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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
女魔術師と竜人の話
47/68

46 敵を討とう4

 〈砂荒鰐(サンダイン)〉の〈特殊個体(ユニーク)〉である〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉は怒り狂っていた。

 己は捕食者である。引き裂き喰らうは常に自分であるはずだ。

 だというのに今回の小癪な獲物は執拗に抵抗してきた。

 忌まわしい気配を発する個体は自慢の鱗に傷をつけ、小さき個体はよりにもよって焔で己を焼き尽くそうとした。

 この灼熱の砂漠で生まれ、焔でもって立ちはだかる存在を蹴散らしてきた自分をである。


 許すまじ。二匹纏めて噛み砕いてくれる、とまずは小さき獲物を喰らおうとしたが叶わなかった。

 直前に飛び込んできた影が獲物を掻っ攫っていったからだ。

 この感覚は人間には分かるまい。

 例えてみるなら突然理由もなく引っ叩かれるような感覚が近いだろうか。

 挙げ句のはてに獲物に気を取られていた隙を、コソコソと隠れていた相手に突かれてしまった。


 しかも封じられたのは〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉にとって不快感しか感じられない氷の柩の中である。

 これで怒りを感じないはずがない。

 身体を蝕む不快な痛みを怒りに変えて、見つけ出した標的へと襲い掛かる――が。


「――ハッ!」


 全身を固い鋼で覆った個体が〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉の前に立ちはだかる。

 力そのものは大型の個体ほどではない。

 しかしその分動きが早く、嵐のように斬撃を見舞われる。

 致命と言えるほどの負傷こそないものの、自慢の鱗に傷が増えていく感覚は苛ただしい事この上ない。


「ヌンッ!!」


 そして斬撃の隙間を縫うように時折振るわれる重い一撃。

 繰り手は言うまでもなく先程散々手こずらされた大型の個体だ。

 動きこそ先の一戦に比べ精彩を欠いてはいるものの、その強靭な膂力より繰り出される一撃の破壊力は健在。

 流石にこちらは無視するわけにもいかず、回避を余儀なくされる。


「【火群よ・来たれ・集え・猛るは灼熱の炎……】」


 そして何より厄介なのは距離を置いて集中する小さな個体。

 時間を経るごと裡から生じる圧力が高まっていくのを感じる。

 先程の戦いでは、この圧力が頂点に達した瞬間に手痛い一撃を貰ってしまった。

 ゆえにこそ優先して仕留めようとするのだが――


「おっと! 危ない危ないっ!」


 標的を抱えて逃げ回る個体が一匹。

 覚えている、自身を氷の柩に閉じ込めた忌々しい個体だ。

 積極的に向かってくる二匹と違い己に決して近寄ってこない。

 しかしこいつのせいで一番危険な個体を喰らえない。

 

 ――こうなれば多少の手傷を覚悟して仕留めるしかない。

 人間風に表現するならばそんな意思を固め、〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉は標的へと突き進んだ。



◇ ◇ ◇



 ――あんたは素直に見えて内側に溜め込むことがあるから少し心配だね。


 何時だったか、そんなことを彼女に言われたことを思い出した。


「ちッ! 気をつけろエルト!」


 砂煙をあげながら迫る深紅の巨体。

 前衛で足止めを行っていたオルガとフィリスを強引に突破した〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉が牙をむく。

 狙いは詠唱を行い魔術の準備をしていた自分だ。

 おそらく先の一戦で使った魔術を警戒されているのだろう。

 ……魔力を消耗した今の自分ではアレを再び放つのは不可能なのだが。

 

「げっ!? やばっ!?」


 自分を抱えるエルトが慌てて背を向けて逃げる。

 彼の役割は詠唱を完了するまで自分を守ること、それともう一つ(・ ・ ・ ・)

 その為には逃げたほうが得策だと判断したのだろう。


 ――無理しないで仲間に頼ることも覚えなよ? 他人に助けを求めることができるのも強さなんだから。

 あの時は何と返答しただろうか?

