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アーランディアの魔導付与師  作者: 鋼矢
魔導付与師と全身甲冑の話
11/68

11 冑を脱ごう

 その日は半ば徹夜で甲冑のサイズ微調整を行った。

 窓から差し込む朝日が眩しい。頭がくらくらする。

 つらかった、きつかった、俺頑張った……自業自得とか言ってはいけない。


「エルト……目の下にくまが出来ているぞ。寝ていないようだが……大丈夫か?」


「いや大丈夫、仮眠は取ったから。……それでどうだ、その甲冑は? 違和感を感じるところはないかな?」


「うん、問題ないな。……ただ『ダイナゴン』に比べると安心感が今一つだが」


「……あんな超一級品を比較対象にしないでくれ」


 あまり無茶なことを言わないでほしい。あれは素材は最上、創り手の腕は一流の品なのだ。

 ……まぁ、素材と時間があれば俺だって負けない魔導具を創れる自信はあるけどな!


 倉庫から引っ張り出して、整備と微調整を終えた(かぶと)と一式になった全身甲冑。

 形状としてはこちら側の国で一般的なフォルムであり、それを着込んだイツキが調子を確かめるように手足をグルグルと回す。

 頭頂から足のつま先までほぼ隙間なく分厚い鋼鉄の装甲によって覆われた品なのだが、『ダイナゴン』と同じく『筋力強化』と『重量軽減』の効果が付与してあるので女性でも問題なく纏えるはずだ。

 まぁ、『ダイナゴン』は素材からして格が違うし、他に幾つもの効果が付与してあったのだが。


「わかっているとは思うけど、その甲冑の防御性能は『ダイナゴン』ほどではないからな。これからは回避行動もちゃんと取ること」


「うっ……私は回避は苦手なんだが……」


「……命を落としてもいいのか?」


「わ、わかった! わかったから睨まないでくれ! くまのせいで目つきが怖いのだ……!」


 意図的に声を落として睨むと予想以上に怯えられてしまった。

 イツキは怯んだように後退(あとじさ)り、艶やかな黒髪が揺れる。

 幸い一晩時間を置いたことで照れは治まったらしい。

 少しだけ吊り上がった黒瞳は気の強い印象を見る者に与えるのだが、こういう時は小動物のような雰囲気が先に立つ。

 しかし彼女に言うべきことはこれだけではないのだ。


「それと《迷宮》内以外では(かぶと)は被らないように。ちゃんと外では顔を晒して行動しろよ」


「……え?」


 呆けた声をあげてイツキが動きを停止させた。

 整った容貌もあって、こうして見るとお人形のようだ。

 止まっている間に落書きでもしてみるのがお約束だろうが?

 猫髭とか似合うかもしれない。

 ……というか俺はそんなに無理難題を言っただろうか?


「ま、待ってくれ。冑があるのだから被るべきではないだろうか? 折角の冑を蔑ろにするなど『鎧道』に著しく反するというか……」


「『鎧道』って何だ、『鎧道』って? ……というか昨日店に戻ってくる時は平気だったじゃないか?」


「あ、あれは流石に面だけを被るのはどうかと思ったからで……どうしてもか?」


「どうしてもだ。(今後のこともあるしな)」


「……わ、わかった。不安だけど……頑張ってみる」


 ようやく観念したのかイツキは渋々頷いた。

 なんでそんなに顔を晒すのを嫌がるのか。

 人に見せて恥ずかしいような容姿はしていないと思うんだがなぁ。



 ◇ ◇ ◇



 今日も空は快晴。

 街を行きかう人々の喧噪も賑やかだ。

 露天商はこの国ではあまり見かけない商品を並べ、屋台からは食欲を刺激する良い匂いが漂う。

 そんな穏やかな日に《迷宮》に潜るとか探索者は皆頭がおかしい。

 もっと健康的かつ建設的な生き方をするべきではないか。

 ……店はいいのかって? 客が全く来ない中で一日過ごせとでも?


