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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
女魔術師と竜人の話
36/68

35 力比べしよう

 "扉"を抜けた先は一面の銀世界だった。


『わあっ、きれーい!』


 宙に浮いたアンナが目の前の景色に瞳を輝かせた。

 『熱砂迷宮』の時と同じく普段目にしない光景に感動したのだろう。

 アーランディアにも季節の変化というものはあるが、ここまで見事に雪が積もることはない。

 基本的に店から離れることが出来なかったアンナにとっては初めての経験だろうからな。


「うわぁ……思ってたよりもかなり冷えるねー。【火精・集い・纏い・我が身を包め】――うん、これでよしっと。オルガも暖めてあげようか?」


「我輩は遠慮しておくのである。こうした環境で過ごすのも良い修行になるのであるからな」


「〈竜人(ドラゴニュート)〉の修行かー。ボクにはとても真似できそうにないね」


 激しく同意だ。

 〈竜人(ドラゴニュート)〉は龍に至る修行の一環として、様々な環境下を全裸で過ごすと聞く。

 オルガが探索者になったのも《迷宮》内部の多様な環境が目当てだそうだ。


 よって結論――〈竜人(ドラゴニュート)〉とは筋金入りのマゾ集団だったんだよ!


「それじゃあ、エルトとイツキはどうする? よかったら暖めてあげるけど」


 そんな提案をしてきたのは栗毛の魔術師フィリス。

 予定通り今朝がた探索者ギルドで待ち合わせ、こうして一緒に《雪原迷宮》にやって来たのだ。


「俺は大丈夫かな。この服には『耐冷』に効果付与をしているから、これくらいの寒さなら問題ないよ」


「おー、そんなの用意できるなんてホントに魔導付与師(マギス)だったんだねー」


「……ひょっとして疑ってた?」


「ちょっとだけね」


 ペロッと舌を出し片目を瞑るフィリスだけど、そんなのでは誤魔化されないからな。

 余談だが、彼らにはアンナのことは教えていない。

 あまり吹聴する類いの話ではないしな。


「けどイツキのほうは――」


「だだだだい、じょうぶ、だだだだ。こ、このてててい、どのささむさなどどど……」


 駄目じゃん。思いっきり歯の根が合ってないし。

 前回の《熱砂迷宮》の反省も踏まえて、一応《雪原迷宮》の環境については事前に伝え、甲冑の下にも動きを阻害しない範囲で厚着をしたのだが、それでも駄目だったらしい。


「あははっ、これは使っておいたほうが良さそうだね。【火精・集い・纏い・その身を包め】」


「お、おおっ!?」


 フィリスの詠唱と共に甲冑の周囲に熱の籠った空気が纏わりつき、それを受けたイツキが感嘆の声をあげた。


 実を言えば魔術には決まった形での『詠唱』というものは存在しない。

 もちろん魔力の運用法や精神制御(マインドセット)の技術はあるのだが、発動のトリガーとなる詠唱は術者によって異なる。

 一般に魔術の効果に結び付きやすい『詠唱』のほうが効率が良いと言われており、熟練の術者であれば強力な魔術であっても短い『詠唱』で発動が可能だ。

 ちなみに魔導具創作における俺の魔術の詠唱は、【付与開始】とか【加工開始】などの味も素っ気もないものである。

 本当はもっとオリジナリティが欲しかったのだが、魔術の師匠から「余計なことを考えるな」と怒られたのだ……雷撃魔術のおまけ付きで。

 うん、俺の師匠勢は肉体言語で語り過ぎだわ。


 そういった点から考えると、フィリスの『詠唱』は基本に忠実でオーソドックスなものと言える。


「これは暖かいな。だがこんな魔術が使えるなら魔導具など必要ないのではないか?」


「それがそうでもないんだよ。ボクたちが使う魔術には時間制限があるし、使うたびに魔力を消費するからね。それを考えたらやっぱり魔導具を装備してたほうが効率が良いんだ」


