4 ご飯を奢ろう
思わず不審者を地面に叩きつけたい衝動に駆られた俺だったが、どうにか堪えて鎧武者を自宅の中に運び込んだ。
全身を覆う甲冑からすると重量は相当のはずなのだが、不思議と見た目ほどの重さは感じなかった。
その理由の見当は大体つくし、助けることにした理由の半分はそれである。
ちなみにもう半分の理由は、師匠の一人の「困っている奴がいたら恩を売れ、出来れば高値で」という教えに従ったからだ。
あとはまぁ、空腹の辛さは体験済みなので見捨てるのも忍びないというかなんというか。
しかし――
「ぱくぱく……もぐもぐ……ごくん! あむあむ……んぐんぐ……もきゅもきゅ……!」
――失敗したかもしれない、と三日ぶりの食料が瞬く間に消えていく光景を前にしてちょっと後悔した。
一応自分の分の食料は確保しておいたのだが、三人前はあったはずの夕食が手品のように消失していくのを見ると流石に引く。
鬼面の不審者は全身を甲冑で覆っているのでハッキリと体格はわからない。
しかし目算ではどちらかと言えば細身のほうだと思う。
一体あの体型のどこにこれだけの食料を納める胃袋があったのだろうか?
人体の不思議を意味もなく痛感してしまった。
「うまうま♪」
厳つい仮面に覆われているので表情を窺うことは出来ない。
だが、どことなく満足げな気配が漂ってきた。
あれだけ食べて不満気だったらハンマーの一撃をぶちかましてやるところではあるが。
ちなみに鬼面は無駄に細工が凝っていて、口の部分を開閉できる仕組みだった。
形の良い小さな口が隙間から見えるが、容貌全体は窺えない。
おかげで未だに中身の年齢も性別もよく分からない次第だ。
……だがその無駄な工夫、嫌いではない。
道具は機能性も大事だけど、やっぱり遊び心も必要だと思うのだ。
「……んぐっ!?」
「ああもうっ、慌てて食べ過ぎだよ。ほら、お水飲んで」
急いで詰め込み過ぎたのか、喉元を押さえて身悶えする鬼面の鎧武者。
とりあえずコップに水を注いで差し出すと、片手で掴んで一気に飲みほした。
「んぐんぐ! ……ふう。……馳走になった、礼を言わせてもらうぞ」
「いくらなんでも食べ過ぎだろ、ちょっとは遠慮しろよ……」
本当に遠慮の欠片もなく食い尽くしてくれた。
買い込んだ食料のほとんどを食い尽くしやがって。
それでいて食べる仕草には下品さを感じなかったりもする。やっぱり変な奴だこいつ。
……しかしあの鬼面、ほんとに芸が細かいな。
変声機能でもあるのか、声がくぐもって聞こえてくる。
「うぐっ!? ……す、すまん。ここ一週間程まともに物を食べていなかったので、つい……な。この礼はいずれ正式にさせてもらうので許してほしい」
「……」
深々と丁寧に頭を下げられる。
こんなふうに真っ直ぐに来られると文句も言いづらいな。
一週間というと俺の倍以上の絶食期間だし、そもそも俺も借金ある身の上だからな。
あまり偉そうなことも言えないか。
「ああー、わかったわかった。じゃあ、礼はそのうち返してくれ。……その代わりと言ってはなんだけど、一つ頼みを聞いてくれるかな?」
「頼み……? 無論私に出来ることであれば引き受けたいが……」
「おっ、本当か!? ならさ、あんたが着こんでる鎧を少し見せてくれないかな?」
「私の鎧をか? まあ、見るだけなら別に構わないが……大切な品なので気をつけてくれ」
「シャアッ! じゃあさっそく!!」
「うわっ!?」
言質が取れたので遠慮なく見せてもらうことにする。
驚いたのか上のほうから叫び声があがったが、気にしない方向で。
……うーむ、間近で改めて見るとハッキリとわかるな。
この鎧、実に良い仕事してる。
素材は極上、腕は超一級。
それもただの鍛冶師の作品じゃなく、幾つもの特殊効果が付与してある。
いやー、わざわざ助けたかいがあったってものだ。
実は最初に見かけた時から気になってたんだよな。
出来れば一回バラシて部分ごとに詳細を調べたいところだ。
「はー、大した出来だなホント。これはかなり名のある匠の作品だとみた」
「わかるのかっ!?」
「うおっ!?」
俺が思わず鎧を前に感嘆の声を上げていると、グイッと顔を寄せてきた。
というか近い近い! 顔が怖い!!
