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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
20/68

20 お仕置きしよう

後半が三人称視点となります。

 無事に〈剛毛猿(シープエイプ)〉の〈特殊個体(ユニーク)〉である〈白毛猿〉を撃破に成功した。

 滅多に手に入らない〈特殊個体(ユニーク)〉の素材が得られるかもしれないので、すぐにでも死体を調べたいところだが先にするべきことがある。


 ――ドンッ! ドンッ!


「おや?」


 なにやら聞き覚えがありすぎる爆音に視線を向けると、そこには〈白毛猿〉の残された上半身に容赦なく魔束放筒(カノン)の弾を撃ち込むミリィの姿が。

 こ、(こえ)ぇー。念には念を入れて完全にとどめを刺したようだ。

 流石というかなんというか……俺なんかよりも圧倒的に探索者に向いている気がするのは気のせいだと思いたい。


「……ふぅ」


 すると気の抜けた溜め息が耳に届いた。

 振り返るとイツキが腰が抜けたように地面に座り込んでいる。

 甲冑の損傷具合からすると結構追い詰められていたようだし、命の危険を脱して安堵のあまり力が抜けたのだろう。


 ――さて、早速やるべきことをやるとしよう。


「――イツキ」


「ああ、エルト……それにミリィもか。来てくれて助かった、礼を言うぞ」


 どうやら戦闘に横やりを入れた件については特に怒っていないらしい。

 良いことだ。変に意固地になったりもするが、基本的に礼を逸した真似はしない娘なんだよな。

 まぁ、それはそれとして――


「ん? なんだエルト。どうして(かぶと)に手をかけるんだ」


「黙ってろ」


「そうね、大人しくしてなさい」


 いそいそとイツキが被った冑を脱がす。流麗な黒髪が中から零れ落ちてきた。

 きっちりと〈白毛猿〉の始末を終えたミリィも合流してくる。


「……ふあっ。な、なんで冑を脱がせるんだ? え? どうして頬に手を当てるんだ?」


「それはだな……こ・う・す・る・た・め・だー!」


「いひゃあああああっ!?」


 言葉と同時にイツキの紅く上気した両頬をつねりあげる。

 おおっ、柔らかい!


「人に何も言わずにこんな無茶をして……ただで済むとでも思ったのか!」


「いひゃいいひゃい! ひゅまない、あひゃまる!」


 謝っても許さない、絶対にだ。


「楽しそうねエルト。……せっかくだからあたしも混ぜなさいな」


「どうぞどうぞ」


 片側の頬をミリィへと譲り、二人で存分に引っ張り回す。


「あたしはちゃんと言ったはずよね? 《森林迷宮》で〈特殊個体(ユニーク)〉が目撃されたから奥には行かないようにって。聞こえなかったの? 忘れたの? それとも無視したのかしら?」


「ひゅまない、あひゃまるあひゃまるから! でゃからひゃなしてー!」


 聞こえない聞こえない。


「ううむ……柔っこいなー、このほっぺ。モチモチしていて癖になりそうだ」


「そうねー。太ってるわけじゃなくて程よい弾力がある感じよね。肌もツルツルだし、どんな手入れしてるのかしら? ……確かイツキって今あんたの家に住んでるのよね、何か知ってる?」


「さーなー。あっ、でも石鹸とかは俺のお手製だから、ひょっとしたらそのせいかもな」


「……そういえばあんたも肌の質が良いわよね。今度あたしにも使わせてくれない?」


「おう、別にいいぞ。そのうちギルドに持っていくわ」


「ひ、ひひょのほっふぇひっひゃりながらはにゃしゃないでー!?」


 やれやれ、この辺で勘弁してやるか。

 そう思ってイツキの片頬から手を放した。

 隣りで引っ張っていたミリィも同じように放す。

 このままでは話が進まないしな。


「うぅ……私が悪かったのは確かだが、これはあんまりではないか?」


 赤くはれた頬を両手で押さえつつ涙目で見上げてくる。

 前から思っていたが、イツキは結構涙腺が弱いのではなかろうか?


「やかましい、自業自得だ。何で一人で〈特殊個体(ユニーク)〉と戦うなんて無茶をしたんだ? 返答次第では一時間くらい頬を引っ張ってやる」


「い、一時間ッ!? その……も、もともと『キリキリ丸』は私の武器なのだから自分でなんとかしたかったんだ。それにエルトには色々と世話になってるから、これ以上迷惑もかけたくなかったし」


 こ、の、大、馬、鹿、者、め……!

