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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
女魔術師と竜人の話
43/68

42 検証しよう

 《雪原迷宮》の探索を終えて三日後の事。

 この三日間は入手した素材を使い、寝る間も惜しんで依頼された『耐熱』の効果付与と魔導具創りに没頭していた。

 少々眠いが満足のいく仕事が出来たと自負している。


「――というわけでこれから実証実験を行う! 一同拍手!!」


「「「(……パチパチパチ)」」」


 呼び出した依頼者二人と従業員一人の拍手の音が、店の裏の空き地に響いた。

 おおい! テンション低いよ! もっと盛り上げていこうぜ!


「(なにやらエルトの様子がおかしい気がするのであるが……何かあったのであるか?)」


「(むぅ……実はここ三日間まともに寝ていないのだ。一応食事は取っているようだったのだが……)」


「(いわゆる徹夜明けのハイテンションってやつかな? そんなに無理しなくてもよかったんだけど)」


「そこ! こそこそ話さない!」


「「「は、はい!」」」


 まったく……実証実験の大切さを理解していないとは、素人はこれだから困る。

 こういうときに良い合いの手を入れてくれるアンナがお昼寝中というのは実に残念だ。

 あの娘なら喜んで協力してくれるだろうに。


「しかしエルトよ、実証実験と言われても吾輩たちには何のことか分からんのであるが?」


 言われてみればその辺の説明をしていなかったような……失敗失敗。


「あー、うん。まぁ平たく言うと、付与した効果が機能しているかどうか実際に試してみるんだ。今回の場合は依頼された『耐熱』の効果に関してな」


「そっか、確かに実戦で使ってみる前に確かめておくのは大事だよね」


 俺の説明に納得したのかフィリスが頷いた。

 しかしイツキは逆に疑問を感じたのか首を傾げた。


「……む? それならどうしてわざわざ私たちを集めたんだ? 魔導具の効果を確かめるだけならエルトだけで十分な気がするんだが……」


 ……最近だんだん勘が鋭くなってきてる気がするな。危機察知能力が上がったというか。

 まぁ逃がすつもりはないけれど。


「それにはちゃんと理由があってな。効果の程を確かめるためには……必要だろう? ――中身(・ ・)が」


「「「……」」」


 言外に含めた意味を的確に理解したのか、三人の動きがピタリと止まった。

 ジリジリと間合いを取り初め、警戒心を浮かべながら視線で牽制しあう。

 そう、ここはすでに戦場。検証のための人材(生 け 贄)を誰にするかという意味でな……!


「――『耐熱』の効果を確かめるっていうならボクの火系魔術は必須だよね? 残念だけど、補佐に回らしてもらおうかな」


「むう……!?」


 膠着状態を断ち切るかのように先制したのはフィリス。

 オルガが一人抜け出した相棒に呻き声を漏らすがそれはいい。

 元より彼女にはそのために来てもらったし。

 それよりもここは便乗して同じく抜け出すべし……!


「それじゃあ俺も外野に回らせてもらおうかな。魔術導付与師(マギス)としては客観的視点で効果を確かめたいし」


「――ちょっと待て」


 朗らかに笑いかけ穏便な方法で離脱を図ったのだが、肩を掴まれ引き留められた。


「製作者ならばむしろ実際に効果を確かめてみるべきではないかと私は思うのだが……?」


「いやいや客観的視点からこそ見えてくるものもあるんだぞ……!」


 最近板についてきた営業スマイルで微笑みながら押してくるイツキを押し返す。

 あ、肩が痛い、マジで痛い。ギリギリ締め上げるのは勘弁してほしい。


「うむ、吾輩は〈竜人(ドラゴニュート)〉故にこうした検証には向かぬと思うのである」


「おっと、むしろそういう頑丈な人に中身をやってもらった方が安心できるんだけどな」


 さりげなく自分を除外しようとしたオルガを引き留める……逃がしてたまるか。


「――どうやら話し合いでは埒が明かないな」


「うむ、どうやら誰も譲るつもりはないようであるな」


「……となると全員が納得できるやり方で決着をつけるしかないな」


 視線を交わし間合いを取る。

 片手を握り込み構えを取って精神を集中する。

 同じように真剣な表情で油断なくこちらを見据えるイツキとオルガ。


「――いざ」「――尋常に」「――勝負!」


 勝負は一瞬で決まる。

 取り得る三つの選択肢。己が直感に従い運命を託す!


「「「最初はグー! じゃーん、けーん!」」」


 一斉に掛け声をあげる。


「「「ホイ!」」」


 グー、パー、チョキ。

 初手は引き分け。


「「「あいこで……ショ!」」」


 グー、グー、グー。再び引き分け。

 思考を読み解き、動きから次手を予想する。

 今度こそ俺が勝つ!


