32 爆発しよう
危険を承知で《雪原迷宮》に足を運ぶか、それともキツい(イツキだけが)のを我慢して《熱砂迷宮》に向かうか。
どうにも結論を出せない店番中の俺とイツキ。とはいえ方針は早めに決めなければならない。
〈砂潜蟲〉を売却して得られた金も残り少ないしな。
――そんな状況の中、その客がやって来たのは《熱砂迷宮》で〈砂潜蟲〉と遭遇して二日後のことだった。
「失礼するのである」
「いらっしゃいま――」
掃除中の手を止め振り返ったイツキが思わず動きを止めてしまった。
まぁ、今回の客の容貌を見れば気持ちはわからなくもないが、客商売でその態度はいただけない。
「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」
「いや、適当に商品を見せてもらうので気にしないでほしいのである」
ぬっ、冷やかしだろうか?
いや、それならそれで俺の自信作の虜にしてしまえば済む話だな。
「そうですか。それではごゆっくりご覧ください」
とびっきりの営業スマイルを披露する。
店を構えるにあたってミリィ監修のもとで研鑽した極上スマイルだ。
「(おいエルト、あの客は……)」
「(竜人ってやつだな。アーランディアでもめったに見ることのない種族だ)」
「(竜人……あれが……)」
イツキが感心したのか不思議がっているのかわからない声をもらした。
その視線の先の客は見上げるような巨漢。それも不摂生に肉を蓄えたような巨漢ではなく、鍛え上げられた筋肉の持ち主だ。
だがその容貌は正しく異形。失礼を承知で言えば怪物的とも言える。
『わーっ、おっきな人だねー!』
「……うん? 頭の上が何か寒いのである?」
はいそこ、お客さんの頭の上に立ったりしない。失礼過ぎるだろ。
こっち来い、こっち。
アンナが気楽に足場にしていた巨漢の客人。
その瞳は爬虫類のように瞳孔が縦に裂け、口元からは鋭い牙が覗く。
肌は緑青色に染まり、所々を鱗が覆う。
しかし単に人種でないというのなら、〈森人〉や〈豚人〉が普通に生活するアーランディアでは別に珍しいことではない。
彼が他の亜人種と違うのは、人と爬虫類の両方の特徴をバランス悪く備えているからだ。
他の亜人種は人種とは違った容姿であっても、そこには生物としての整合性が感じられるのだが、彼にはそれが欠けていた。
故にこそ強烈な違和感を覚え、異形と感じてしまうのだろう。
「(それはそれとして……イツキ? さっきの態度はダメダメだろ。お客さんは神様ではないが、大事な金蔓なんだぞ)」
「(うっ、すまん……見慣れぬ容姿だったから驚いてしまって……ってちょっと待て。金蔓って流石にその認識はどうなんだ?)」
「(待たない、そして話は続ける。今度、罰ゲームとして『砂潜蟲フライ』の刑な)」
「(そ、そんなっ!? それだけは勘弁してくれ!)」
竜人とは竜の特徴を持った亜人――ではない。
元を正せば彼らは全員異なる種族の出自の者たちだ。
龍を神として崇め、日々の苛酷な修練と研鑽の果てに龍へと至ろうとする者たち――それが竜人である。
その修行内容は龍へと近づくために、その信仰対象と同じ生活を送ることだ。
具体的には生肉を食らい、街の外で野宿をし、服を捨てて全裸で過ごす……などなど。
あまりの過酷さに大半の修行者が道半ばで挫折するそうだ。
現在、店で物色中の彼は竜人としての階梯はおそらく中堅くらい。
この階梯に至れるのも万人に一人いるかいないかといったところなので、一生のうちで見かけることも稀だろう。
「ほぇ~、色々と面白そうな道具があるねー!」
……うん? なんか異形の巨漢に似合わぬ華やいだ声が聞こえた気が。
というか――
「見て見てオルガ、この人形とか可愛くないかな?」
「フィリスよ、勝手に商品を手に取るのは我輩よくないと思うのである」
「オルガは相変わらず考え方が固いな~。実際に手にとってみないと、その商品の価値ってのはわかんないんだよ?」
もう一人いた。
先ほどまではオルガなる竜人の巨体に隠れて、こちらからは見えていなかったようだ。
その声の持ち主の年齢は俺やイツキより少し上くらいだろうか?
栗色の髪を短く切り揃え、パッチリした大きめの瞳で愛嬌のある顔立ちをしていた。
蒼を基調とした服の上にレザープレートを着こみ、長めのスカートを履いている。
先端に魔力収束のための魔石が嵌め込まれたロッドを持っているところを見ると、おそらく魔術師なのだろう。
「ねぇ、店員さん! 別に持ってみても構わないよね?」
フィリスと呼ばれた女性がこちらに顔を向け訊いてきた。愛想がよく人懐こい笑顔だ。
しかし……店員さんか。威厳はないけど俺は店長さんです。
まぁ、それはそれとして――
「別に構いませんよ。ただお客さん、その棚の商品については取り扱いにご注意ください……爆発しますので」
「へぇ―、ばくはつ……爆発ッ!?」
うおいッ!?
驚愕の声をあげた客が、手に持っていたファンシーな熊の人形を取り落としかける。
セーフ、慌てて持ち直してくれた。
そしてそのまま慎重な動作でそっと棚に戻す。
……危ねぇ。別にあれくらいで爆発したりはしないが、それでも心臓に悪い。
「ええっと……『人形爆弾:起動すると目標に走りだし爆発します。レッツ爆発!』?」
商品についての簡単な説明書きを読み上げる女魔術師。
ちょっと口元が引き攣っている。
その視線が『人形爆弾』の隣に置かれた商品へと動く。
「……『酒爆弾:飲ませると爆発します。トライ爆発!』」
ちなみにこの辺の商品を買う人にはきちんと身元確認を行う。変なことに使われては困るからだ。
……売れたことはないんだけどな。
「……『鎚爆弾:叩きつけると爆発します。巻き込まれないように注意して、良い爆発日和を!』」
この商品はなかなか扱いが難しい。
威力はピカイチなのだが、普通に使うとほぼ確実に使用者も巻き込まれてしまう。
でもギムル師匠には大好評だった。十本くらい纏めて大人買いしていったからな。
「なんで爆発物ばっかりなのさ!?」
栗毛の女性客が堪りかねたように叫んだ。
なにを怒ってるんだろう? なにか嫌なことでもあったのだろうか?
「その棚の商品は『爆発シリーズ』ですので」
「『爆発シリーズ』ってなにさッ!?」
『爆発シリーズ』は『爆発シリーズ』である。それ以上でも以下でもない。
俺が爆発美に魅入られた時分に開発した連作である。
さあっ、皆もレッツ爆発!
爆発シリーズ
コンセプトは爆弾に見えない爆弾。
追尾機能や酒の味にも拘った結果、肝心の威力が疎かになってしまった。




