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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
女魔術師と竜人の話
31/68

30 砂漠を歩こう

 アーランディアの"扉"より繋がる八つの《迷宮》の一つ《熱砂迷宮》。

 この《迷宮》の特徴はその名の示す通り、息苦しいほどの熱と乾ききった砂である。

 カンカンと照りつける陽射しに皮膚をなぶる熱気、その場に立っているだけで体力を奪われるこの《熱砂迷宮》。

 

 "扉"周囲の集落の建物は石や煉瓦造りばかりであり、行きかう人々も暑さ対策に余念がない。

 具体的に言うとフードや帽子で頭を隠し、男性陣は肌を露出した薄着。上半身裸の男もいて視覚的にも非常に暑苦しい。

 女性陣も薄手の服ではあるが、日差しを避けるためか逆に露出は少ない。


「あ、あづ……ぃ」


 《熱砂迷宮》に入った途端にイツキが甲冑の内からぼやいた。

 まぁ、アーランディアとは気温差が激しいから無理もない。

 ――が、構うことなくさっさと集落の外へと向かう。俺としてもあまり長居はしたくないのだ。

 出来るだけ早く仕事を済ませてアーランディアに戻りたい。

 キンキンに冷えた飲み物が欲しい。


『うわ~、生きてると色々不便なことがあるんだねー。……ねぇ、お兄ちゃん、試しに一度死んでみない? 幽霊になれば温度とか関係ないから何時だって快適だよ?』


「そんなちょっと買い物に行こうみたいなノリで誘われても、まだまだ死ぬ気はないからな」


『ちぇーっ』


 可愛らしく舌打ちなんかしても俺は騙されないぞ。

 まだまだ生きているうちにやりたいことも知りたいこともあるからな。

 さて……そろそろ集落の外に着くはずだが。


「これは……凄いな」


 目の前に広がる光景に暑さも忘れたのか、イツキが感嘆の声を零した。

 集落を囲う煉瓦の壁――それを越えた先にはなにも(・・・)ない。

 見える景色は只々(ただただ)砂ばかり。どこを見ても砂、砂、砂だけだ。他にあるものと言えば精々が砂丘ぐらいだろうか。これもやはり砂なのだが。

 しかし、この砂以外一切なにも存在しないという光景はどうにも圧倒されるものがある。


「ん? エルト、あれはいったい何なんだ?」


「ああ、あれか。あれは迷わないための指標だよ」


 砂漠の風景を眺めていたイツキが目に入った物に疑問を覚えたのか、指をさして尋ねてきた。

 彼女の細い指が示す先には、砂の中から細い柱のようなものが突き立っている。


「見ればわかると思うけど、この《熱砂迷宮》では地形っていうものが当てにならない。だから少しでも油断したら、すぐにでも方角を見失う危険性が常にあるわけだ。それを防ぐために建てられた目印があの柱だな」


