34 頼んでみよう
「提案……ですか?」
「うむ、その通りである」
俺が首を傾げると、久方ぶりの客人である〈竜人〉は力強く頷いた。
「先日のギルドでの話からすると、店長殿たちは《雪原迷宮》に挑みたいが、戦力に不安があるのであろう? ならば我輩たちが同行するというのはどうであるか?」
ふむ、なるほど。
「それで貴方たちは《雪原迷宮》で直接素材を手に入れられ、効果付与にかかるお金を安く済ませる――といったところですか?」
「うん、悪くない提案だと思うんだけど……どうかな?」
悪くないどころか誰も損をしない素晴らしい提案だ。
若干収入は少なくなるし結構リスクもあるが、《雪原迷宮》での稼ぎ次第では穴埋めも可能だろう。
しかし――
「それならばどうして初めからその提案をしなかったのでしょうか? そのほうが話は早かった気がするのですが……」
「いやー、それはねー」
フィリスはきまり悪気にオルガと視線を合わせる。
「ボクらも《雪原迷宮》に入ったことはなかったからさ。なるだけ危険は避けたかったんだよ。『耐熱』の効果付与が予算内で収まるなら、それにこしたことはなかったし」
判断としては間違っていないな。俺としてもそれならそれで良かったし。
どうやら特に裏があるというわけではなかったようである。
「そこまでして『耐熱』の効果付与を望まれるということは、《熱砂迷宮》が目当てですか?」
「――うん、そうだね。もともとボクらくらいの実力だと、そのくらいの《迷宮》が妥当だからさ。ただ、あの熱気は正直キツいんだよね~」
パタパタと手で顔を扇ぎつつ冗談めかして笑う。
……ふむ。
「わかりました。そういうことでしたら了承させてもらいます。準備もありますので探索のほうは明日からでよろしいでしょうか?」
「ホントに!? もちろんOKだよ! あっ、それなら自己紹介しとくね、ボクはフィリス。フィリス・ハーフコートだよ。明日はよろしくね!」
「我輩はオルガである。家名はこの信仰の道を選んだ時点で捨てたので、勘弁してもらいたいのである」
朗らかに笑ってフィリスとオルガの二人は頭を下げてきた。
それならばこちらも名乗らなくてはなるまい。
「私はエルト・フォーンと申します。魔導付与師を主な生業としていますが、一応探索者もやっています」
店の片隅で様子を窺っていたイツキを視線で促す。
「わ、私はイツキ・カンナギと申します。どうぞよろしく!」
そう言ってガバッと勢いよく頭を下げるイツキ。
どうも少し緊張しているらしい。
「うん、よろしくね。それじゃあ明日の朝に探索者ギルドに集合ってことでいいのかな?」
「ええ、それでお願いします」
「わかったよ。じゃあ、また明日ね。……あっ、それと明日からは敬語はなしでね! お互い探索者同士なんだから!」
「我輩もそれを希望するのである。仕事は依頼したが、立場としては対等であるゆえに」
言い残した二人は手を振って店から出ていった。
彼女たちの姿が店の外に消え、自然に扉が静かな音を立てながら閉まる。
「――というわけで明日は《雪原迷宮》に行くことになったけど、なにか言いたいことはあるかな?」
「ない! むしろ望むところだぞ!」
満面の笑みを浮かべつつ、イツキは俺の確認に応えた。
やはり店の従業員よりも探索者の仕事のほうが性にあっているらしい。
彼女も立派なサドマゾ軍団の一人である。
『でもお兄ちゃん、《雪原迷宮》って危ないんでしょう? 大丈夫なの?』
意外にもアンナが慎重な意見を口にした。
この間は一回死んでみない? とか言ってなかったっけ?