 自分が弱いと言われているようで、感情的に反発してしまった気がする。


「よし、あともう少し……!」


 逃走経路を計算し、所定のポイントへと〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉を誘導する。


「ここだ……! オルガッ!!」


「承知したのである!」


 背後に迫っていた巨体の動きが鈍る。

 〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉の尾を捕えたオルガが力づくで引き留めたのだ。


「――――――ッ!!」


 しかし一度獲物を定めた魔獣は諦めない。

 その口が大きく開かれ、喉元から燃え盛る焔が溢れる。


「――させんッ!」


 だが、そこにイツキが風のように駆ける。

 オルガが力を振り絞り抱え込む〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉の尾。

 それを足場にその背を走り、開かれた大口の真上から刀を貫き通す!


「――――――ッ!?」


 イツキによって強制的に閉ざされた口の中で、行き場を無くした焔が荒れ狂った。


「ナイスッ、イツキ! 【発動(セット)】ッ!!」


 見事に隙を作ってくれた居候を称えたエルトが、間髪入れずキーワードを口にした。

 その詠唱に反応し、予め仕掛けられた魔導具が効力を発揮する。


「――――ッ!?」


 四方の砂の中より生じた蒼白い光の膜が、その内に〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉を閉じ込める。

 苛立った魔獣は暴れまわるが三角錐の結界はびくともしない。

 それどころか膜にぶつかるたびに〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉のほうが傷ついていく。


 これぞ『四封反膜(フォースシオン)』――《雪原迷宮》で遭遇した〈氷霊騎士(セルディン)〉の盾より創られし魔導具である。

 効果時間は蜘蛛氷網封(フリゲイダー)以上に短い。

 その上予め設置しておく必要もあるのだが、その分強力で捕えた相手を決して逃がさない。

 更に内部で生じたエネルギーを全て内側に『反射』する効力を持つ。

 そう――あくまでも内部(・ ・)のエネルギーを、だ。


「【灼熱の炎よ・全てを喰らい・焼き尽くせ】ッ!!」


 エルトが四封反膜(フォースシオン)を起動させると同時にフィリスが魔術を解き放つ。

 燃え盛る大火球は結界を通過し、内部で『反射』を繰り返す。

 荒れ狂う炎の舌が〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉を捕え、結界内の熱量が爆発的に上昇する。

 魔導具と魔術のコンボ――全てを焼き尽くさんとする業火。

 その灼熱はフィリスの最上位魔術をも上回る威力だ。


「あ――」


 四封反膜(フォースシオン)の効力が切れる。

 蒼白い光の膜が光の粒子となって消え去り、内部で荒れ狂っていた焔もまた薄れていく。

 残るは焼け焦げ倒れ伏す〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉。

 焔に耐えきれなかったのか、体の一部を欠損させ完全に息絶えている。


「――やったであるな」


 再び魔力を使い果たし肩で息をするフィリスに声をかけられた。

 見上げるとオルガが異形を歪めていた。

 見慣れた相手だからこそ理解できる。これは彼なりの笑顔だ。

 少し離れた場所ではエルトとイツキが手を打ち鳴らし、同じく笑顔を浮かべていた。


「…………」


 もう一度〈紅鱗貪鰐(フルムダイン)〉の死骸へと意識を向ける。

 ――そこでようやく実感がわいてきた。


「あ、ああ……」


 ――楽しければ思いっきり笑う! 悲しかったら声をあげて泣く! 無理に我慢して裡に溜め込む必要なんてないさ。まっ、心の端にでも覚えておきなよ。


「ああああああ」


 涙が零れ嗚咽が漏れる。

 それを堪えようとも思わなかった。

 そんなフィリスの肩にオルガが優しく手を置いた。


「あああああああああああっ!!」


ずっと裡に秘め耐えてきた感情が爆発する。

 一年という時間を経て、二人の探索者の止まっていた時間が動き出した。

四封反膜(フォースシオン)

《雪原迷宮》に生息する魔獣〈氷霊騎士(セルディン)〉の盾より創られた結界魔導具。

 効果時間は短く設置した場所に敵を誘い込む必要もあるが、効力は極めて高い。

 外部からの干渉を透過し、内部からの干渉の全てを『反射』する。

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