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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
女魔術師と竜人の話
39/68

38 撤退しよう

 ――と、油断していたのが悪かったのだろう。

 言い訳になるが、特段の支障もなく戦闘が終わったので気が抜けていたと言わざるを得ない。周りにパーティメンバーがいたことによる安心感もあったのだ。

 ここが魔獣が闊歩する《迷宮》の中であるという意識が薄れていたのかもしれない。

 なので、


「――へ?」


 気がついた時には雪面をダイナミックに引き摺られていた。それこそまるで雪ぞりの如く。

 なんだこれは!? あれか、〈雪毛河馬(スノフェート)〉の呪いか!?

 散々扱き使った挙句、内部から爆殺したのを恨んで化けて出たか!? 逆恨み良くない!


「なぁああああああっ!?」


 思わず叫び声をあげてしまう。

 イツキたちに自分の位置を知らせるためというのもあるのだが、半分は素だ。

 なにしろ何が起こっているのか理解できない。

 ……いや、魔獣に片足を掴まれ引っ張られているということはわかるのだ。

 右足首からを締め付ける感触がそれを伝えてくる。

 

 しかし、その肝心の魔獣の姿が全く見えないのだ。揺れる視界の中で目を凝らしても、影も形も見えない。

 これはあれだ、所謂〈透明魔獣〉というやつだ。

 《迷宮》の魔獣の中には何らかの手段で姿形を隠蔽するものがいる。

 おそらくこいつもそうした魔獣の一種だろう。

 《雪原迷宮》に生息する〈透明魔獣〉といえば確か……。


 探索者ギルドの資料室で学んだ知識を思い出す。

 呑気な話だが、如何せん魔獣の力が強い。

 今は他に叫び声をあげ続けるくらいしか出来ることがないのだ。


 なので抵抗は続けながらも記憶を漁っていたのだが……あかん、これは不味い。

 該当する魔獣について思いだし、危機感に全身を支配された。


「うおっ!」


 唐突に引き摺られていた身体が止まる。

 そして掴まれていた右足首を起点に、想像していた通りの魔獣が姿を現した。

 ……ああ、やっぱり。


 『透明化』が解かれ認識できた魔獣――それは巨大な〈粘液生物(スライム)〉だった。

 青みがかった全身を震わすその総量はオルガにも匹敵するだろう。触手を大きく引き伸ばすことで、事前に俺たちに気づかれることなくに奇襲に成功したのだ。

 当然のことながらただの〈粘液生物(スライム)〉ではない。


「ああ、くそッ!」


 罵り声をあげながら『旅の鞄』から取り出したナイフでもって、未だに右足首を掴んで離さない触手に斬りつける。

 その触手の持ち主は言うまでもなく目の前の青い物体だ。

 骨も皮もないグニャグニャとした奇妙な手応え。個体と液体の中間のような感触。ヌルヌルとした不快な粘液。

 幸いそれ程の抵抗もなく斬りおとすことに成功し、なんとか立ち上がることに成功する。

 しかし――


「ええい、やっぱりか!」


 俺が切り落とした触手は蛇のように身をくねらせると、即座に本体に合流し飲み込まれた。

 触手を取り込んだ本体はブルリと身を震わせると、次の瞬間全身から10本近い触手を生み出す。

 狙う獲物は当然俺である。


「ちッ!」


 舌打ちしながらとにかく回避に専念。乱れ飛ぶ触手を躱して躱して躱して躱す。

 粘液ヌルヌル触手プレイとか趣味じゃないっての!

 周囲には雪の積もった樹木が幾つかあったので、それを盾にしながら動き回る。


 〈触腕粘液(イータースライム)〉――それがこの魔獣の名前である。

 見ての通りただの〈粘液生物(スライム)〉とは違い、己の身体から触手を生み出し獲物を狙う。

 俺が先程なすすべなく引き摺られたことからもわかるように、力はかなり強く動きも素早い。

 更には一定時間の制限はあるものの、『透明化』という特殊能力も持つ魔獣だ。

 うん、無理だ。勝てねぇ。


 なので出来ることと言えば時間稼ぎしつつ、大きな声で騒ぎ続けることだったのだが――


「リャアッ!」


 俺を囲んでいた触手の群れが纏めて切り捨てられる。

 かっこよく飛び込んできたのは見慣れた全身甲冑だ。

 よし! 援軍到着!


