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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
女魔術師と竜人の話
32/68

31 〈砂潜蟲〉を〇〇よう

「キシャァアアアアアッ!!」


 奇声をあげながら砂の中から姿を現したのは〈砂潜蟲(ワーム)〉の群れ。

 その形状を一口で言うのならば馬鹿でかい紐状の魔獣である。

 体長は平均的な個体で一メートル半くらい、胴体の太さは蛇の数倍程度。鋭い牙を持つ雑食性の魔獣だ。

 単体ではそれほど強い魔獣ではないが、集団で行動することと砂中に潜る能力が厄介といったところか。

 ……あと、姿形が生理的に嫌悪感を感じさせる。


 さて――唐突かもしれないが数というものは一つの力である。

 多少能力的に秀でていようとも個人で認識できる範囲、対応できる数というものには限界があり、強者のキャパシティを越える数で弱者が攻めたてれば弱者が勝つことも珍しいことではない。

 その常識を覆すためには多数を纏めて葬りさる高火力を持つか、両者の間に数が意味をなさないほどの圧倒的なスペック差が必要だ。


 勿論そんなものはそう易々と持てるものではなく、それを補うための簡単な方法は徒党を組むことである。

 数には数で対抗する。単純であるが効果的な方法だ。

 手数を増やして足りない部分を互いに埋め合う。至極当たり前の戦術である。


 とはいえ数が増えすぎれば集団内の軋轢も増えるし、指揮系統の問題も出てくる。

 加えて大所帯になれば組織を維持していくだけでも大変だ。

 国家が運営する軍隊であればともかく、その日暮らしが当たり前の探索者にそんなことができる筈もない。

 よって探索者のパーティの多くが二桁を越す人数で形成されることはまずない。


 (ひるがえ)って俺のパーティはどうだろうか?

