14 正気を取り戻そう
今回は三人称視点です。
『ギムル師匠の追加修行・ボコりもあるよ☆』をエルトが受講することになって早三日。
未だにフォーン魔導具店に店主が帰ってくる様子はなかった。
元より客の来ない店で一人寂しく店番をしていたイツキも、流石にそろそろ不安になってくる。
よって店主がいるであろう老〈岩鉱人〉の鍛冶屋に様子を見に行くことにしたのだった。
「……で、あたしに声がかかったってわけね」
「すまないミリィ、私一人で向かうのはどうにも不安でな……」
鍛冶屋への道を歩きながら謝罪の言葉を口にするイツキ。
その隣に並んで歩くのは茜色の髪を括った小柄な少女。
店主の幼馴染にして探索者ギルドの受付嬢でもあるミリアリアだ。
いつまでも帰ってこないエルトを迎えに行くと決めたはいいものの、実はビビりでもあったりするイツキが助っ人を頼んだのである。
三日前にハンマー狂いの老〈岩鉱人〉にドナドナされていくエルトを、為す術なく見送ってしまった負い目もあるのだが。
「まぁ、今日は休日だったからいいんだけどね。……ところであたしは会ったことないんだけど、そんなに厄介な人なの? その師匠って」
「決して悪意のある人物ではないと思うのだが……どうにも話が通じにくいところがあるというかなんというか……な」
どうにもイツキの返答も濁ってしまう。
師の人となりについてエルトが言葉を濁していた理由もわかろうというものだ。
悪人ではないものの、できれば関わり合いを持つのは避けたい手合いとても言おうか。
とりあえずイツキにはカタナを捨ててハンマーに鞍替えする気は全くない。
「よくわからない人みたいね。まぁ、どのみちあの馬鹿にはちゃんと働いてもらって、借金返してもらわないといけないから迎えに行くのは賛成だけど」
「……うん? エルトにも借金があったのか?」
「ええ、それなりの金額だから頑張って店を経営してもらわないと」
「……むぅ、そうかそうか」
イツキは首を縦に振って幾度か頷いた。
その整った容貌は少しだけほころんでいる。
借金持ちが自分だけでないことに悪いとは思いつつも安堵し、同時にそんな状況でありながら自分の世話をしてくれる店主に改めて感謝の念を抱いたからだ。
先日は勢いに飲まれて見捨てるような形になってしまったが、今度こそ恩を返さなければならない。
……あの師匠は未だにかなり怖いのだが。
◇ ◇ ◇
「やあやあ、イツキにミリィじゃないカ、久しぶりだナ!」
「「……」」
不安を抱えつつ鍛冶屋を訪ねた二人が目にしたのは、実に朗らかな笑顔のエルトだった。
背筋をピンと伸ばし、片手を上げながら愛想よく二人を出迎えてきた。
鍛冶屋の主人である老〈岩鉱人〉――ギムルは奥にいるらしい。
何か作業をしているような音が聞こえてくる。
エルフ娘の姿も見えないが、彼女の場合は実は傍にいるのかもしれない。
単に存在感が薄すぎて気が付けないだけで。
「(なによ……特に問題なさそうじゃない)」
「(う、うむ……そのようだな?)」
顔を寄せ合ってコソコソと話すイツキとミリィ。
ミリィはおかしなことになっていなかったことに安堵し、イツキは最後に見たエルトと今の姿が結びつかず怪訝顔だ。
てっきり傷だらけにでもなったりしているのではないかと心配していたのだが。
「どうかしたのか二人とモ。何か気になることでもあるのカ?」
「なんでもないわよ。……それより、あんたのほうこそ妙なことはなかったの?」
「おかしなこト? はっはっハ、何を馬鹿なことヲ。こんなハンマーに囲まれた素晴らしい場所デ、そんなことあるはずがないだろウ」
「「……あれ?」」
胸を張って笑うエルトの言葉にイツキとミリィは首を傾げた。
……なんだかおかしな発言があったような? というか心なしかエルトの言葉尻がおかしいような?
