12 刀が折れそう
「――くッ!?」
やって来たのは毎度お馴染みの《森林迷宮》である。
……他の《迷宮》? そんな危ない場所に行く気は更々ない。
職人+新人探索者のコンビに何を期待しているのか。
己の分を弁えるのが、この業界で長く生き残るためのコツである。
特に今は《森林迷宮》でも苦戦するくらいだからな。
無理にリスクの高い《迷宮》に向かっても仕方がない。
「こ、の……鬱陶しいッ!」
苛立ちの混じった声をあげながら抜刀一閃。
カタナの軌跡上の〈群浪狼〉が両断された。
しかし何頭かは俊敏な動作で刃を回避し、イツキの周囲を囲んで隙を窺う。
前回の戦闘ではあっさりと無力化した魔獣相手ではあるが、思った以上に苦戦している。
その理由は言うまでもない。堅牢無比を誇った『ダイナゴン』が使えなくなったからである。
あの傑作に施されていた付与効果は本当に大したものだった。
残念ながら、現在イツキが代わりに着込んでいる全身甲冑では一枚も二枚も劣る。
加えて今回の戦闘では、彼女には回避動作を意識して戦ってもらっている。
結果として慣れないどうしても動きが鈍るのだ。
まぁ、『ダイナゴン』に及ばないとはいえ、あの全身甲冑も中々の品なので余程の事がない限り殺られることはあるまい。
ここはイツキ自身の経験値向上のためにも頑張ってもらおう。
……俺? 離れた安全圏から彼女の奮戦を眺めていますが何か?
「――はあッ!」
どうやら決着が着いたようだ。
以前に比べるとだいぶ時間がかかったし、肩で息を切らしてもいるが。
『旅の鞄』から水筒とタオルを取り出しながらイツキに近づいて声をかける。
「お疲れさん。ほい、水分補給」
「……お、男として女に任せきりで、他に言うことは、ない……のか?」
「ないなー。今回の目的はイツキに『ダイナゴン』なしの戦闘に慣れてもらうのが目的だし、俺が手出ししたら意味ないだろ」
「くうっ……! 『ダイナゴン』を使わずに戦うのがこれほど大変だとは思わなかった……」
冑を外し、汗をタオルで拭いて水を口に含みながら悔しげに呻くイツキ。
頬は赤く染まり、口元からは溢れた水が滴り落ちる。
――普段は必要以上に他人の視線を意識するのに、こういった時に無防備なのは何でだろうか?
「むっ? どうかしたのか?」
「いやいや、なんでもないよ」
イツキは今回の戦闘に不甲斐なさを感じているようだが、実際のところそれほど悲観したものでもない。
彼女の攻撃技術は大したもので、一度攻勢に出れば無類の強さを発揮していた。
今回はとにかく回避を意識してもらったせいで苦戦していたようだが、これから慣れていけば問題ないだろう。
まぁ、『ダイナゴン』の性能が良すぎたせいで疎かになっていた技術。
それを取り戻す機会だと思えば良いのだ。
「ところで話は変わるけど、その剣も『ダイナゴン』と同じく大した品みたいだな。確か……カタナだったかな?」
「ふふん、わかるか? このカタナは『ダイナゴン』と同じく我がカンナギ家に代々伝わる業物なのだ」
自慢のカタナを誉められたのが嬉しいのか、表情を明るくして嬉し気にカタナを抜く。
陽光を反射して輝く刃からは内包された凄みが伝わってくる。
確かにこれは業物と言われても納得するしかあるまい。
……んん? 『ダイナゴン』と同じく?
