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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
16/68

16 蜂蜜を取ろう

「にゃああああああああっ!?」


 なんとなく空を眺める。

 別に油断してるわけではない。最低限の注意は払っているし、そもそも〈肥毒蜂(ビックビー)〉の巣の近くに寄ってくる魔獣は少ないので、逆に安全地帯だったりするのだ。

 この間の〈耳長熊(ラビットベア)〉などは例外だが、あのレベルの魔獣は〈迷宮〉の奥に生息するのが普通だ。


 ……ひょっとしてあの〈耳長熊(ラビットベア)〉は〈肥毒蜂(ビックビー)〉の巣が目当てだったのだろうか?

 すでに美味しいお肉になってどこぞの食卓に並んだのだろうから、確かめる術はないのだが。


「むしぃっ! むしが全身を!? 気持ち悪いぃいいいっ!?」


 見上げた空は青かった。照りつける陽の光も森の葉が遮ってくれるので、割と過ごしやすい陽気だ。とても《迷宮》の中だとは思えない。

 実際のところ、八つの《迷宮》は何処も環境の違いはあれどこんな感じだ。

 昼夜があって天気も変わる。しかし劇的に気候が変わることはなく、災害の類もない。

 魔獣の存在さえなければ、住みよい場所と言えなくもないかもしれない。


「うわっ!? ぶちゅって! ぶちゅって感触がっ!? 生温かい体液がぁあああっ!!」


 随分と昔の話ではあるが、《迷宮》の果てを確かめようとした酔狂な人物がいたそうだ。

 その人物は『旅の鞄』の上位魔導具である『旅の箱』に食糧や必需品を詰め込み、強靭な探索者を雇って旅をしたらしい。

 そして凡そ二週間かけて"扉"からひたすらに真っ直ぐ進み続け、見事"果て"に辿り着いたという。

 

 曰く――その場所には底を見通せぬ奈落が地平線の果てまで続いていた。


 さらにその絶壁に沿って歩いてみると、緩やかな円形になっていることを発見したらしい。

 つまり俺たちが普段《迷宮》と呼び活動している場所は、言うなれば大海原にポツンとに浮かぶ小島のようなものだ。

 "扉"を中心とした大地を深すぎる暗闇が囲んでいる――そのような地形になっているらしい。

 そして何故かはわからないが、端に近づくほどに強力な魔獣が現れ希少な植物や鉱物が発見されたという。

 このことから"扉"から離れた場所を"奥"と呼称するようになったそうな。


「……ひっく。……うぐっ。……う、うぅ~~っ」


 ……あっ、なんかヤバいかもしれない。

 知らないふりをするのも限界になってきたのを感じ、見ないふりをしていた方向へと視線を向ける。


「おおう……」


 思わず変な声が零れてしまった。

 地面に独創的な絨毯のように広がるのは、力任せに引き千切り潰されたと思しき〈肥毒蜂(ビックビー)〉の死骸……それも大量に。

 数えるのは面倒になるくらいだが、百匹は軽く超えているのではないだろうか。

 その中心で幽鬼のように不気味に佇む全身甲冑。

 全身に〈肥毒蜂(ビックビー)〉の体液が張り付き軽いホラーである。

 子供が見たら大泣きすること請け合いだ。


「エェルゥトォオオオ……ッ!」


 スプラッタな鎧の内から地獄の底から手招きするような声が響いてきた。

 恨み骨髄、怒り心頭といったところか。


「お疲れ様ー。流石はイツキ、良い仕事だったな」


「お前はっ! 他にっ! 言うことないのか!? わ、私に何か恨みでもあるのか!? 言い訳があるなら言ってみろ!!」


 正に怒髪天を衝く。

 微妙に涙声なので締まらないが、さっきまでは抜いていなかった代用の剣を突き付けてくるのだから割りと危険な状態だ。

 ここで返答を間違えたら俺の首が飛ぶかもしれない。


「そんなイツキに恨みなんて――」


「…………」


「ちょっとしかないぞ」


「あるのかっ!? ……おっ、ととっ!?」


「危なっ!?」


 俺の返事に有り得ないことを言われたかのように、ガーンッと衝撃を受けるイツキ。

 驚きのあまり首元に突き付けていた剣を取り落としそうになり、慌てて持ちなおす。……結果、危うく俺に突き刺さるところだった。

 これはむしろ恨みがあるのはイツキのほうではなかろうか?

