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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
メイドと幽霊少女の話
28/68

28 説得しよう

「はぁ……はぁ……はぁ~。あ、危なかった……」


 喧騒賑わう表通りから外れた裏路地、人目から外れたその場所にて必死に息を整える少女の姿があった。

 激しく動悸する胸元を押さえながら乱れた黒髪をかき上げるメイド服の少女――言うまでもなくフォーン魔導具店の新人従業員、イツキ・カンナギである。


『もー、そんなに慌てて逃げなくてもよかったのにー』


「それを、お前が、言うのか……」


 イツキが恨めしげに視線を向ける先にはふわふわと宙に浮かぶ半透明の少女。

 最近の彼女の悩みの種である幽霊少女アンナである。


「というかだなっ、いきなり何をしてくれるのだ!?」


『むー、絡んできた奴らから精気を吸っただけじゃない。なんでそんなに怒るのよ?』


 直前まで自分も叩きのめそうなどと思考していたことは忘却の彼方へ送り、アンナを叱るイツキ。

 人間、自分の行いを客観視することは難しく、他人の行為を見て初めて気づくこともあるのである。


「だからってあれはやり過ぎではないか?」


 アンナの【精気吸収(エナジー・ドレイン)】を受け、あっさり昏倒した男たちを前にしたイツキの脳裏をよぎった事。

 それは「このままでは怒られるのではないだろうか?」という疑問だった。

 目が全く笑っていない笑顔で何処ぞの店主が説教してくる姿――それが自然とイツキの脳裏をよぎった。

 あれは怖い。故郷の母親を思い出さずにはいられない。


 よってイツキは即座に戦略的撤退を決断。

 しなやかな脚で全力疾走し、こうして裏路地に逃げ込んだ次第であった。


「というか、どうしてあの連中に触れることが出来たのだ? アンナは幽霊なのだろう?」


『前にお兄ちゃんが説明したじゃない。その指輪をはめている相手からある程度の精気をもらったら、アンナも少しだけものに(さわ)れるようになるのよ』


 イツキの質問に呆れた様子でアンナは答えた。

 彼女からすれば今更過ぎる質問である。


『でも……うん、楽しかったな。こんなふうに外で遊んだのって初めてだったから』


「……」


 幼い少女が浮かべるにはあまりに寂しげな笑顔を前にしたイツキは眉をよせる。

 アンナの事情は知らないが、エルトは彼女を外に連れ出さなかったのだろうか?


『お兄ちゃん? 一度だけ外に連れていってもらったよ。……けど、それからは外には出ないように言われてるの』


「…………」


 イツキの疑問にアンナが答えを返す。その返答には特に含む感情を感じられない。

 しかし返答を受けたメイド服の従業員の気配は、静かに剣呑な色に染まった。



 ◇ ◇ ◇



 ――などという出来事があったことをイツキから報告された。

 そして目の前には怒気も露わに身を乗り出す彼女。後ろではオロオロと宙を漂いながら俺を窺うアンナの姿。

 これはどうしたものだろうか?


「あー、アンナ? 悪いんだけど少し席を外してくれるか?」


『う、うん。あの、ね……お兄ちゃん。ひょっとしてだけど……怒ってる?』


「別に怒ってないからそんな不安そうな顔するな。ただし、【精気吸収(エナジー・ドレイン)】を使う時にはもう少し注意しような」


「待て。アンナは私を守ろうとしただけだ。彼女はなにも悪くない」


 いや、単にカッとなってやっただけだと思うが。

 俺の言葉に安堵したように頬を緩めたアンナだが、ここでイツキが割り込んできた。

 どんな心境の変化があったのかは知らないが、二人の仲が良くなったようでなによりだ。

 しかし――


「いや、【精気吸収(エナジー・ドレイン)】を使ったのは別にいいんだ。……でもどうせやるなら周囲にバレないようにやってくれ」


「注意するのはそこかっ!?」


 そこだ。

 今回はイツキが目撃されてるからなぁ。

 彼女は異国風の容貌で目立つから就業先が特定される恐れがある。

 ……あとで被害者に乗り込んでこられたらどうしよう?

 適当にとぼけるか、それとも……記憶が吹っ飛ぶ不思議なお薬でも贈呈(プレゼント)するか。


 ――アンナが家の奥に姿を消したのを頃合いに、イツキが厳しい表情をしながら口を開いた。


「それで……どうしてアンナを外に出してあげないんだ? あんな小さな娘を閉じ込めておくなんて酷いと思わないのか?」


 小さく娘と言ってもアンナは百歳超え。俺やイツキよりもずっと年上である。

 とはいえ言いたいことはわかる。

 精神的には亡くなった頃で止まっているようなものだし、彼女の気性ではアンナの現状は我慢できないのだろう。

 ……が、こちらにも言い分はあるのだ。


「アンナの事情についてはどれくらい聞いたんだ?」


「それほど詳しくは……百年間ほとんどの時間、この家に閉じ込められていたと聞いたが」


 まぁ、そんなところか。


「閉じ込められていたってのは少し違うな。アンナはこの家に憑りついている幽霊だから、此処から離れられないっていうのが正しい。あの指輪を使えば外には出られるけどな」


「――だったら外に出してやればいいだろう? 確かに指輪をはめると精気を吸われてしまうようだから毎日は無理だろうが、偶にに散歩に行くくらいなら……」


 ううむ。気持ちは十分に理解できるんだが。

 でも、そう易々と頷くわけにもいかないのだ。


「いいかイツキ? 基本的に幽霊っていうのは、強い未練を持ってこの世にとどまり続ける存在だ。それはわかるよな?」


「むっ、馬鹿にするな。それくらいのことは知っている」


「普通の人間は死んでも幽霊なんかにはならない。……つまり今のアンナの状態は異常なんだ。速やかに昇天するのが本来は正しい形のはずだ」


 ミズホでは成仏だったかな?