あれ? ということは――
「なぁイツキ? そのカタナだけど……」
――ピシリ。
ふと思いついてしまったことを質問しようとしたその時、イツキが掲げたカタナから聞こえてはならない音が聞こえてしまった気がした。
どうやらその音はイツキにも聞こえたらしく、笑顔のまま微動せずに固まってしまっている。
ツツーと、一筋の汗が白い肌の上を流れた。
イツキはギギイッといった感じにカタナへと視線を向け――
「……わ、私の『キリキリ丸』があああああっ!?」
「えっ? そんな名前だったのか?」
自慢のカタナに入った罅を目にして悲鳴をあげた。
◇ ◇ ◇
「鎧に続いて今度は剣も使えなくなったの? 本当に忙しないわね」
「考えてみれば『ダイナゴン』と同じくらいの歳月を重ねてきたんだから、こうなって然るべきではあるんだよな」
「……うぅ~」
気がつかなかった俺とイツキが間抜けだったというだけの話である。
「……しくしく、……キ、『キリキリ丸』~~……ッ」
隣りで大切そうにカタナを抱きしめ、さめざめと涙するイツキである。
初対面の時のシャキッとした雰囲気は何処に行ったのか。
いや、最初から残念な感じではあったのだが、素顔を露わにしてから残念度が増している気がする。
これは果たして気心が知れてきたと喜ぶべきことなのだろうか?
「……これは重症ね。ねえエルト、その剣も魔導具なんでしょ? どうにかならないの?」
「んー、見てみないと何とも言えないな。イツキ、ちょっと『キリキリ丸』を貸してくれるか?」
「……ん」
目をコシコシと擦りながら差し出されたカタナを鞘から慎重に抜いて調べてみる。罅が入っているので丁寧に。
うっかり折りでもしたら、イツキがどうなるかわかったものではない。
……ふむふむ、『ダイナゴン』ほどではないが、こちらも見事な出来栄え――と。
一通り調べ終え鞘に納めてテーブルに置く。
「……これならなんとかなるか?」
「ほ、本当か!? 直せるのか!?」
「ちょ!? 首ッ! 首が絞まってる!?」
ガバッと俺の首を掴んだイツキがガクガクと揺さぶりながら訊いてくる。
く、首が折れるっ!? 死ぬっ! 死ぬーっ!?
「ゼーハーゼーハー。あ、焦る気持ちは分からなくもないけど……こんなんで死んだら洒落になってないぞ……?」
「大丈夫よ。あんたしぶといから」
「す、すまん……つい、興奮してしまって……」
イツキが頭を何度も下げて謝罪してくる。
ミリィももう少し俺に優しくしてくれてもいいんだよ?
「さて……俺の見立ての上でだけど、この『キリキリ丸』は確かに良い出来の魔導具だ。けど格としては『ダイナゴン』ほどじゃあないな。だから効果付与の触媒に使う素材のほうも安く済むと思う」
「じゃ、じゃあっ――」
「ただ……直すためにはかなり鍛冶技術も必要だからな。正直、今の俺じゃあ困難としか言えない。確実に直すためには、熟練の魔導付与師に頼んだほうが良い気もするけど……金がかかるからなぁ」
「……むうぅ」
借金のあるイツキじゃ厳しいよなぁ、さすがに。
後の手段となると……いやいや、あれはないな。
「……じー」
「え、ええと何でそんな目で俺を見るのかな、ミリィ?」
「……あんた、まだ何か隠してるでしょう?」
ギクッ。
「そ、そんなことはないよ、うん。別に隠してることなんて――」
「だから……あ・ん・た・の・う・そ・は、すぐにわかるのよ~!!」
「いひゃい、いひゃい!」
頬を思いきり抓られてしまった。
嘘が上手くなりたい、切実に。
「か、隠し事というかな? 俺には無理だと思うけど……鍛冶の師匠を訪ねればなんとかなるかもな~、と思ってな?」
「鍛冶の師匠……? それで直るんなら訪ねてみればいいじゃないの? どうして躊躇すんる必要があるのよ?」
「いやその、……出来れば師匠とは関わり合いになりたくないというか」
主に俺の心の平穏のために。
「エルト……」
イツキから送られる雨に濡れた子犬のような眼差し。
「…………」
ミリィから送られる鬼畜外道の畜生を見るかのごとき眼差し。
「わかったよ! 行けばいいんだろう、行けば!」
観念した俺の宣言に、「わーい」とミリィとイツキがハイタッチを交わした。
……仲いいな、お前ら。
本当にあそこには行きたくないんだが……こうも喜ばれると今さら行かないとは言えないよなぁ。