相談
「突然押し掛けるように入ってしまってすみません」
開口一番結衣はタツヒコに頭を下げる。それにタツヒコは頭を上げてくれと言わんばかりに両手と身体が前に出る。
「と、とりあえず頭上げてくれ。それで、どうして俺の部屋に?」
タツヒコの言葉に結衣は持ってきたお盆を差し出す。
「これ、蜂蜜入りのホットレモンのドリンクです。 さっきはお姉ちゃんがあんな真似をしてしまってごめんなさい。 お姉ちゃん、あんな事する人じゃない筈なんですが……」
「お姉ちゃん……ああ、氷雨か。ドリンク、悪いな。 いいよ、氷雨との付き合いは短いがああ言うやつっていうのは分かってるから」
結衣が作ってくれたドリンクを飲むタツヒコが言う言葉に結衣は目を丸くする。
「そうだったんですか……。 ちょっとびっくりしました。 私以外の人には厳しいのかな」
「結衣と氷雨の仲を見る限り恐らくはそうだろうな。 しかし俺も悩み過ぎてたのかもな。 強さばかりに目が行って大事な事を忘れてたのかも知れない。 そういう意味では氷雨の言葉は突き刺さった」
タツヒコは思いを吐露する。しかし、と気持ちを改めて結衣にも氷雨と同じ質問をしてみる。
「なぁ結衣。 強さって何だと思う? 何がお前らを強くする?」
「強さ……ですか? そうですね。 一言で言えば形……ですかね。 万物に形はあります。そしてそれぞれ独自の強さがあります。 この世界は完全な世界じゃない。答えも無数にある。 だったら誰にも届かない、何者にも邪魔されない自分という形の究極系を目指してみるのも良いんじゃないですか? 私の思う強さはこれですかね」
結衣もまた自分の世界に対する強さを持っていた。 その屈託のない笑顔が今のタツヒコには眩しく、思いの外結衣の言葉が心の奥底に刺さり、染み込んだ。 タツヒコは吹っ切れたような表情をすると空になったカップを結衣に差し出す。
「何者にも邪魔されない自分という形の究極系……か。ありがとう結衣。 お前のおかげで答えが見つかったかも知れない」
そう言い放ったタツヒコの声色には力強さが戻っていた。 部屋の扉の前でもたれ掛かりながら全てを聞いていた氷雨は口の端を緩める。
(結衣も世話焼きなんだから……。 そろそろ良いかしらね)
突然扉が開かれる。 それに驚いた結衣とタツヒコの身体が跳ねる。
「何私の結衣と話してた訳タツヒコ? 全く。 ……答えは見つかったようね」
氷雨だった。 エプロンは外されており、いつものツインテールは下ろされていた。 全てを悟った表情にタツヒコは苦笑いしながら親指を立てる。
「お前、全部知ってたろ」
「さぁね……親指立てるな気持ち悪い」
タツヒコの頭を叩くとタツヒコの頭が床に埋まる。 それに一瞥もくれる事無く結衣の方に向く氷雨。
「結衣、一緒にお風呂行きましょ。 お風呂を銭湯に改造しといたから中は広いわよ?」
「銭湯に改造!? ちょっと勝手にやめてよ!?」
「あははは、良いじゃない。ほら行くわよ」
そう言い結衣の手を引いてタツヒコの部屋を後にする。 扉が閉まると同時にタツヒコは頭を起こすと先程結衣に言われた言葉を思い返す。
「自分という形の究極系か。 氷雨は拒絶、長谷川さんは可能性の逆説……各々が導き出した答えでいずれも超越者になってる。俺も……俺なりの答えを導き出さねーと」
気持ちを入れ替え、新たな目標に奮起するタツヒコがふと何気に横を向くと長谷川が居た。 長谷川は笑顔で片手を挙げた。
「よっタツヒコ」