 相棒のイツキは全身甲冑を纏い防御面ではそれほどの不安はない。少なくとも低級の魔獣相手であれば後れを取ることはないだろう。

 攻撃面ではイツキ命名『新・キリキリ丸』が猛威を振るう。名前はともかく生半可な魔獣であれば真っ二つにする名刀だ。


 問題なのは俺のほうで、装備している服は『スーパーメイド服』と同じく多機能ではある。しかしそれでも流石に全身甲冑には防御性能で劣る。

 ついでに攻撃能力も決して高いとは言えない。

 ぶっちゃけ個人としての戦闘能力ではイツキに敵わないだろう。


 よって俺のやるべきことはイツキを前面に押し出してのサポートとなる。

 これは両者の能力を客観的に推し量り、適切に役割分担したのであって俺が楽をしたいというわけではない。

 戦うのとか(だる)いし面倒だなー、などとは考えてはいない。


 ともあれそうした戦術を基本的な行動指針とする俺たちにとって、多数の魔獣に囲まれるという状況は望ましくない。

 こういう時はいつぞやのようにイツキを蹴り飛ばしたほうが効率が良いだろう。

 しかし――


「どっせいッ!」


 俺が力を込めて薙いだハンマーが真ん前の〈砂潜蟲(ワーム)〉にジャストミート。

 緑の体液を撒き散らしながら吹っ飛び、他の〈砂潜蟲(ワーム)〉に激突する。


「うおっと!?」


 そして俺は前方に跳躍し、背後から躍りかかってきた〈砂潜蟲(ワーム)〉の攻撃を躱す。

 即座に反転しハンマー一振り、再び〈砂潜蟲(ワーム)〉が吹っ飛んだ。

 別に武芸の達人でもなんでもない俺が、どうして背後からの強襲に気づけたかと言えば――


『お兄ちゃんっ! 右後方から一匹来てるよ!』


「あいよっ!」


 上空に浮かんだアンナが戦場全体を俯瞰し、危なくなったら知らせてくれるからである。

 ふわふわと宙を漂う彼女は魔獣の標的になることなく、余裕をもって指示を出すことが出来るのだ。

 しかも――


『お兄ちゃんっ! 足元に〈砂潜蟲(ワーム)〉がいるよ!』


「危なっ!?」


 慌ててその場から飛び退くと、先程まで立っていた場所から勢いよく飛び出してくる〈砂潜蟲(ワーム)〉。

 無防備な腹にハンマーの一撃を見舞ってやる。


『やったぁ!』


 と、このように幽霊であるアンナは命あるものの気配に大変敏感だ。

 彼女の姿も声も俺たちにしか知覚出来ないことも加えると、とても有難いサポートと言える。

 最初に一緒に行きたいと駄々をこねた時はどうしたものかと思ったが、今回ばかりは賛同したイツキの慧眼だったな。

 その彼女は現在――


「死ね!」


 鬼気迫る様子で『新・キリキリ丸』を振り回し、恐ろしい勢いで〈砂潜蟲(ワーム)〉を掃討中だ。

 俺が一匹潰す間に三匹は切り捨てている。あまりの斬殺っぷりにアンナのサポートもほとんど必要ない。

 ……いったい何が彼女をこうまでさせるのか。


「死ねシねシネしね死ねぇッ! 蟲は一匹残らず死ぬがいい!!」


 どこの狂戦士(バーサーカー)だ、お前は。


「ウオラァ!!」


 アンナが声をかける必要もなく、野生の獣染みた動きで砂中からの奇襲を回避し逆に蹴り飛ばす。


『お兄ちゃん……? ……イツキが怖いの』


「……ここはそっとしておこう。たぶんほら、あれだ……過去(トラウマ)を乗り越えて真の力に覚醒したとかそんな感じなんだろう。きっとこの苦境をを乗り越えて、また一歩強くなってくれるさ」