 ついでに他の方角を指さしてみる。


「柱はあれだけじゃなくて、集落を中心に八方向に一定間隔で建っているから、万が一の時はそれを探して集落に戻ってくれ」


「なるほどな。……うむ、心配しなくても目印があるなら大丈夫だ」


 力強く頷くイツキ。

 ……不安だ。凄い不安だ。

 一応今回も彼女には『双絆石(ボンディス)』を持たせてはいるが――あっ、そうだ。


「アンナ、もしもイツキが迷ったら道案内をよろしくな」


『わかったよ、お兄ちゃん。イツキはアンナの召使いだからね。安心して任せてくれていいよ!』


「待て、どうしてアンナに頼む。私はそんなに信用ならないのか!?」


 片手で薄い胸板を叩く金髪の幽霊少女。そして焦った声で抗議する全身甲冑。

 なぜかと問われれば、これに関してはアンナのほうが頼りになるからとしか答えられないが。

 人格面については疑うことなく信頼できるんだけどなぁ。


「とりあえず今日はあの柱を目指して進むからな。砂の中に魔獣が隠れてる場合もあるから注意するように」


「むぅ……承知した」


『りょうかーい!』


 問いをスル―したのが引っ掛かるのか少し不満気に頷いたイツキと、対照的に元気よく返事をしたアンナを連れて柱を目指して歩きだす。

 砂の足場は当然ながら踏み固められてなどおらず歩きにくい。

 地面からは陽炎が立ち昇り景色が揺らめいて見え、偶に吹く熱風が砂を巻き上げる。

 《熱砂迷宮》は魔獣の脅威度こそ《森林迷宮》と大差ないのだが、この熱と砂が難易度を上げる原因である。

 幸いにして俺の服は『スーパーメイド服』と同系統の魔導具なので『耐熱』仕様だ。

 なのでこういった環境下でもそれなりに活動できるのだが、それでも汗が噴き零れる。


『むー、ほんとに砂しかないんだねー』


 当然ではあるが、俺たちの頭上にフワフワ浮かぶアンナには支障などあるはずもない。

 霊体には気温の変化など無意味なのだろう

 よって問題なのは――


「め、《迷宮》を出るころには、や、焼け死んでいるかもしれないな……。ふっ……ふふっ……」


 なにやら虚ろな声を漏らし始めた全身甲冑である。

 予め《熱砂迷宮》の環境に関して説明して、装備は軽装にするように言っておいたのだが、彼女は頑なに拒否したのだ。

 その結果がこの千鳥足でふらつくイツキである。

 

 完璧なまでに自業自得ではあるものの、俺も初めて《熱砂迷宮》に足を踏み入れた時は余りの温度差に辟易したものだった。

 それを思い出せばあまり強く叱責もできないか。

 流石にこの状態を放置しておくのは不味いので、『旅の鞄』から水筒と濡れタオルを取り出し彼女に渡す。

 ちなみにこれらは出発前にミリィが用意してくれたものだ。


「はうぅぅぅ……しみわたる~」


 (かぶと)を脱いで濡れタオルで汗を拭き、水筒の水で喉を潤すイツキ。

 なんというか色んな意味で台無しな感じだ。

 とはいえ虚ろだった瞳に光が戻ったので良しとしよう。




『とうちゃ~くっ! うわぁ、大きいね~』


 ――と、そんなこんなで魔獣に遭遇することもなく目指していた柱に到着。

 《熱砂迷宮》で一番キツイのは言うまでもなく日中だ。

 太陽が真上に来ている時間に活動するのは、どう考えても悪手だ。この時間は休憩して他の時間に動くのが得策である。

 まぁ、夜間は気温が急激に下がる上に視界も悪くなるので、昼間とは別種の厳しさがあるのだが。


 俺たちが《熱砂迷宮》に入ったのは午後からなので、これから段々と気温が下がっていくだろう。

 この柱と集落までの間で魔獣探しをして、遅くならないうちにアーランディアに帰るのが正解だな。

 無理禁物ダメ絶対。


「なぁ、エルト。この柱だが、どうして二色で色付けされているんだ?」


 水分補給を終えて復活したイツキが柱を見上げながら訊いてきた。

 彼女が眺める柱は根元からだと頂点が霞むほどに高く、大人二人が手を広げて囲める程度に太い。

 こんな代物を何本もおっ建てた先人には頭が下がるな。

 イツキが気にしているのは、柱の表面が赤と青で彩られ色分けされていることだ。


「その色は方角を表しているんだ。赤側が《迷宮》の奥の方角で青側が"扉"の方角を示しているから、迷ったら青側の方角を目指すようにな」


「ほう、それはわかりやすくていいな」


 イツキは感心したように何度か頷いた。

 実際問題この柱が建てられるまでは、あまりに景色の変化がない砂漠で彷徨い命を落とす探索者も多かったらしい。


「それじゃあ、そろそろ魔獣を探そう。この辺りの魔獣ならそれほど危険じゃないから――」


『ねぇねぇ、お兄ちゃん?』


 俺の言葉を遮るかのように、キョロキョロと辺りを見渡していたアンナが声をかけてきた。

 そして気楽に続けてくる。


『なんだが変なのに周りを囲まれてるみたいだよ』


「――むッ!」


 アンナの呑気な声を合図にしたかのように、砂の中から多数の魔獣が姿を現す。


「シャアアアアッ!」


 周囲を取り囲んだ魔獣たちが殺意も露わに跳びかかってきた!

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