「いつから居た?」
「結構前だな。 氷雨が入ってきた辺り。しかし驚かないんだな?」
少しショボくれた表情の長谷川だったがタツヒコはそれに多少の嫌悪感を示すくらいだった。 嘆息するとおもむろに立ち上がり長谷川を指さす。
「俺も絶対超越者になってやる。必ずあんたらを超えてやる」
そのタツヒコの宣言を前に思わず頬が緩まる長谷川だが顔には出さない。
「それも良い心掛けだが、その前に男なら必ずやらなければならない事が出来た……」
いつになく真剣な長谷川の口調に思わず聞きに入るタツヒコ。 長谷川は口元を凄絶に歪めると口を開いた。
「覗きだ」
*
結衣と氷雨は脱衣所に着き、衣服を脱いで行く。 二人の身体の発育は良く、80㎝半ばを超える乳房を持ち、適度に付いた肉は男達の劣情を間違い無く刺激するだろう。
「じゃあ先に行ってるわね結衣。 早く来なさいよ?」
「はい」
バスタオルを巻く事無く扉を開けて湯気が漂う浴場の奥へと消えていく。 扉から見えた景色から確かに温泉へと改造されており見慣れていたはずの風呂場はそこには無かった。
「はぁ……」
思わず溜息が出る。 風呂場の改造もそうだが、氷雨の破茶滅茶ぶりに頭が痛くなる結衣。 が、ここで挫けて居られないのも事実だった。 買い物の帰りに言ってくれたアイラの言葉が頭の中で回り始めた。
(今まで離れていた分の距離と時間を縮めれば良い……か。 ありがとうアイラちゃん。 これでお姉ちゃんとの仲を取り戻す!)
決意を胸に扉を開ける。 最初に湯気が全身を包み込み視界も覆われた。
「わっ、凄い湯気……あっ」
思わず出た声に手を当てるが遅かった。 顔を少し赤らめる。 中はかなり本格的だった。石畳に二つの浴場がある。 恐らく空間を拡張して作ったのだろう。ふと視線を横にやると身体を洗う所が何箇所かあった。 贅沢にもシャワー付きだ。
「ふふ、何もここまでしなくても」
一人で入るのは大変だなぁと思いながらもここまでしてくれた氷雨に感謝する。
「さて、お姉ちゃんはどこかなっと」
身体を流し終え立ち込める湯気の中で氷雨が入っているであろう浴場を探す。 確率としては半々。右を選び、手を掛ける。ここで結衣が童心に帰ったのか、一瞬躊躇ったあとで控えめに飛び込む。
「きゃっ!?」
しかし大袈裟に水飛沫が飛び思わず可愛らしい声が漏れる。湯加減は少し熱かったが少し熱いくらいが結衣にはちょうど良かった。
「結衣〜? いきなり飛び込んじゃって危ないじゃない? この、良いもん持ってーお姉ちゃん嬉しいわ」
入ったのも束の間、後ろから氷雨に乳房を鷲掴みにされ揉みしだかれる。
「やぁん!? ちょっと! どこ触ってるんですか!?」
突然の事に頭が真っ白になり身体が火照る。抵抗し引き剥がそうとするが存外に力が強く、焦る結衣に氷雨は益々嗜虐的な笑みを浮かべる。
「そう暴れないで結衣。可愛いわよ?」
「そんな事言われても……まずその手を退けてください!」
「もう、分かったわよ」
あっさり引いた氷雨は結衣の隣に移動する。流れる無言の空気と気まずい雰囲気。 しばらく無言だったが痺れを切らしたのか氷雨が均衡を破った。
「あんたの気持ちに気が付かない訳無かった。私と仲良くしたい、私に甘えたいってのは伝わって来てた。 それを分かってて私は無視して敢えてあんたを無理矢理にでもこんな形で誘った」
