15 迷子を直そう
生粋のハンマー至上主義者の師匠による地獄の扱きは無事に終了した……たぶん、おそらく、きっと?
一度店に戻って自室のベッドで爆睡した俺は、今日も《森林迷宮》を探索中である。
「それで……どうだろうか。『キリキリ丸』は直せるのだろうか?」
「あー、たぶん大丈夫だろ。ちゃんと必要な技術を学んだ記憶はあるし」
「ほ、本当か!?」
隣りを並んで歩くイツキが不安そうな声で問いかけてきたので返事をする。
すると途端に華やいだ声が冑の内より聞こえてきた。
まぁ、喜ぶにはまだ早いのだが。
「ああ、本当だ。……ところで師匠の所にいた三日間で、知識や技術の記憶はあるのに経験に関する記憶がないんだけど……イツキは何か知らないか?」
「……え、えっと、それはその……聞かないほうが良いと思うのだが……」
なにそれ怖い。
うん、でもまぁ理解は出来る。
少し頑張って記憶を掘り起こそうとしてみたのだが、その度に内なるナニカが「オモイダシテハナラヌゥ」と警告の声を発するのだ。
まるで決して開けてはいけない禁断の箱のように。
好奇心は猫を殺すとも言うし、きっと忘れていたほうが幸せなのだろう。
「とはいえ必要な素材を買うには金が要るからな。今日も頑張って稼がないと」
「うっ……やはり修理に必要な素材とやら高いのだろうか?」
「『ダイナゴン』に必要な素材ほどじゃないけど、やっぱりそれなりに高いな。自分たちで素材を手に入れて再買い取りすれば少しは安く済むけど……」
「……なるほどな。借金を持つ身としては中々厳しいところだな」
悩まし気に腕を組むイツキだがこればっかりはな。
『キリキリ丸』級の魔導具に効果付与するためには、触媒にもそれなりの格が必要なのだ。
自力で手に入れようとするなら結構なリスクが付きまとう。
面倒でも地道に稼いだほうが安全だろう。
「まぁ、焦らずやっていこう。とりあえず今日のところはこれを渡しておくよ」
「……うん? エルト、何だこれは? 私にはただの石のように見えるのだが……?」
懐から取り出した物をイツキに渡すと、彼女はそれを摘まみ上げ訝し気に首を傾げた。
まぁ、確かに見た目はただの白い石にしか見えないから無理もない反応だな。
だからこそ説明のしがいもあるってものだ。
「そう思うのが素人の浅はかさというものだよ、イツキ君」
「……唐突に何なんだ、その妙な喋り方は?」
「ちょっと偉そうな先生風……駄目かな?」
「駄目だ、お前には似合わん」
キッパリと首を振られてしまった。そうかー、駄目かー。
「しかし一見するとただの白い石にしか見えないこの魔導具『双絆石』! その真価はこちらの黒石と共に発揮されるのですよ、お客さん!」
「……だから何なんだ、さっきから?」
「セールストークの練習……かな。店を繁盛させるために俺も色々と頑張ってるんだぞ?」
「むぅ……。私は商売には疎いのでなんとも言えないのだが……とりあえず普段通りに話してくれないか? 正直お前がそんな話し方をしていると背筋が寒くなってくる」
「酷くねッ!?」
そんなに俺のセールストークは駄目ですか、そうですか。
売り込むためのトークなのに客を不快にさせたら本末転倒だから諦めるけどさ。
「はぁ……とにかくだ。一度その白石を地面に置いてみてくれ、俺は黒いほうを置くから」
「ああ、わかった……これでどうなるんだ?」
「あとはじっと見てるだけだ」
「……おい、馬鹿にしているのか? それでいったい何が……って、おおっ!? 石が勝手に動いているぞ!?」
地面に置いた白石と黒石が少しずつ引き合って動いていく。
それを見たイツキが驚きの声をあげた。
ふふん、どうだ見たか。
「これがこの魔導具『双絆石』の効果だ。この二つの石は距離がどれほど離れていても、お互いに引き合う力を持っているんだ」
「どんなに離れていても……か、それは凄いな。凄いが……これがいったい何に使えるんだ?」
「もちろん迷子対策に効果覿面だけど?」
「迷子……? それはいったい誰のことだ?」
黙ってイツキを指さしてやる。
「なっ!? わ、私は迷子になどならない! ……す、少しだけ迷いやすいだけだ!」
「黙れポンコツ」
「ポンコ――ッ!?」
絶句しているが、すでに彼女の評価は残念なポンコツ美少女で確定だ。
意義は認めん、俺がルールだ。
「人はそれを迷子と言うんだよ。いいから大人しく白石を持っててくれ。もし逸れても、石の示す方向へ向かえば合流できるから失くさないように」
「……まぁ仕方がないな。私は迷子になどならないが、弱いエルトが逸れたら大変だからな。うむ、お前のために受け取っておくとしよう!」
相変わらず冑の奥の表情は見えないが、声の調子でなんとなく感情が理解できるようになってきたな。
イツキ自身、少なからず方向音痴の自覚はあるが、恥ずかしいので別の理由を強調しようといったところか。
……演技はかなり大根だが。
「さてと……進もうか。そろそろ魔獣と出くわしてもおかしくない頃だ」
「うむ、戦闘に関しては任せてもらおう」
そうして森の中を歩くことしばし、お目当ての魔獣に遭遇した。
「……エルト、あれは何だ?」
「うん、〈肥毒蜂〉の巣だな」
茂みに身を隠しながらイツキの質問に答えた。
気のせいかもしれないが、彼女の声は幾分固く聞こえた気がする。
視線の先には牛ほどの大きさの浅黒い蜂の巣。その周囲をブンブンと飛び回る拳大の蜂の群れ。
これでも《森林迷宮》の魔獣の一種である。
「一体一体はそれ程強くないけど、集団で襲い掛かってくるのが厄介な魔獣だな。毒も持っているから襲われたらかなり危険だ。幸い巣に近づかない限り積極的に襲っては来ないから、見かけたらスルーするか、遠距離から一気に焼き払うのが基本だ」
「そ、そうか。私たちは遠距離攻撃など出来ないからスルーするんだな?」
心なしかホッとした様子を見せるイツキ
しかし誰が何時そんなことを言っただろうか?
確かに遠距離攻撃は出来ないが、始末するには別の手段もあるだろうに。
「いや、〈肥毒蜂〉の蜂蜜は割と高値で引き取ってもらえるから狩るぞ。大丈夫、遠距離攻撃がなくてもなんとかなるさ」
「……お前がそう言うなら構わないが、具体的にどうするのだ?」
「ああ、ちょっと立ってくれるかな?」
「……?」
不思議そうに首を傾げて、俺に言われるがまま立ち上がったイツキの背後に回る。
「――それじゃあ、いってこい」
俺は無防備なイツキの背中を、〈肥毒蜂〉の巣へと勢いよく蹴り出した。
「……へ?」
蹴り飛ばされたイツキが〈肥毒蜂〉の巣に突っ込みながら呆けた声を漏らした。
さーて、頑張ってこーっ!
双絆石
黒い小石と白い小石、二つ一組の魔導具。
どれほど離れていて互いに引き合う力を持つ。
肥毒蜂
大人の握り拳サイズの蜂の魔獣。
攻撃的な魔獣ではないが、巣を狙う敵には一斉に襲い掛かる。
毒を持っているので注意。