「「「あいこで……ショ!」」」


 ……十数回の引き分けを繰り返し、どうにか検証のための人材(生 け 贄)を決定することが出来たのだった。




「こ、これが……これが敗北のパーか……」


 イツキが敗北に打ちひしがれている。勝負事は非情だ。

 自分の出したパーの掌を見つめる彼女の肩をポンポンと叩いて慰める。

 容姿・人格・能力と基本的スペックは高いのに、妙に負け癖があるような気がするのはなぜだろうか?

 まぁ、代わってやるつもりは全くないんだけど。


「それじゃあフィリス、やっちゃってくれ」


「ほいほい、じゃあ最初は軽い耐冷魔術から――【火精・集い・纏い・その身を包め】」


 俺の指示に軽く手をあげて答えたフィリスが魔術を唱えた。

 その効果によりイツキの周囲に熱の籠った空気が集まる。

 すでにイツキは何時もの全身甲冑を装備済みだ。

 当然のことながら、その全身甲冑にもオルガたちの防具と同じく『耐熱』の効果を付与してある。


 《雪原迷宮》で入手した素材-付与の為に使う素材-消費した魔導具の実費+オルガたちからの依頼費=ギリギリ黒字といったところだろうか。

 ……左うちわ生活はまだまだ遠い。


「……おおっ、これは大したものだな! 熱が全く鎧の中に伝わってこない。これなら《熱砂迷宮》でも普段通りに動けそうだ!」


 イツキが嬉しそうに跳びはね、その度にガシャガシャと甲冑が音をたてる。

 《熱砂迷宮》では息も絶え絶えだったから気持ちは分かるがはしゃぎすぎだ。


「はいはいイツキ、楽しげでなによりだけどそろそろ落ち着いてくれ。でないと続きができないだろ」


「……続きだと? 『耐熱』の効果が無事に付与されているのは、今ので十分確かめられたと思うのだが……?」


「いや、今の魔術はしょせん防寒魔術の一種だからな。ちゃんと出来てるかどうか確かめるには、もう少し威力を上げてみないと駄目だろ?」


「……待って。待て待て待て待て、ちょっと待って。それはあれか? 魔獣にぶち込むような魔術を今から私に試すということか?」


 大丈夫だ。

 俺の施した付与効果ならば、たぶん、おそらく、きっと耐えられる……はずだ!


「……先生、お願いします」


「ふっふーん、任せて!」


「そこ! お願いするんじゃない! そして気楽に任されるな!」


 焦って制止の声をあげるイツキだが、指定した場所を動かないあたり生真面目な性格も考えものだな。


「では――――【火精・束ね・奔り・射抜け】」


「ちょっ!? 待っ――」


 そして完成する魔術。放たれるは三条の焔の矢。

 標的であるイツキが泡を食って止めようとするがもう遅い。

 フィリスが撃ち込んだ魔術は狙い違わず全身甲冑へとぶち当たり――


「……お? おお!」


 鎧を貫くことなく虚空へと溶けるように消失した。

 甲冑の上には軽い焦げ跡があるだけだ。

 その光景を直に体験したイツキが驚きと喜びの声をあげる。


「やったぞ、エルト! 熱が全く伝わってこない! これなら火系魔術も恐れるに足らずだ!」


 大きく片手を振って付与効果を褒め称えてくれるイツキ。

 ……しかしその言葉を聞き少し目を据わらせた女性が一人。


「ふーん」


 軽く口角を吊り上げ笑ってはいるものの、目が笑っていない。

 なんか青筋を立てているような……?


「これは見事な出来であるな。これならば《熱砂迷宮》でも十分に通用するのである。……どれ、次は吾輩が代わってみるのである」


 そう言ったオルガが前へと進み出てイツキと交代した。


「よしフィリス、バッチこいである!」


「そっかー、オルガもボクの魔術なら問題ないって思うんだー」


 妙に平坦な声でうんうんと頷くフィリス。

 スッとロッドを前へと突き出すと精神を集中し詠唱を開始する。


「【火群よ・来たれ・集え・猛るは灼熱の炎……】」


「――ってちょっと待つのである!」


 なんということでしょう。

 フィリスは〈氷霊騎士(セルディン)〉を仕留めた大火球をぶち込む気らしい。

 オルガのあげた声を受け、イツキと二人で止めに入る。


「はなせーっ! ボクの魔術はそんな簡単に無効化できるもんじゃないって証明してやるんだ!」


「そういう気持ちは分からなくもないが落ち着け! あんな魔術を街中で放ったら衛兵が飛んでくる!」


「俺の目算でも流石にその階級の魔術はまずい!」


「はーなーしーてーっ!!」




 その後《迷宮》内にて検証の場を移すことで、どうにかフィリスを説得することに成功した。

 ちなみに結果としてはまずまず。

 苛烈な熱量を完全に遮断は出来なかったが、それでもある程度は弱体化できた。

 そして――


「……エルト、頼まれてた件だけど調べ終わったから教えとくわ」


 次の日、なにやら複雑そうな顔をしたミリィがフィリスとオルガの事情について教えてくれた。

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