「それよりもミリィ、キミもハンマーを買わないカイ? イマなら一本買えばおまけにもう一本プレゼントダ!」
「ハンマーって……あんたねえ、頭でもおかしくなったの?」
「おかしくなってないよ正気ダヨ。これからの時代はハンマーダヨ。打ってヨシ振ってヨシ投げてヨシのハンマー。一家に一本ハンマー! ハンマーバンザイ!!」
ミリィが頭の横で指をクルクルと回しながら問いかけるが、エルトの返答は完全に電波だった。
もはや隠す気もないのか完全に口調がおかしい。
よくよく見れば、その瞳には光がなくグルグルと渦が回っていた。
「(ちょっと……なによこれ!? 時々馬鹿するやつだけど、ここまで変なこと言う奴じゃなかったでしょ!?)」
「(わ、私に訊かれても……! たぶんこれが修行の成果ではないかと……?)」
どう考えても傷だらけの状態だったほうがマシだったと思える結果である。
この予想外過ぎる状態にはミリィも叫ばずにはいられない。
「(どんな成果よ、それ!? ……いいわ、手っ取り早く正気に戻しましょう)」
「(それには賛成だが……戻すと言ってもどうやってだ? 私は上手い方法が思いつかないぞ?)」
「(――まぁ、見てなさい。すごく簡単な方法だから)」
すでに二人に見向きもせずに高らかにハンマーへの愛を謳うエルト。
その馬鹿にゆっくりと近寄ったミリィは、懐から魔束放筒を取り出すと無造作に彼の額に突き付けた。
「素晴らシキかなハンマー! ビバ、ハンマー! マズはハンマーへの感謝を込めて一日百振りから――ン?」
「哀れね……せめてあたしが引導を渡してあげるわ。ばーん!」
「ハガぁッ!?」
「なっ!? ちょっ、ミリィ!?」
ミリィの引き金はとっても軽い。特にエルトに対しては。
零距離射撃の直撃をまともにくらったエルトはもんどりうって倒れ伏した。
あまりにあんまりな解決法に、後ろで見守っていたイツキが驚愕の声をあげる。
「……うぅ? お、俺はいったい今までなにを……?」
「……よし、正気に戻ったわね」
「ええー……?」
頭を振りつつエルトが起き上がる。その赤みがかった瞳にはハンマー愛は窺えない。
どうやらあれで正気に戻ってしまったらしい。イツキとしては激しく納得いかないのだが。
「うぐぐ……。何故だろう? 凄く頭が痛いんだが……?」
「気のせいよ」
「……なんか額に瘤が出来てるみたいなんだが?」
「どっかで打ったんじゃない? 記憶喪失にでもなったの?」
「……なんか凄まじく慣れ親しんだ痛みなんだが?」
「痛みなんてみんな似たようなものよ」
額をさすりながら質問するエルトに淡々と返すミリィ。
全く悪びれることのないその返事に、エルトの瞳が段々と半眼になっていくのがイツキの目にも見えた。
「いや、どう考えてもこの痛みは魔束放筒だろうが!? いきなり何してくれてんの!?」
「明らかに頭がおかしくなってたから正気に戻してあげたんじゃない。……なんか文句でもあるの?」
「それはもちろん感謝してますけどね!」
「じゃあ良いじゃないの」
「そうじゃなくてやり方! もっと優しさを大切にしよう!」
「贅沢言ってんじゃないわよ。そうね……100フォルくらいからなら考えるわ」
「高ッ!? 優しさ、めちゃ高ッ!?」
ギャーギャーと仲良く喧嘩するエルトとミリィを離れて見ていたイツキは、苦笑しながらポツリと呟いた。
「仲……良いんだな」
艶やかな長髪に隠れたその横顔は、少しだけ羨まし気なものだった。