「(ま、また見られている……! な、なあ、本当におかしなところはないのか?)」


「ないない。だから顔を上げて堂々としてろ」


 背後からの声に適当に返す。

 おかしなところはなくとも全身甲冑は普通に目立つし、それを着込んでいるのが年頃の少女であれば注目を浴びて当然だ。

 言うだけ無駄だし、時間をかけて慣れてもらうしかないだろうな。


「「「……」」」


 向けられる視線に戸惑うイツキを連れて探索者ギルドの扉を開く。

 建物内部には昼間から酒を煽って騒ぐ阿呆共の姿。

 いつもと変わらぬ様子のギルドである。

 ただし俺たちが入ってきた途端に沈黙が場を支配したのだが。


「あっ、そうだ。私はミリィに服を返してくるから《森林迷宮》に行くのは少し待っていてくれ」


 そう言い残したイツキが奥のカウンターに向かっていくのを見送る。

 彼女は気づいていないようだったが、その背を追うように探索者たちの視線が自然と移動していた。


 その間に俺のほうはと言えば、折角なので掲示板のほうを見てみることにする。

 掲示板には期間を区切られた『指定依頼(クエスト)』が幾つか掲示されていた。

 これらは探索者同士でブッキングしないように受注出来るのは一組のみで報酬も高い。

 ただし失敗すれば違約金(ペナルティ)を払わなければならないので玄人向けだ。

 ある程度慣れた探索者であれば、探索を終えた後で探索物の中に『指定依頼』の品がないかチェックしたりする。


 後は『通常依頼』が幾つかと……むっ。

 《雪原迷宮》にて〈特殊個体(ユニーク)〉の目撃情報ありか。今回は行かないから問題ないかな。


「おいっ、エルト! お前、あれは何だよ!?」


 掲示板を見ていると粗暴な声と共に突然後ろから引っ張られた。

 誰かと思って振り返ってみると――


「なんだ、誰かと思えば……サンバカじゃないか」


「「「違うっ!」」」


 同世代の金髪長身の探索者。この間、特性回復薬(ポーション)の実験……ではなく試飲……でもなく購入をしてくれたサントス君ではありませんか。

 当然のことながら後ろには弟分のバークとカバディの姿もある。

 ここ数日は顔を会わせていなかったのだが、どうやら無事に復帰したらしい。


「お前はいつもいつも……ってそうじゃなくて! あれ! あれは何だいったい!」


「あれと言われても何のことだかわかんねーよ。もう少しわかりやすく言ってくれ」


「(だからお前が連れてきた女の子だよ! 誰だよ、あの美少女は!?)」


 何故か声を潜めて怒鳴るという器用な芸を披露してくる。

 顔を近づけるな、暑苦しい。男に接近されても嬉しくない。


「(誰だも何もイツキだけど?)」


「(イツキ……?)」


 こちらも声を潜めて答えたのだが、首を傾げられてしまった。

 どうやらサントスの記憶力は鳥並みだったらしい。


「(お前の腕を叩き折った女だよ、忘れたのか?)」


「(……はあっ!? あの変な恰好のお面野郎か!? 嘘だろう!?)」


 本当である。嘘をつく理由がない。しかしやっぱり変な格好だと思われてたのか。

 俺が告げた事実はサントスにとっては余程意外なことだったのか、目を見開いてあんぐりと口を開けている。

 ……間抜け面だな。素材はそれ程悪くないはずなのにモテないのは、こういったところが原因だと思う。


「待たせたなエルト。……ん? お前たちは……」


「は、はいっ!?」


 ミリィに服を返し終わったのかイツキがこちらにやって来た。

 俺と一緒にいた三人を見て首を傾げている。

 サントスのほうはと言えば見事なまでの直立不動。

 緊張でガチガチに身体を固めてしまっていた。

 女好きなのに女慣れしていないサントスでもこの反応は珍しい。

 イツキの容姿は余程サントスにとってストライクだったと見える。


「確か……」


 何かを思い出そうとするかのように漆黒の瞳が細められる。

 そして形のよい桜色の唇が開かれ――


「……サンバカだったか?」


「ちくしょおおおおおおおおおっ! 俺様は馬鹿じゃねぇええええええっ!!」


「あ、兄貴ーっ!」


「ま、待ってほしいんだなーっ!」


 悪意のない口撃がクリティカルヒットした。

 涙ながらに遠ざかっていく背中が哀愁を誘う。

 ……哀れな、強く生きろよ。


「むっ。エルト、私は何か彼に悪いことを言っただろうか?」


「いいや? 別に何も言ってないと思うぞ」


 イツキは以前の俺の紹介を鵜呑みにしただけである。何も悪いはずがない。

 そして当然ながら俺も悪くない。誰も悪くない。悲しい不幸な事故だったのだ。

 訂正してもいいのだが、あえてしない。これもコミュニケーションを鍛えるための試練である。

 ……放っておいたほうが面白そうだとか、そんなことはもちろん思っていない。


「それじゃあ、そろそろ《森林迷宮》に行こうか? 今日も稼がないとな」


「ああ、早く借金を返さねばな……!」


 イツキが拳を固く握りしめる。気合が入っているようでなによりだ。

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