 ――そうか。恐怖を克服するためには目の前の敵を皆殺しにすればよいとの結論に至ったのか。

 イツキの成長(?)に目頭を押さえずにはいられない。

 これ、俺のせいじゃないよな……たぶん。

 まぁ、あれだ。これからはもう少し優しくしてあげてもいいかもしれない。


 ともあれそんな感じで戦い続け、概ね〈砂潜蟲(ワーム)〉の掃討は完了した。

 こちらの被害はほとんどなし。十分な成果だ。


「……ふっ、ふふっ。お、おお思い知ったか……む、蟲どもめ……!」


 訂正、心の傷が少しばかり再発した者が一人。

 今さら恐怖が振り返してきたらしい。


「……まぁ、それはそれとして回収回収っと」


「ちょっと待て! こいつらを持ち帰るのか!?」


 足下に転がる〈砂潜蟲(ワーム)〉の亡骸を『旅の鞄』に詰めていると、正気を取り戻したイツキから抗議の声があがった。

 (かぶと)の下の表情は窺えないが、声の調子からすると思いっきり引き攣っているのだろう。


「元々そのために《熱砂迷宮(ここ)》に来たんだろうに。ほら、文句言わずにさっさと働く」


「わ、私はその……そ、そうだ! 魔獣が来ないか見張りを――」


『それならアンナがやってるからイツキは死骸を集めてていいよー』


 空から降ってきた能天気な声にイツキが崩れ落ちた。

 うん、悪意はないけど容赦ないなアンナ。


「ほらほら、諦めて動く動く!」


 まぁ、俺も逃がすつもりは全くないんだが。



 ◇ ◇ ◇



 ――そうして〈砂潜蟲(ワーム)〉の亡骸を集め終わり《熱砂迷宮》のギルド支部にて売却。

 さしたる負傷もなく無事にアーランディアに帰還したのだが……。


「きゅ~……」


「まさか帰還して早々に倒れるとはなー」


「ギルドに来た途端にぶっ倒れるんだもん。さすがに驚いたわよ」


 ギルド内の食堂のテーブルにはイツキが突っ伏して目を回している。

 それを呆れた顔で見ているのはちょうど休憩時間だったミリィであり、アンナのほうは面白そうに眺めていた。


「《熱砂迷宮》に行くのなら暑さ対策は必須でしょうに。あんた何も教えなかったの?」


「一応全身甲冑はやめておくように言ったんだけどな」


 まぁ、イツキの故郷であるミズホでは《熱砂迷宮》のような環境はなかったのだろう。

 倒れるような暑さと言われても想像しづらかったのかもしれない。

 ……〈砂潜蟲(ワーム)〉相手に派手に無双したせいもあるんだろうけど。


『クスクスッ。イツキってばドジだねー』


「くぅぅぅ……ッ」


 アンナの揶揄いの言葉にイツキは悔し気に肩を震わせた。


「同じ場所に行ったのに、どうしてエルトは平気な顔をしているんだ……?」


「俺の服は魔導具の一種だからな。ある程度の耐熱効果もあるんだ」


「ず、ずるい……っ!」


 そんな文句を言われても。

 防御性能に関しては全身甲冑に及ばないのだから勘弁してほしい。


「『耐熱』の効果付与でもしてあげればいいんじゃない?」


「んー、出来なくはないけど素材が問題なんだよな。自力で採取するなら《雪原迷宮》に行かないといけないし」


 流石にあそこに二人で行くのは無謀だからな。どうしたものか。

 ギルド経由で素材を買う?

 駄目、論外。そんな金などあるはずもない。


「日替わりランチ三人前、それとお飲み物、お待たせしました~!」


「おおっ!」

 

 などと話していたら頼んでいた夕食がやってきた。

 へばっていたイツキがガバッと身を起こして復活する。

 今日は彼女が限界だったのと、少し収入があったのでプチ贅沢だ。


『いいな~、お兄ちゃんたち。アンナも食べてみたいよ』


「いくらなんでも幽霊がご飯を食べるのは無理じゃない? ちょっと気の毒だとは思うけど……」


「いや、そうでもないぞ」


「……へ?」


 ふふん、俺の創った魔導具を舐めてもらっては困る。


「『アンナの指輪』には十分に精気をもらえば、持ち主と感覚を同調できる効果もあるからな。その状態なら味を楽しむこともできるはずだ」


『それホントッ!? よしっ、イツキ! 速やかにアンナに精気を寄越しなさい!』


「ちょっ、ちょっと待ってくれ! せめてある程度食事を終えてからにしてほしい。でないと私は倒れるぞ……たぶん」


『むー、しょうがないわねー』


 どうやら上手く交渉は纏まったらしい。

 ところでどうしてミリィはそんな目で俺を見るのかな?


「あんた……そんなに凄い魔導具創れるのにどうして……いや、理由はわかってはいるんだけどさ……」


 いったい何が言いたいというのか。


「おっ、これは美味だな。なんという料理なのだろうか?」


 一足早く夕食に手をつけたイツキが嬉しそうに言った。

 どうやら今夜の日替わりランチが気に入ったらしい。


「えーとだな。今日の日替わりランチのメインは……〈砂潜蟲(ワーム)〉のフライだな」


 なんというベストタイミング。

 料理の名前を聞いたイツキの手がピタリと止まった。

 フォークの先を口に含んだまま、顔色が真っ青に染まっていく。


「……さ」


「さ?」


 ワナワナとイツキの肩が震える。


「先に言えぇえええええーッ!!」


 イツキの絶叫が夜のギルド内に響き渡った。

 口の中に広がる新鮮な肉汁と香ばしくて歯ごたえのある衣。

 ……こんなに美味しいのになぁ。

砂潜蟲(ワーム)

 《熱砂迷宮》に生息する魔獣。雑食性で夜間は活動しない。

 集団で行動し、砂中に潜る。足首に食いつかれると危険。

 見た目はグロテスクだが、海老のような味と食感で栄養価も高い。

 子供にも人気の食材だが、調理前の実物を見せると泣かれるので注意。

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