「そう! この鎧こそ我がカンナギ家に代々伝わる全身甲冑! 名高き名『呪工技師』マサムネ・ヤサカが創り上げし珠玉の逸品なのだ!!」
「お、おう。それは凄いな……」
「そうだ! 凄いのだ!!」
なんか琴線を刺激してしまったらしい……凄く面倒くさいテンションだ。
師匠の一人が自分の趣味を熱く語る時にこんな状態になる。
そういう時は反論せずに聞き流すのが一番なんだが。
しかしこの鬼面武者、厳つい外見に反して中身は別物というか。
……具体的に言うと残念な感じの匂いがプンプンする。
「おっと、すまないな。思わず興奮してしまった。しかしこの鎧の凄さがわかるとは……貴方はひょっとして『呪工技師』なのか?」
「その『呪工技師』ってのはなんなんだ? この国では聞いたことのない名称だけど」
「むっ、『呪工技師』というのは……そうだな。簡単に言えば様々な不思議な道具を創る者たちのことだ」
「あー、じゃあ似たようなもんかな。こっちのほうでは『魔導付与師』って呼ばれるんだけど……」
「ほほう、やはりか。その若さで『呪工技師』とは大したものだな」
うんうんと頷く鬼面武者。
そう、魔導付与師は凄い職業のはずなのだ、最年少の俺は特に!
……最近自分でも忘れがちだけど。
しかし褒められてるのだろうが、相手の年齢や人相が不詳だと実感しにくいな。
「――っと、いかんいかん。恩人に対して名乗りがまだだったな。……私の名はイツキ・カンナギ。東方の国ミズホよりこの地へ参った。よしなに頼む」
「ああ……俺はエルト・フォーン。このアーランディアで魔導付与師をやってる。魔導具のご入用の際は、是非とも当店を利用してくれ」
ここで宣伝活動。地道に営業努力していこう。全ては借金返済のために。
「うむ、エルトというのだな、確かに覚えたぞ。……ところで、だ。ここまで世話になっておいて恐縮なのだが……私は実は文無しなのだ」
「まあ、そうだろうな。腹を減らして倒れてた時点で予想はしてたけど」
胸を張って言うことではないが。
イツキの着ている全身甲冑や、今は鞘に納められている刀剣。これらは見る限りどちらも一級品。
それを考えれば、故郷ではある程度お金に不自由していない階級の人間なのだろう。
しかし手持ちの金があれば空腹で生き倒れたりはしない。
この都市に来るまでに路銀を使い果たしたといったところか。
「しかし、だ! 無論私は無銭飲食など下劣な真似をするつもりは毛頭ない! ……なので少しだけ時間を貰えないだろうか?」
「……時間?」
「ああ、そもそも私は探索者になる為にアーランディアに来たからな。探索で金を稼げたら必ず払うと約束する。だからそれまで待ってほしいのだ。必要なら証文を書いても構わない」
「ふむ……」
だから頼む、と頭を下げてくるイツキに対し少し考える。
まあ、特に問題はないだろう。買ってきた食材はほとんど消えてしまったが、別に大金というほどではない。
いや借金がある以上わずかな金も惜しいのは事実だが、今回の消費分は頑張れば取り戻せる金額だ。
話した感じではイツキは悪意ある人間ではないし、返すというのならばたぶん返しに来るだろう。
問題があるとすれば探索者として稼げるかどうかということだ。
ミリィも言っていたが、探索者の仕事は危険と隣り合わせ。
《迷宮》内の魔獣を相手に命を落とすことも十分にあり得る。
なのでイツキが飯代を払う前にあえなく死ぬ可能性も十分あるのだが――まあ、それは可能性の問題か。
無事に稼ぐことが出来る人間ならばお得意様を獲得するチャンスだ。
借金を返すためにも、新人魔導付与師としては顧客候補を作っておきたいところ。
他にコネがないわけではないが、なるだけそっちには頼りたくはないし。
「わかった、証文は別にいいよ。それじゃあお金が出来たら払いに来てくれ。ついでにうちの店を贔屓にしてくれるとありがたいね」
「ああ……! その時は是非とも利用させてもらう! では私はさっそく探索者ギルドに向かうとしよう!」
「……今からか? この時間だと、もうギルドも閉まってる頃だと思うぞ?」
「ぬ、そうなのか? ……では今日の所は野宿して明日向かうとしよう」
「野宿って……大丈夫なのか? 宿でも取ったほうがいいんじゃないかな? お金なら貸してもいいし」
「いや、流石にそこまで世話になるわけにはいかない。心配しなくても大丈夫だ。こう見えてこの都市までの旅の途中では、何度も野宿で済ませてきたからな」
苦笑しながら首を振って俺の提案を辞退するイツキ。
ではな、と言い残して鬼面の鎧武者はガシャガシャと音を鳴らしながら扉から出て行った。
――ふむ、ちょっと変で残念な奴だったけど悪い人間ではなかったな。
……なんなら一泊くらい家に泊めてやっても良かったかもしれない。
どうせ部屋は余ってるのだし。
そんなことを考えながら夕食を済ませた俺は風呂に入って床に就いた。
しかしそれから三日間ほど資金稼ぎと素材集めを兼ねて《迷宮》に潜ったのだが、結局イツキが店を訪ねてくることはなかった。
イツキと再び顔を会わせることになったのは――四日目早朝の事である。