37 雪山を登ろう
人の手で舗装されているわけでもない山道を登るのは中々に大変な作業だ。
特に雪に覆われた山であれば足を動かすだけでも骨が折れる。
少しでも傾斜が緩やかな場所を探し、えっちらおっちら膝を持ち上げ上を目指す。
雪に紛れているかもしれない魔獣の存在が怖いが、そこは生体感知に長けた幽霊少女を信じるのみ。
そんな俺の背後にて――
「すまない……ブモウ。私にはあの悪魔を止めることが出来なかった……ッ!」
雪山でも変わらぬ全身甲冑のイツキが嘆き。
「うーん、あれはないよねー。ちょっとボクもドン引きだよ。もう逆に感心しちゃうくらいだよ」
栗毛の魔術師フィリスが非難しつつも、なぜか楽し気に笑い。
「吾輩も驚いたのである。悪鬼羅刹とは正にエルト殿にこそ相応しい称号であるな」
〈竜人〉のオルガがハルバートを片手に妙な感心をする。
……なんだ、なにが言いたい。俺が一体なにをしたというのか。
少なくともこんな非難をされるような真似はしていないはずである。
『大丈夫だよ、お兄ちゃん! お兄ちゃんがどれだけ悪辣非道の人でなしで恐ろしい鬼畜外道でも、アンナはお兄ちゃんの味方だからね!』
味方のふりしてとどめ刺すの止めてくれませんかね?
「ああ、もう悪かったよ! でもな、〈雪毛河馬〉から採れる素材は『耐熱』の効果付与に必要だし、肉は結構美味いんだぞ!」
「「「……」」」
振り返って叫ぶと後ろの三人は揃って沈黙した。
「まぁ、魔獣を狩るのは探索者の生業だからな。文句を言うのも筋違いだったか」
「効果付与に必要なら仕方ないよね。ブモウの死も決して無駄にはならないよ」
「弱肉強食は世の理である。我が好敵手よ、安らかに眠るとよいのである」
「変わり身早いなオイ!?」
うん、ふざけんな。
あまりの手のひら返しに俺のほうがドン引きだ。
思わずツッコむと三人は苦笑いしながら首を振った。
「いや、珍しくエルトを責めるチャンスだと思ったのでついな……ドン引きしたのは本当だが」
「うーん、なんか楽しそうだったんでつい乗っちゃったんだよね……ドン引きしたけど」
「吾輩は好敵手の意趣返しについである……勿論ドン引きしたのである」
「そんなにかッ!?」
ドン引きドン引き言うなよ!
ちょっと友好的なふりをして近づき、毒薬代わりに『酒爆弾』を飲ませただけではないか。
……あれ? 振り返ってみると結構酷いことしたような……いやいや、気のせいに決まっている。
恐怖や痛みを感じさせずに始末をつけたのだから、むしろ天使のごとき優しさと言えるだろう。
『……? ねぇ、お兄ちゃん。あれって……』
俺が如何に慈悲深いか、後ろの薄情な三人に説明しようとした時アンナが声をかけてきた。彼女の表情は戸惑いに揺れている。
「む? あれは……雪だるまか? 他の探索者が作ったのだろうか?」
俺と同じくアンナの声を聞き、その視線の先を追ったイツキが弾んだ声をあげた。
確かに彼女の言う通り、向かう先には大きな雪玉二つを重ね、木と石で顔と手を形作った雪人形。
"扉"周辺の集落で住人が作ったらしい物と、よく似た雪だるまが数体ちょこんと鎮座していた。
「んぐっ? な、なぜ止めるのだ?」
無警戒に雪だるまに近寄ろうとしたイツキの首根っこを掴み、強引に引き留めた。
あの間の抜けた姿に警戒心を持てというのも無理なのだろうが、もう少し慎重になろう。
「あのなイツキ、あれは――」
俺が雪だるまに見える物体について説明しようとすると、そのタイミングを狙ったかのように状況が動いた。
前方の雪だるまたちがゴパッと口を大きく開いたのだ。
「全員、防御態勢!」
「おっと」
『わお』
「む?」
「ぬ?」
俺の指示に反射的に従い動いたのが一名。
