が路上に響いた。
「ああー!? おかあさんにあずけてもらった、ちょうこうきゅうなつぼがこなごなにー!?」
少イツキとぶつかった拍子に落としてしまった箱の中を見て、少年は大きく叫ぶ。
わざとらしい程に説明的で棒読みな口調だが、ツッコんではいけない。
「おうおうおうっ! 見てたぜ、あんた! 随分と不注意だなァ!」
「ひでーことしやがんぜ! なぁ、おいっ! この始末をどうつけるんだよ!」
そこでタイミングを見計らったかのように、少年が飛び出してきた道の奥から姿を現す男二人。
身なりは汚く人相も悪い、『見るからにTHE・チンピラ』といった容貌をしている男たちだ。
「むっ、私に何か用だろうか?」
「お、おおう!? いや、その……お、俺ら偶々そこで今の事故を見てましてね?」
「あ、ああ……その、運が悪かったなーって思いましてね? それでこれからどうするのかなー? なんて思ったりして……」
イツキが視線を向けると途端に挙動不審になる男二人。
鬼人のような仮面と無骨な甲冑姿に明らかに畏縮してしまっている。
「(おい!? なんだあいつ! めっちゃ顔怖いぞ! ひょっとしてやべー奴じゃねえのか!?)」
「(け、けどもう声かけちまったし、仕事しねぇと……! ここで引き下がったら不味いだろ!?)」
鬼面武者に背を向け、コソコソと話してた男二人は再びイツキに向き直る。
無駄にプロ根性を発揮していた。根性を発揮する場面を完全に間違えている。
もっと別の場面でその根性を発揮しろと言いたい。
「え、ええと……あんたがぶつかったせいで壺が壊れちゃったわけだし……ここは弁償かなー、と僕ら思うわけですよ!」
「そうそう! でないとこの坊主がお母さんに怒られちゃいますよ! そんなの可哀想じゃないですか!」
「むぅ……」
これがエルトであれば「ざけんな!」と叫び、ドロップキックでもぶち込むところであったが、この場にいるのはイツキである。
厳つい外見に反し、根が素直な鬼面武者は見事なまでに嵌ってしまっていた……当たり屋に。
「それは確かに申し訳なく思うが、私は生憎と文無しなのだ。弁償しろと言われても難しい。もちろん私に出来ることがあればやらせてもらうのだが……」
「それなら大丈夫っすよ! 僕ら親切な金貸し知ってますんで! あの人に頼めば金なんてすぐにでも用意してくれますよ!」
「そうそう! 行きましょう、さぁ行きましょう! 今すぐにでも!」
「……む? ……むむ?」
これはいける! そう感じたチンピラ二人に背中を押されるままに、イツキは親切な金貸しの店に案内されるのだった。
◇ ◇ ◇
「――というわけだ」
イツキから事情を聞き終えた俺は思わず頭を抱えていた。
……なんなんだ、その典型的マッチポンプな当たり屋は?
というか何でそんな陳腐な詐欺に引っかかるんだよ!?
全力でツッコみたいのだが、イツキ自身は全く疑問に感じていないらしい。
どうやらこの鎧から先日感じた残念臭は気のせいではなかったようだ。
「それでついつい借金返済のほうを優先させてしまってな。考えてみれば先にエルトの所へ来るのが礼儀だったな……本当にすまなかった」
そう言って再び頭を下げてくるイツキ。
……どうしよう。知らないふりして放っておくのが最良な気がするのだが、それでは些か後味が悪い。
気分良く日々を送るためには金銭だけでなく、精神的な充足も必要なのだ。
ここで何もしなければ確実に不愉快な感情を持て余すことになると第六感が訴えてくる。
……ああもう、もっと嫌な奴なら知らないふりして無視できたのに!
「……あのさイツキ。その金貸しとやらの居場所を教えてくれるかな?」
「うん? 金貸しの居場所だと? そんなことを聞いてどうするのだ? まさかエルトも金に困っていたりするのか?」
「い・い・か・ら・お・し・え・ろ・よ!」
「わ、わかった……教える。教えるからそう凄むな」
確かにミリィに借金ある身だからお金には困ってるよ?
でも今のイツキにだけは言われたくないんだよな。
なので少し口調を強めにして訊いてみると、素直に頷いて教えてくれた。
鎧姿からはわからんのだが、実は年下じゃないだろうかこいつ?
「よし、じゃあ俺はちょっと出かけてくるからイツキは店番を頼む」
「……は? ちょ、ちょっと待ってくれ!? そんなことをいきなり頼まれても困る! 私は店番の経験などないんだぞ!?」
「それなら心配しなくても大丈夫だ。すぐに戻るつもりだし……どうせ客なんか来ないからな」
「客……来ないのか?」
「……聞いてくれるな」
言い残して扉から外へ出た。
ふっ、輝く太陽がまぶしいぜ。
……悲しんでなんかいないよ、マジで。
今はまだ俺の魔導具の素晴らしさが周知されていないだけだと信じている……!
