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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
18/68

18 〈特殊個体〉と戦おう1

三人称視点です。

 アーランディアの"扉"から通じる八つの《迷宮》。

 その内部に生息する魔獣に関する情報は概ね(・ ・)探索者ギルドによって収集されている。

 完全とは言えないのは、《迷宮》奥に生息する魔獣に関しては遭遇する機会そのものが少ないからだ。

 しかし通常の探索者にとっては十分な情報量であり、望めばギルドの資料室で何時でも閲覧が可能である。

 これも歴代の探索者たちの長年の成果であると言えるだろう。


 しかしどうしても既存の情報からは漏れる魔獣もまた存在する。

 先に述べたような《迷宮》奥の魔獣であったり、未発見の新種であったり……そして〈特殊個体(ユニーク)〉であったり。

 〈特殊個体(ユニーク)〉とは通常の魔獣が何らかの要因によって変質した個体の通称だ。

 多くの場合は原種が持ち得ぬ身体能力や特殊能力を持っていることが多く、危険度の高い魔獣である。

 それゆえ目撃情報があれば、ギルドを通じて探索者たちに情報が共有化されるのが通例となっている。

 

 発見された〈特殊個体(ユニーク)〉に対するギルドの方針は基本的には放置だ。

 弱腰と揶揄する者もいるが、下手に刺激せずに放置しておけば自然と〈特殊個体(ユニーク)〉は《迷宮》奥へと生息域を変えるので、有効な手段と言えなくもない。

 この〈特殊個体(ユニーク)〉のおかしな生態の理由は未だに不明だが、ひょっとしたら《迷宮》奥の強力な魔獣は元は全て〈特殊個体(ユニーク)〉だったのではないかと考える研究者もいる。


 いずれにせよ多くの探索者は〈特殊個体(ユニーク)〉に対しては静観を決め込むのが常識だ。

 この業界、無謀と勇気を履き違えた人間は長生きしない。

 臆病なくらいで調度良いのだ。


 だが、逆に積極的に〈特殊個体(ユニーク)〉に挑む探索者が一定数いるのも事実である。

 理由は単純で、彼らは〈特殊個体(ユニーク)〉から獲れる希少素材を狙っているのだ。

 ゆえに今回《森林迷宮》で発見された〈特殊個体(ユニーク)〉を狙う探索者たちも当然いた。

 たった一匹しか存在しない相手を狙う競い合い。言うまでもなく早い者勝ちである。


 そのレースを制し幸運(・ ・)にも真っ先に〈特殊個体(ユニーク)〉に接敵した探索者――イツキ・カンナギは現在、己の不運(・ ・)を嘆いていた。


「――ぐっ!?」


 己の纏う全身甲冑から響く鈍い打撃音。同時に伝わってくる衝撃。

 歯を食いしばり地を踏みしめ、吹き飛ばされないように耐える。

 そのままカウンターを狙い剣を振り抜くも、その時には既に敵は間合いの外。

 戦闘が始まってからずっとこの繰り返しだ。


「ちぃ……ッ」


 舌打ちを堪えつつ剣を正眼に構え直す。

 こちらを(なぶ)るつもりなのか、相手は追撃する素振りも見せずにじっと待っていた。

 魔獣の感情表現などわからないが、己を見る目は敵ではなく獲物を見ているように感じられる。

 ニヤニヤと嘲笑っているようで実に不快だ。


(……この鎧を着ていなければ数回は死んでいたな)