「無事か!? エルト!」


「おう、無事無事! 無事だから敵から目を逸らすなよ!」


 敵が増えたことを察した〈触腕粘液(イータースライム)〉が更に触手を増やした。


「ガァアアアアアッ!」


 そこに背後から回り込んだオルガの奇襲。

 凄まじい衝撃と共に叩きつけられたハルバートが青い粘液体を真っ二つにした。

 ……あ、再生した。


「【火精・束ね・奔り・射抜け】ッ!」


 〈雪精人セルシス〉を粉砕した焔の矢が〈触腕粘液(イータースライム)〉を射抜く。

 ……あ、周囲の雪を使って鎮火しやがった。


『うわあ……凄くしぶとい魔獣だね。お兄ちゃん、あれって倒せるの?』


 うん、だから無理。

 打撃・斬撃の類だと効果が薄いし、焔の魔術も決定打としては弱い。

 再生力と体力がありすぎて終わりの見えない消耗戦になることは確実だ。

 先程からイツキとフィリスが斬りまくっているが、ダメージらしいダメージは見られない。

 こんな奴まともに相手にしてられるか! ……なので、


「オルガ、あの枝を切り落としてくれ!」


「承知したのである! カアッ!」


 俺の指示を受けたオルガが大きく振りかぶりハルバートを投げる。

 狙いは〈触腕粘液(イータースライム)〉ではなく、その真上。大量に雪の積もった木の枝だ。

 よし、命中!


 ドサリッと音を立てて雪が一気に頭上から降り積もり、〈触腕粘液(イータースライム)〉を覆いつくした。

 そして『旅の鞄』から取り出した蒼い結晶体――〈雪精人セルシス〉から採取した素材を全力投擲。


「くらえ!」


 こちらも命中。

 結晶体の効果により〈触腕粘液(イータースライム)〉を閉じ込めた雪がビキビキと音を立てて凍りつく。


「そら撤退撤退! 逃げるぞ、みんな!」


「なぬ!?」


「戦略的撤退であるな」


「ほら、急いでイツキ!」


『トロトロしてるとおいてっちゃうよ!』


 即応したのはオルガとフィリス。

 この辺りの判断は流石に一年前に探索者をやっていただけある。

 逆に勝負事に拘る気質のイツキは少し心配だ。

 ……まぁ、今回下手うった俺が偉そうに言えるものでもないかな。


 ともあれ、どうにか〈触腕粘液(イータースライム)〉の動きを封じた俺たちは逃走に成功したのだった。



 ◇ ◇ ◇



 あれから〈触腕粘液(イータースライム)〉が追ってこれない距離まで離れた俺たちは、一息ついて休息を取ることにした。


「むぅ……こちらが優勢だったのだが、逃げる必要があったのか?」


 イツキが不満そうに零す。

 確かに優勢そうに見えたのは事実だから仕方がない。


「いや、吾輩もあれで正解だと思うのである。形勢こそ押してはいたが、再生し続けてまるで削れている気がしなかったのである」


 しかしここでオルガが賛同してくれた。


「ボクの魔術もあんまり効果なかったみたいだしね。あの魔獣って弱点とかないの?」


「高火力で一気に焼き尽くすか、超低温で氷漬けにするか……あとは再生力が尽きるまでひたすら体力勝負かな。どうだ、できるか?」


「あー、それはちょっと厳しいね。ボクの得意系統は火系魔術だし」


 苦笑気味に首を振るフィリス。


「ついでに言えば、〈触腕粘液(イータースライム)〉って倒しても素材が手に入らない魔獣なんだよ。戦うだけ時間と体力の無駄だな。そんな不毛な戦いとか冗談じゃないぞ」


「……確かにそれは嫌だな」


 そこまで説明するとイツキも納得してくれた。

 うん、今回の目的はあくまで『耐熱』の効果付与のための素材集め。

 戦い大好きの戦闘狂(バトルマニア)とか、誰が相手でも逃げないオレカッコいい的な子供ではないのだ。金にならん戦いとかマジ勘弁。


「じゃあ、一息ついたし魔獣探しを再開するか」


 今度はあんな疲れるだけの魔獣じゃないと良いなぁ。

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