 まぁ、さっき俺がやったことを思えば仕方ない気もするけど。


「す、すまない。……けれど恨みというのはなんのことだ? 何か気に障るようなことをしてしまっただろうか……?」


 ハハハ、こやつめ。覚えが全くないとでも?

 しかし先程までの憤りは何処へやら。一転して不安げな様子を見せてくる。

 相変わらず実は気の小さい娘さんだ。


「そうだなー、うちの食料を遠慮なく食い尽くしてくれたり?」


「うぐっ……!」


「少し目を離した隙に借金をこしらえたり?」


「あうう……っ!」


「師匠の所で必死に助けを求めたのに見捨ててくれたり?」


「……ごめんなさい」


 流れるようにイツキの行状を述べてみると、思いきり気落ちした様子で謝罪された。

 実は食事は俺の意思で与えたのだし、借金は無関係なのだが黙っておいたほうがいいだろう。

 せっかく怒りが治まったみたいだし。


「そもそも戦闘なら任せてくれって、自分で言ってなかったっけ?」


「うっ、それはそうなんだが……これは流石にどうなんだ? 婦女子を蟲の群れに放り込んで男として思うところはないのか?」


「……? 無事に被害もなく〈肥毒蜂(ビックビー)〉の群れが始末出来て良かったなー、とは思っているぞ」


「そうではなくてッ!?」


「そもそもイツキが着ている甲冑なら〈肥毒蜂(ビックビー)〉の針を通すことはないからな。別に危なくはなかっただろう?」


「……そうなのか?」


 呆気に取られたかのような声を出したイツキだが、気づいていなかったのだろうか。

 そもそもその甲冑を創ったのは誰だと思っているのか。


「そうだよ。でなけりゃあんな無茶するわけないだろう」


「……出来れば先に言っておいてくれ。というかそれでもこんなのは二度とごめんだ……!」


 言ったら断られそうだから強引にやったんだが。一応解毒薬も用意してあったし。


「うーん、そんなにきつかったか? ……ひょっとして実は蟲が苦手だったりする?」


「そ、そんなことはない! わ、私にとって蟲の百や二百、お、お茶の子さいさいだ!」


 あー、うん、そうだね。

 膝をガクガク震わせて、指先がブレてなければ説得力はあったかな。

 ……流石に泣き出すほどに蟲嫌いだとは思わなかった。

 師匠の所で見捨てられた仕返しも兼ねていたのだが、少し悪いことをしてしまったな。

 今度お詫びに美味い物でも奢ってやろう。


「それは頼もしいな。それじゃあ悪いけどもう一仕事手伝ってくれ」


「……今度は何をさせる気だ? この蟲を拾い集めろとでも言うのか?」


 さっきの一件が尾を引いているのか、やはり警戒して腰が引けている。

 そんなに不安そうにしなくても大丈夫なんだが。


「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。その剣で巣の上の部分を切り取ってほしいんだ。 その辺りに〈肥毒蜂(ビックビー)〉が集めた蜜が詰まってるからな」


「……なんだそんなことか」


 安堵の溜息をついたイツキは剣を構えると一閃。見事に真っ二つにしてくれた。

 相変わらずの腕前。先程まで半泣きになっていた人物とは思えない姿だ。


「確かこの蜂蜜は高値で引き取ってもらえるんだったな? ……『キリキリ丸』の修復に必要な素材は買えるだろうか?」


「うーん、流石にそれは無理かな。『キリキリ丸』クラスだと、それなりに奥のほうの魔獣から採れる素材が必要だし……それくらいになると競売になって値断がつり上がったりもするからな」


「……そうなのか」


 この時、俺は蜂の巣を『旅の鞄』に入れる作業をしていた。

 その結果イツキの沈んだ声の響きを聞き逃し、それを後になって後悔する事になるのだった。

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