◇ ◇ ◇
――イツキの話に出た件の金貸しの住処は容易く見つかった。
華やかな表通り。そこからわき道に入った寂れた薄暗い場所に、目立つことなくその店は構えられていた。
基本的に豊かで治安も良いアーランディアだが、こういった場所も確かに存在している。
まあ、娼館とかが堂々と表通りに建っていたら男としては入りにくだろう。
万が一にでも人に見られたら、次の日には脅威の奥様ネットワークによって街中に広がってしまうこと請け合いだ。
強引に排除しても逆に国民の不満が溜まったり、さらに地下に潜ったりする場合もあるので、言ってみれば必要悪というやつだろう。
「エッヘッヘ、いらっしゃいませ。本日はお金がご入用ですか?」
「いや、違う。借金の相談じゃなくて、今日は別の用件で来たんだ」
「あん? 別の用件だと? いったい何の用件だ?」
店主らしい小太りの男は、俺が店に入った瞬間は営業スマイルを振りまいていたのだが、客でないとわかった途端に横柄な態度に変わった。見事なまでの変わり身である。
机の上にだらしなく肘を置き横柄に切れ長の横目で睨め付けてくる。
横に置かれている品の良い飾り物の水晶と、店主の厭らしい顔との対比が凄まじい。
まさに豚に水晶って感じだなー。
「少し前の話になるんだけど、お面をつけて鎧を着こんだ相手に金を貸しただろう。その件で話があるんだ」
「……ああ、あの変な鎧の野郎か。おいおい今さら難癖でも付けるつもりかよ? あの件は完全に合法だぜ? こっちにゃ証文だってあるんだ――ってコラアッ!!」
デブがこれ見よがしに契約の証文を見せびらかしてきたので、即座にひったくってやった。
なにやら唾を飛ばしながら喚いているが無視無視。
どうせこれは写しだろうけど、まずは内容を確認しないとな。
「……おい。この利息……明らかに法律に違反してるよな? これのどこが合法だって?」
「……へ? ……おっとこれは失敗失敗。私としたことが何か勘違いしていたようで……エッヘッヘ、これはうっかりとしてました。教えてくれて感謝しますぜ、旦那」
急に丁寧語に戻って卑屈な笑みを見せてくるデブ。
どうせこっちを無学な餓鬼だと侮っていたのだろうが、これでも一応エリートだ。この程度の知識は当然ある。
いくらなんでも俺を侮り過ぎだ。
「それじゃあ通常の利息に戻しますんで、この話は終わりということで……」
「おいおい、そんなわけにはいかないだろう。違法な利息を取ろうとした以上この借金は無効じゃないのか? こっちは出るとこに出てもいいんだぞ?」
「エッヘッヘ、馬鹿言っちゃいけねえ旦那。確かに利息に関しちゃあこっちのミスを認めますが、化面野郎がうちに借金したのは事実なんですぜ?」
そう、そこがネックだ。借金をした経緯に関してはどう考えても……というか完全に真っ黒ではあるのだが、如何せん証拠がない。
ここで無理に押しても躱されて誤魔化されるだけだろう。
「……なら取引だ。借金を無しにしろとは言わないから、代わりに無利子・無期限・無担保にしてくれないか?」
「おいおい、なめんじゃねえぞ餓鬼がッ。そんな要求、通ると本気で思ってんのか!?」
表面上の愛想笑いをかなぐり捨てて凄んでくる男。
人相は悪いけど、小太りで背が低いから微妙に迫力に欠けるな。
「それならこっちもそれなりの手段に打って出るまでだ。……だけどそれで面倒な事態になるのはそっちじゃないのか? この要求さえ呑んでくれれば、もう俺はこの件には関わらないと約束するけど」
「……ちっ!」
舌打ちを一つして男は黙り込んだ。
贅肉の詰まった下顎をさすりながら目を細める。
たぶん頭の中でどうすれば一番得か考えているのだろう。
「……もう関わらないってのは本当なんだろうな?」
「ああ、もともと俺の借金ってわけじゃないんだ。知り合いだから面倒は見るつもりだけど、無暗にあんたと敵対するつもりはないさ」
値踏みするような目でこっちを見てくる金貸し。
同時にチラチラと飾り物の水晶へと視線を向ける。
――ああ、やっぱりアレはそういう系か
ここは堂々としてないとな。怪しまれたら面倒だ。
まぁ、こっちは嘘はついていないから後ろ暗いところはないんだけど。
「わかったよ。無利息・無期限・無担保の条件を呑むぜ。……けど約束を破ったらただじゃあおかねえ。覚悟しておけよ?」
「ああ、だけどそっちも約束は守れよ? でないとこっちもただじゃあ済まさないからな」
「……ケッ。生意気な餓鬼だぜ」
一言釘を刺して店を後にする。
――どうやら上手くいったようだ。
最初に無茶な条件を突き付けてから譲歩する形にしたし、向こうに得な内容だから大丈夫だろうとは思っていた。
そもそも今回の件は完全にマッチポンプ。向こうからすれば元手は無料なのだ。
すでにイツキが払った金額だけでも十分に利益は出てるし、一々騒がれるほうが面倒だとでも思ったのだろう。
うん、約束は守るさ。
俺は手を引くよ。俺はね。
店の中でも嘘はついていないから問題はない。
――さて、もう一か所訪ねてから店に戻るとしよう。
いくら客が来ないとはいえ、あの残念な鬼面武者に店を任せておくのも不安だしな。