 心の中で鎧を貸してくれた魔導具店の店主に感謝を述べる。

 しかし同時に己の不甲斐なさも詫びる。


 ギルド職員のミリィから親切な忠告を受けておきながら、それでも《森林迷宮》に来た理由。

 それは言うまでもなく愛刀『キリキリ丸』のためである。

 元々自分の不手際が原因なのだから、せめて修理に必要な素材くらいは自分で確保したかったし、これ以上迷惑もかけたくなかった。

 同時に醜態を晒してばかりの自分の評価を挽回ばんかいし、エルトを見返してやりたいという気持ちもあった。


 《森林迷宮》では同じように〈特殊個体(ユニーク)〉を探す探索者たちを見かけたので、一人で探索する自分が遭遇出来る可能性は低かった。

 それでも駄目もとで森へと足を運び、その結果――出会ってしまった。

 〈剛毛猿(シープエイプ)〉と呼ばれる通常三匹一組で行動する魔獣の〈特殊個体(ユニーク)〉に。

 通常の個体よりも一回り大きく、単独で行動し、全身を覆う剛毛は異様なほどに白い個体だった。

 原種である〈剛毛猿(シープエイプ)〉と違い、森の中でも目立つ異様は確かに〈特殊個体(ユニーク)〉だと納得できる。


 予想外だったのはその実力。

 侮っていたつもりはなかったのだが、それでも考えが浅かったのかもしれない。

 〈剛毛猿(シープエイプ)〉よりも数段勝る素早い動き、唸る剛腕、そして厭らしくヒットアンドアウェイを繰り返す賢しさ。

 今は何とか耐えてはいるものの、幾度となく甲冑越しに殴りつけられジワジワと体力を削られている。

 使い慣れない得物と鎧であることを差し引いても、自力の段階で劣っている。


(『ダイナゴン』と『キリキリ丸』さえあれば……!)


 それがないからこそ〈特殊個体(ユニーク)〉を狙い《森林迷宮》に足を踏み入れたのだが。

 ともあれ今のイツキには打つ手がない。

 このままでは一太刀浴びせる前に力尽きるのも時間の問題だ。


(――よし)


 覚悟を決める。

 なまじ半端に回避しようとするからワンテンポ動作が遅れるのだ。

 ならば回避は(はな)から捨てる。多少の痛みはねじ伏せて一撃を見舞ってみせる。


「キキキッ」


 イツキの覚悟など何処吹く風と〈白毛猿〉は嗤う。

 お前などには触れることも出来まい、とばかりに尻を見せて二、三度叩き挑発するオマケ付きで。


(――ぶった切ってやる……!)


 猿に見下されるという、ある意味で貴重な経験をしたイツキの頭が瞬時に沸騰した。

 こうした部分が残念美少女とエルトに呼ばれる要因の一つなのだが、当人に自覚はない。


 そして余裕を失わない〈白毛猿〉と覚悟を決めたイツキが再び激突しようとした次の瞬間――




 ヒョイッと二人が向き合った中心点におかしな物が投げ込まれた。




「――なあっ!?」


 驚愕するイツキの前で破裂するナニカ。

 キキキキキッ――キィンッと断続的に甲冑の表面を叩く音。例えるなら無数の針が一斉に飛んできたような。

 その衝撃と音にゾワリと背筋を走る怖気。先日味あわされた恐怖が蘇ってくる。


「ギギィッ!?」


 頭を振って全身に(たか)る無数の蜂の幻を振り払い、眼前の敵に視線を戻す。

 そこには全身に針を突き立てられ苦しむ〈白毛猿〉の姿。

 どうやら先程の投擲物から大量の針が放出されたらしい。

 もしも自分が全身甲冑を纏っていなかったら――


(じょ、冗談ではないっ!)


 見境のない非道なやり口に連鎖して記憶が蘇る。

 具体的に言うと蜂の群れに容赦なく蹴り飛ばされた記憶が。

 思わず顔を引き攣らせたイツキの眼前で――


「ギャギャッ!?」


 別方向から放たれた光の奔流が〈白毛猿〉の下半身をあっさりと消し飛ばした。


「……ふぇ?」


 ほんの少し前まで真剣勝負を繰り広げていた強敵。

 そのあまりにも呆気ない最後にイツキは思わず呆けた声をあげた。

剛毛猿(シープエイプ)

 三匹一組で行動する猿型魔獣。

 全身を覆う長い毛が特徴的。すばしこいが頭はあまり良くない。

 凶暴性も低く危険度はそれほど高くないが、同時に特に買い取りに適した部分も持ちえない。


〈白毛猿〉

 〈剛毛猿(シープエイプ)〉の〈特殊個体(ユニーク)〉。

 〈剛毛猿(シープエイプ)〉と違い一個体で行動する。全身を覆う毛は白く。全体的な能力が原種よりも高い。

 原種にはない賢さも備えているので《森林迷宮》ではかなり危険な個体……のはずだった。

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