「指輪を使えば確かに外には出られる……だけど生き返ったわけじゃない。ものに触れられるのも一瞬だし、食事が出来るわけでもない。……これじゃあ新しく未練が生まれるだけなんだ」


 だからアンナは外に出すべきじゃない、というのが俺の考えだ。


「未練が強くなれば恨みや妬みの感情が強くなるかもしれない。場合によっては怨霊に転じる危険だってある」


 実際、《迷宮》の一つにはそうした系統の魔獣が集まる場所もある。

 いわゆる不死者(アンデッド)と呼ばれる存在だ。


「そうなったらアンナは理性も知性も記憶もない怪物になる。それはイツキだって嫌だろう?」


「……」


 別に俺もアンナを疎んじているわけじゃあない。

 色々考えた上での結論だ。そのための魔導具についても研究している。


「……エルトの考えはわかった」


 ひどく重たげな口調でイツキが口を開いた。

 少し残念なところもあるが決して頭が悪いわけじゃない。

 ちゃんと筋が通っていれば理解してくれるだろう。


「だけど納得がいかない。もっと別の方法があるんじゃないか?」


 揺らぐことのない強い意思をもった黒曜石のような瞳。

 どうやら理解はしたが、納得はしてくれなかったらしい。


「目の前で寂しがっている娘を助けたいと思うのは間違いか? 遊びたいだけの子供を外に連れ出すのは間違いだろうか?」


 ……それを言うのはズルいと思う。


「外に連れ出すことで未練が強くなり、アンナが怨霊になるかもしれないというのなら私がそうならないように傍にいる」


 だからお願いだ――とイツキは頭を下げた。


「……どうしてそこまでアンナの事を気にするんだ? あの娘とは最近知り合ったばかりだろう?」


「そ、それはその……一応同居人だからな。……仲良くしておきたいではないか」


 頬を赤く染めて視線を逸らす。

 うーん、嘘はついていないと思うけど何か別の理由があるっぽいな。

 けど無理に訊き出すつもりもないし……どうしたものか。


「それでアンナが怨霊になったらどうするんだ?」


「その時は……私がなんとかする!」


「なんとかって……具体的にはどうするんだ?」


「それは、その……エルトが考えてくれ!」


 一番重要な部分を俺任せかよッ!?

 いや、まぁ俺も出来ればイツキに賛同したいんだけど……。


「なぁ、本当に方法はないのだろうか? 私に出来る事であればなんでもするぞ。素材が必要というのならば《迷宮》に潜るし、お金が必要であれば頑張って稼ぐ。もしもアンナが怨霊になってしまったというのなら……その時は、なにをしても私が止めてみせるから」


 止めてみせる、か。嘘ではなく本気なんだろうなぁ。

 握りしめた手からは何気に血が滴り落ちてるし


『話は聞かせてもらったよっ!!』


「ひゃあっ!?」


 そんな感じで頭を悩ませていたら、唐突に声が響いた。

 

 ――聞かせてもらっていたのか。

 

 具体的に言うと天井から生えた少女の首からだが。

 だからその登場はイツキの心臓に悪いから止めろというのに。


「……アンナ、席を外してくれって言ったよな?」


『ちゃんと外したよっ。外してから戻って来たよ!』


 ああ、そうですか。


『それよりもお兄ちゃん、心配しなくても大丈夫だよ! アンナはもう何時でも昇天できるし、何時するかも決めてるから!』


「えっ? いや、ちょっと待ってくれアンナ。それはどういう意味だ?」


 アンナの発言にイツキが戸惑った声をあげた。

 俺だってそんな話は初耳だ。


「決めてるって……何時だ?」


『お兄ちゃんが死んだとき!』


「ええっ!?」


 アンナの宣言にイツキが驚愕の声をあげた。

 元気よく返事してくれるが、それは俺が死ぬまで憑りつくということだろうか?


『そして居候! 居候のくせによく言ったわ! 今日からはアンナの召使いにしてあげるね!』


「め、召使いか~……」


 イツキが半笑いで気の抜けた声を漏らした。

 居候よりはマシなんじゃないかな?

 それに俺からすると、アンナの態度は照れ隠しが見え見えである。


「はぁ……仕方がない。それじゃあ、色々と考えてみるか」


『やったあッ!!』


 俺の言葉にアンナは飛び上がって喜んだのだった。


 ――まぁ、こんなふうに喜ばれては仕方がない。

 日頃から気をつけて、万が一のために備えておくようにしよう。

 イツキと同じように俺にも責任ってものがあるしな。

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