浮き上がって観戦体勢になったのが一名。
まだ状況が理解できず戸惑ったままなのが二名。
これは彼らが鈍かったというよりも、咄嗟に盾の後ろに隠れた俺の行動が意味不明だったせいでもあるだろう。
そして――
「「あばばばばばばばばばばっ!?」」
雪だるまの開かれた大口から雨あられと放たれた雪玉が、容赦なく盾二人にぶちまけられた。
「うわあ……なにあれ? エルト、キミは知ってるのかな?」
俺と同じく素早く盾の背後に隠れたフィリスが尋ねてきた。
「ああ、あれは〈雪精人〉って言って、立派な魔獣の一種だな。雪だるまのふりをして探索者に近づいて、こんなふうに雪玉をぶつけてくるんだ。……といっても《雪原迷宮》では弱い部類だし、殺傷性もほとんどないんだけどな」
彼らの厄介なところは他の魔獣と組まれた際の雪弾幕と、雪玉によって体温を奪われることだな。
「キミって魔獣のことに詳しいよね。職業柄かな?」
「そうだな。魔導具創りに必要な素材の知識を学んでると、必然的に魔獣についての知識も増えるからな」
「「あばばばばばばばばばばっ!?」」
盾の後ろで呑気な会話を行う俺とフィリス。
これも盾に対する絶大な信頼がなせる業だな。
さて、そろそろ……
「あれ? 攻撃が止んだみたいだね?」
不思議そうに首を傾げるフィリスの言う通り、先程から勢いよく放たれていた雪玉が止まっていた。
こちらは何もしていないのに解せないといった表情の彼女だが、これも当然のことである。
なぜなら、
「……ねえ、あれってば何してるのかな?」
盾の影からそ~っと顔を出したフィリスが目をパチクリさせながら訊いてきた。
「放出した雪の補充だろうな。〈雪精人〉は雪玉の材料を使い尽くしたら、ああやって補充するんだ」
「ああ、だから割りと余裕そうな顔してたんだ」
前方では〈雪精人〉たちが、雪原にうつ伏せになって一生懸命バクバクと雪を食べてる最中である。
「あの状態になると無防備で隙だらけだから、仕留めるチャンスだぞ」
「了解っと――【火精・束ね・奔り・射抜け】!」
フェリスの詠唱によって形作られた焔の矢が、雪の補充に夢中になっていた〈雪精人〉三体を射ち貫いた。
頭を爆裂粉砕された〈雪精人〉は動きを止める。
お見事。
「さーて、回収回収っと」
「この魔獣にも素材とかあるの? 見た目には雪の塊って感じだけど」
「〈雪精人〉は身体の内側に結晶体を持ってるんだ。それほど希少じゃないけど、素材として買い取り対象になってるよ」
上半身を吹き飛ばされて残った下半身を解体。
内部から目当ての結晶体を取り出した。蒼く透き通った宝石のような素材だ。
放っておくと溶けてなくなってしまうので、中々回収が難しい素材だが効果は低い。どうにもコストパフォーマンスが悪い素材だ。
『旅の鞄』持ちの俺たちには関係ないが。
「……そこで楽し気に会話しているお二人。吾輩たちに言うべきことは何かないのであるか?」
かけられた声に振り向けばジト目でこちらを睨む〈竜人〉の姿。
フィリスと顔を見合わせ、
「さっすが、オルガ。おかげで助かったよ! ありがとね!」
「正に適材適所。素晴らしい連携だったな」
と、盾として俺たちを守ってくれた二人に惜しみない賞賛を送った。
「うむ、お主ら実にイイ性格をしているのである。二人纏めて煉獄へと堕ちるといいのである」
「少しこの扱いに慣れてきた自分が悲しいのだが……最近はいずれ必ず目にもの見せてくれると誓う私だ」
――よし、《迷宮》探索が終わったらご機嫌を取ろうと誓った俺だ。
雪精人
雪だるまのような形態をした魔獣。
魔獣の括りではあるものの、身体は雪の塊で生物とは言えない。
口から大量の雪玉をぶつけてくるが殺傷力はない。
他の魔獣と組まれると鬱陶しい相手。