 そういう気遣いは逆に迷惑だぞ。


「それで持ち主のイツキが死んだら意味ないだろ? 遺品として預かるとか嫌だぞ、俺は。……それにこんな行動をとられるほうが困るしな」


「そうそう、エルトが相手なら変な遠慮せずに、いくらでも迷惑かけちゃいなさいよ。なんなら盾にしたっていいんだから」


「それをミリィが言うのはおかしくないかな? ――あと盾は無理だから勘弁してください!」


「いいじゃないの、減るもんじゃなし」


「減るよッ!? 主に体力とか精神力とか命とか!」


 そんなことをミリィと言いあっているとイツキがクスッと小さな笑みを零した。


「わかった、これからはもう少しお前たちを頼るようにする。……もしもの時はエルトを盾にさせてもらおう」


「止めようよッ!?」


 なんでそんなに俺を盾にしたがるの!?



 ◇ ◇ ◇



 〈特殊個体(ユニーク)〉の遺体を調べるエルトの背中をイツキはじっと見つめる。


 結局またしても世話になってしまった。

 彼への恩義が次から次へと雪だるま式に膨れ上がって、返せないことが正直心苦しい。

 どうにかしたいのだが、今の自分の身では上手い方法が思い浮かばない。

 せめて今した約束だけは守ろうと心に決める。


「どうやら怪我はないみたいね。鎧のほうがあちこち凹んでいる心配したわ」


「……ミリィもすまなかったな。探索者でもないのに《迷宮》の中にまで来てもらって……」


「んー? あたしが勝手にしたことだから気にする必要はないわ。まっ、次からは気をつけてくれればいいわよ」


「……わかった。気をつけよう」


 こんなふうに流されると逆に困ってしまう。

 むしろ何か要求してくれたほうが恩を返すことが出来るのだが。


「ところで最後の一撃はミリィが放ったようだが……ひょっとして魔術師だったのか?」


「……あたしは生憎と魔術は使えないわよ。あれはコレのおかげね」


 当人にその気がない以上、無理に掘り下げても仕方がない。そう判断したイツキは話題を変える意味も込めて、先程から気になっていた事を訊くことにした。

 しかし質問されたミリィは何か嫌なことでも思い出したかのように顔を顰め、懐から愛用の魔導具を取り出す。


「これは昔エルトが創ってくれた魔導具でね。魔束放筒(カノン)って言って、魔力を収束し撃ち出すことが出来るのよ」


「へぇ、エルトがそれを創ったのか? それは凄いな」


「まぁ、偶に変な物を創ったりするけど、あれで腕は確かな奴よ」


 イツキが目を輝かせて称賛の言葉を送る。

 幼馴染を褒められたミリィは少しだけ嬉し気に平坦な胸を張った。


「……なぁ、ミリィ?」


「うん? どうかしたのイツキ」


 チラチラと視線を魔束放筒(カノン)に向けながらイツキがミリィへ話しかけた。

 子供のように好奇心に輝く黒瞳を見て、なんとなく何が言いたいかを察する。


「その……私にもその魔導具は使えたりするのだろうか?」


「それは大丈夫よ。魔力さえあれば誰にでも使えるから……よかったら一発撃ってみる?」


「いいのか!?」


「ええ、威力はこっちのほうで調整しておくわね」


 パッと顔を輝かせたイツキに苦笑を零し、魔束放筒(カノン)の威力を普段使っているくらいに調整する。

 さすがに先程〈特殊個体(ユニーク)〉に撃ち込んだモードは不味いだろう。


「えっと……これを引けばいいのか?」


「うん、あの岩に砲口を向けて両手で構えて、その引き金に指をかけて……引いてみて」


「よし……うわっ!?」


 ミリに撃ち方の指導を受け、イツキが魔束放筒(カノン)を構えて引き金を引く。

 瞬間、砲口から光の弾が打ち出され見事狙いの岩に命中した。

 威力に驚いたイツキが尻もちをつく。


「わっ、わわっ!? ほ、本当に出たぞ! 凄いっ、凄いな!」


 子供のようにはしゃいだ声を上げるイツキだが、その気持ちがミリィにはよくわかった。

 魔術が使えない者にとって魔術というものは一種の憧れだ。

 だからこそ魔導具という物は人気が高く、高値に拍車がかかる。

 この魔束放筒(カノン)をエルトが自分のために創ってきてくれた時。

 素直に礼を言うことが出来なかったのだが、本心では嬉しかったのだ。


「これはいいな。私もお金が稼げたらこういうのを……創って……もら、おう……か、な……?」


「――あら?」


 魔束放筒(カノン)を片手にはしゃぐイツキを微笑まし気に見ていたミリィだったが、彼女の前でイツキが地面に崩れ落ちる。

 顔色などは悪くないようだが、全身に力が入らないようだ。


「……なにやってんだよ、お前らは?」


 一通り〈特殊個体(ユニーク)〉の見分を終え、『旅の鞄』に死体を納めたエルトが戻ってきた。

 地べたに倒れるイツキを見て呆れ声を漏らす。

 魔束放筒(カノン)をまともに使いこなせるのはミリィのようなバカ魔力の持ち主のみ。

 彼にとってはイツキの惨状(これ)は当然の結果であった。

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