「それなんだけど、イツキから見てあの二人の実力はどうかな?」
「むぅ……そうだな。フィリスという魔術師の女性に関しては私にはわからないが、オルガという戦士はかなりの実力者だとみたぞ」
自信ありげに断定するイツキ。確かに〈竜人〉としてあの域に登り詰めている時点で、彼の実力に疑いの余地はないだろう。
そうなってくると組んでいるフィリスもそれなりの実力なのだろうが――
「それならなんで《熱砂迷宮》に拘るんだろう?」
ちょっと実力に見合ってない気がするのだ。
二人だけでは不安と言うのならば、それこそ他の探索者と組めばいい。
イツキはともかく、自分みたいな副業として探索者をやっているような人間と組む必要はないだろうに。
「……ちょっと外に出掛けてくるな。悪いけど店番のほうはよろしくー」
「むっ、承知した」
『いってらっしゃーい!』
イツキとアンナの見送りの言葉を背に、俺は店から外に出た。
向かう先は探索者ギルドである。
◇ ◇ ◇
最近はお馴染みになった探索者ギルドでは、カウンターの奥でミリィが忙しそうに働いていた。
邪魔するようで申し訳ない気持ちになりながら小柄な幼馴染に声をかける。
「ミリィ、ちょっといいかな?」
「エルトじゃない。なに? いまから《迷宮》に入るの?」
「いや、今日は《迷宮》には入らないよ。少し相談があるから、時間が出来たら話を聞いてもらってもいいかな?」
「んー、時間が空くまで結構かかるかもしれないけど……いいの?」
「ああ、いきなり来たのはこっちだからな。適当に何か飲んで待ってるから、慌てずに仕事してくれ」
困った様子で小首を傾げたミリィに軽く手を振ってお願いする。
ギルド内の食堂で働くウェイトレスに飲み物を注文して、ミリィの仕事が終わるまで時間を潰すことにした。
もちろん頼んだのはお茶である。周りの連中のように昼間から飲んだくれるつもりはない。
「――お待たせ。遅くなって悪かったわね」
注文したお茶を飲みつつ、絡んできた探索者を適当にあしらい待つことしばし、仕事が片付いたのかミリィがやって来た。
「こっちこそ時間を作ってもらって悪かったな。今から大丈夫か?」
「急ぎの仕事のほうは片づけたから一時間くらいなら大丈夫よ。それでどうしたの? 今日はイツキの姿もないみたいだけど」
「イツキは店番してるよ。今日はちょっとミリィに訊きたいことがあってさ」
多少慣れてきたとはいえイツキに店番を任せるのは不安だが、うちの店は客が来ること自体稀だからなんとかなるだろう。
はっきり言って今日の二人みたいなのは例外中の例外なのだ。
「――実はある探索者について少し教えてもらいたいんだ」
「ちょっと……それ、本気で言ってるの? 犯罪者とかならともかく、理由もなく「はい、そうですか」って教えられるわけないじゃない」
ミリィが茜色の瞳を細めて睨み付けてきた。かなり不機嫌そうだ。
うん、当然だな。
そんな簡単に情報を漏洩する組織なんて滅んだほうが良い。
「なにも詳細な情報がほしいってわけじゃないんだ。ただ明日からその二人とパーティを組んで《雪原迷宮》に入ることになったから、問題人物でないかどうか調べてほしいんだよ」
さて、これならどうだろうか。
「……なるほど、ね。そういうことなら当たり障りのない情報だけなら教えてもいいわ」
「ホントかッ?」
「ただし! パーティを組むってのが嘘だったり、情報を悪用とかしたら……ただじゃおかないわよ?」
「ラ、ラジャーです」
実際そんなつもりはないので問題ない。
ミリィもおそらく本気で疑っているわけではないだろう。
しかしギルド職員として形式上言っておかなければならないこともあるのだ。
「それじゃあ調べてくるけど……その二人の名前は?」
「ああ、フィリス・ハーフコートって名前の女の魔術師と、オルガって名前の〈竜人〉のコンビだ」
俺が名前を告げるとミリィはきょとんと瞳を瞬かせた。
普段はキツメの雰囲気がある彼女だけど、こういう表情をすると子供っぽい愛らしさが強調されるな。
「へぇ、あの二人とパーティを組むことになったんだ」
「なんだ、ミリィも二人について知ってたのか」
「そりゃあそうでしょ。フィリスのほうはともかく、オルガのほうはかなり目立つもの」
言われて見ればそれもそうだ。
とにかく数が少ない〈竜人〉が探索者としてギルドに出入りしていれば知っていて当然だ。
俺やイツキは他の探索者よりも《迷宮》に出入りする機会が少ない上に、職員と違ってギルド本部に常駐しているわけではないから今までエンカウントしなかったようだが。
「それなら話が早いな。それで二人についてなにか教えてもらえることってあるかな?」
「んー、そうねぇ……」
ミリィは軽く腕組みすると――彼女の胸元には邪魔になる物がなにもないので楽に組める――軽く目を閉じて沈黙した。
たぶん記憶を漁っているのだろう。
……しかしあれだな。
こういう無防備な状態を見せられるとムクムクと悪戯心が湧いてくるな。
背後に回って首元に軽く息を吹きかけるとかどうだろうか?
……駄目だな。
魔束放筒を撃ち込まれて地に伏す未来しか見えねぇ。
「特に問題行動をとった記憶はないわね。探索者としてはそれなりに成果をあげてるみたいだし、組む相手としては悪くないんじゃないかしら」
そんな馬鹿なことを考えていると、目を開いたミリィは二人について、そんなふうに評した。
「ただ、彼女たちは元々探索者で、ここ一年くらい活動を休止してたみたいね。再び探索者として《迷宮》に入り始めたのは最近になってからみたいよ」
「なるほど、それで俺もあいつらもお互いの事を全く知らなかったのか」
一年前と言ったら俺はまだ魔導付与師の資格を取る前で、師匠の下で扱かれていた時期だ。
それから活動を休止したならちょうど入れ違いになったことになる。
「けど一度探索者から離れておいて、どうして活動を再開したのかな?」
「さぁ……さすがにそこまでは知らないわね」
なにか別の仕事に就いたり、負傷が原因で探索者を止めるというのは不思議なことではない。
しかし一年間のブランクを経て突然の再開というのは少しだけ腑に落ちない。
「ミリィ、よかったらその辺も調べてもらってもいいかな?」
「……調べるのはいいけど、教えるかどうかは別の話よ? 特に教える必要のない理由だったら、悪いけど諦めてもらうわ」
「ありがとう、助かるよ」
俺の面倒な頼みにミリィは溜め息をつきつつも頷いてくれたのだった。
やっぱり持つべき者は頼れる幼馴染だな。