 ついでに言えば魔導具の付与効果と合わせて魔術による重ね掛けも可能なのだ。

 資金に余裕があれば買わない理由のほうが少ない。


「――それではそろそろ探索に向かうのである。エルトよ、『耐熱』の効果付与に必要な素材を持つ魔獣などはわかっているのであるか?」


「大雑把にはな。付与効果を高めにするためにはそれなりの素材が必要だから……今日はあそこを目指そう」


 そうして俺が示した先には、雪で白く覆われた山がこちらを見下ろすように鎮座していた。




 目的地の雪山を目指して歩く歩く歩く。

 《熱砂迷宮》と同じく足下が安定していないので歩きにくい。

 普段の服に加えて《雪原迷宮》仕様にしてきたものの、だからといって楽な道程というわけではないのだ。

 ああ、温かいミルクでも飲みたい。


「魔獣が見当たらないね。《雪原迷宮(ここ)》って何時もこうなのかな?」


「そうだな、《雪原迷宮》では"扉"の周辺にはほとんど魔獣が寄り付かないらしいよ。見通しが良すぎる上に何もないのが原因じゃないかって言われてるけどな」


 改めて周囲を見渡せば本当になにもない。

 ひたすら一面に雪景色が広がるばかりだ。遮蔽物になりそうな物もないので見通しはかなりいいが。


「ならば魔獣は普段はどの辺りに生息しているのだ?」


「少し離れた場所には川とか雑木林があるらしくて、魔獣はその辺を住み処にしてるみたいだな。あとは今から向かう山とかかな……もちろん例外もあるけど」


「うむ……どうやらその例外がお出ましのようであるな」


「……へ?」


 風避けも兼ねて先頭を歩いていた巨漢のオルガが足を止め、必然パーティ全体も止まる。

 そして前方へと眼を向ければ――


「ブモォオオオオオオッ!」


 毛むくじゃらのデカイなにかが真っ直ぐに突撃してくるところだった。


「むっ、魔獣か?」


「あれは確か……〈雪毛河馬(スノフェート)〉だな。〈雪原迷宮〉ではそれほど強い魔獣じゃないけど、かなりパワーのある魔獣だ」


 大きさは〈耳長熊(ラビットベア)〉ほどで、全身をマフマフした毛で覆い四つ足で駆けてくる。

 口はバカでかく足は短めで、まだ距離が結構あるので話す余裕があった。


「どうしよっか? ボクならここから魔術を撃ち込めるけど……」


「いや、ここは我輩がやるのである。お主らは下がっていてほしいのである」


 一言断って進み出たのは〈竜人(ドラゴニュート)〉のオルガ。

 身の丈ほどの戦斧(バトルアックス)を構えてやる気満々の様子だ。

 うん、ここで今回のパーティメンバーの実力を確かめておくのもいいだろう。

 ただし――


「オルガがそう言うなら任せるけどさ、出来れば傷つけずに生け捕りにしてくれないかな?」


「生け捕りであるか?」


「ちょっと考えがあってな、無理そうなら別にいいよ。死んだら元も子もないからな」


「ふむ……ならばやってみるのである。失敗したらすまんのである」


 俺の無理な頼みを了承してくれたオルガは、戦斧を雪原に下ろすとどっしりと腰を落として構えた。

 どうやら〈雪毛河馬(スノフェート)〉を真正面から迎え撃つ腹積もりらしい。


「頼んだ俺が言うのもなんだけど……オルガ一人で大丈夫なのか?」


「そうだな、やはり全員で戦ったほうが良いのではないだろうか?」


 オルガに言われた通り少し離れた場所に下がった俺とイツキの言葉に、フィリスは首を左右に振ることで答えた。


「オルガはああ見えて冷静な戦士だからね。やれないことは口にしたりしないよ」


 フィリスの言葉からは相棒(オルガ)に対する絶大な信頼が感じられた。

 オルガだけでなく彼女までそう言うのであればお手並み拝見といこう。


「ブモォオオオオオオッ!!」


 そうこうしている間に接近した〈雪毛河馬(スノフェート)〉は、待ち構えるオルガに対し真正面から激突した。

 突進の勢いと巨体を活かした激烈なぶちかまし。仮に俺があれを喰らえば人形のように撥ね飛ばされるだろう。

 だが――


「グワァアアアアアアッ!!」


 鋭い牙を剥き出しにして吼えたオルガ。なんとそのぶちかましを真正面から受け止めた。

 逞しい両足を踏ん張り〈雪毛河馬(スノフェート)〉と真っ向から力比べをしている。


「ブ、ブモウッ!?」


 さすがにこれは予想外だったのか、〈雪毛河馬(スノフェート)〉が戸惑ったかのような鼻息を漏らした。


「真正面からあれを平然と受け止めるのか……!」


 イツキが驚きの声をあげた。

 確かに怪力自慢の大型獣人にも劣らない膂力である。


「ブ、ブモオオオオオッ!」


 〈雪毛河馬(スノフェート)〉はなんとかオルガを振りほどこうと暴れるが、がっつりと組みついた〈竜人(ドラゴニュート)〉はそれを許さない。

 そしてオルガは片手を直刀の形に振り上げ――


「ふんッ!!」


「ブゴッ!?」


 迷うことなく一気に振り下ろした。

 辺りに響く鈍い打撃音。衝撃で舞った粉雪を振り払い視線をやると――


「うむ、生け捕り成功である」


 ドデカイたんこぶを作って白目で気絶した〈雪毛河馬(スノフェート)〉。その傍らには満足げなオルガが佇んでいた。

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