いつもの強気な氷雨はそこには居なかった。申し訳無さそうな表情で眉を曲げる氷雨はただの一人の少女だった。 氷雨は胸を腕で抑え、谷間が出来上がる。 それに思わず目を向ける結衣。 そして目線を氷雨の顔に持ってくと上目遣いの氷雨がそこにあった。
「結衣、あなたの気持ちを優先しなくて申し訳無かったわ。 ごめんなさい。 結衣が許してくれるなら、昔みたいな関係になれる事を望んでるわ」
それは氷雨の本心だった。 それが分かってるからこそ結衣は氷雨に不器用な笑みで答えた。
「私こそ、関係が壊れたらって思って強く出れずにお姉ちゃんに任せっきりになってた。でも、こうしてお姉ちゃんの気持ちも聞けて嬉しかった。 私も、昔みたいな関係になれるのがベストだよ……お姉ちゃん」
結衣は氷雨を引き寄せると抱き締めた。 湯加減が熱めだからか、触れ合う肌が余計に熱く感じられる。 氷雨は結衣に身体を任せ安心したような安らかな微笑を浮かべた。
「ありがとう結衣……」
そしてどちらがともなく唇を重ね合わせた。
*
「ふおおおおおおお!!! 来た来た来た〜! これぞベストエンド!」
興奮したように長谷川の語気が強まる。 壁にキリで穴を開け、そこから覗く行為は変態以外の何者でも無かった。 超越者の権能をフルに使っている為、今の長谷川に干渉するのは困難を極める。 今しがたの結衣と氷雨のやり取りを覗き見て鼻血は垂れ流し状態だった。
「長谷川さん……あまりはしゃぐとあいつらにバレるぞ」
呆れ気味に頭を掻きながらタツヒコが呟く。それを耳にした長谷川が鬼のような表情でタツヒコに牙を剥く。
「黙れ。俺の楽園の邪魔はさせんぞ。ほら、お前はあいつらの衣服を探してろ。 終わったら呼べよ」
そう言い穴が空くほど見始める。 既に穴は空いているが。
「……はぁ」
タツヒコは今後の事を容易に想像出来たので頭痛を覚えつつも二人の衣服を弄るのであった。
*
長谷川に覗かれているとは知らず結衣と氷雨は身体を洗っていた。 結衣は鼻歌交じりに洗っているのでよほど機嫌が良いらしかった。
「よっぽどの好機嫌ね?」
「んー? そりゃあ……仲直り出来たんだもの。 いや、仲直りとは違うかな。 すれ違いが無くなったんだもん。 元気にもなるよ」
氷雨の問いに元気を取り戻したかのような笑顔で答える結衣。眩しいまでの笑顔に氷雨は苦笑する。
「ふふ、私としても嬉しいわ。 あんたとはずっとずっと……これからも一緒にいたい」
「私も。 そして、アイラちゃん達も。あの子達が居なかったら私達も会う訳が無かったから」
「相変わらず優しいわね結衣は。私も、あいつらには感謝してるわ。 何だかんだ言って楽しいし。 結衣もゆっくりでいいからあいつらと打ち解けたら?」
「うん。 そうするつもりだよ」
迷いの無い答えに氷雨は内心驚く。 氷雨の知ってる結衣は泣き虫で困ったらいつも氷雨に頼りがちな気弱な女の子だったからだ。
(ふふ、やっぱ人間は変わる時は変わるのね。超越者になってもそれは変わらないか)
結衣の成長を認めつつどこか人類に対して達観した考えたを持つ氷雨は結衣に対してだけはその認識を改める。 身体に付いた泡を落としながら結衣をチラと見る。 ひどく女性的な身体に劣情を滾らせる乳房と秘部。 この身体と幼さが残る顔立ちだけでどれだけの男を虜に出来るかと思考してみる。
(……結衣は私が守る)
そう心に刻み込むと湯船の方へ向かう。
「ふぅ……」
ゆっくりと息を吐きながら入る。
「溜息なんて珍しいねお姉ちゃん」
「そう? 色々疲れんのよ……全く」
愚痴る氷雨にクスクスと笑う結衣は氷雨の心を落ち着かせてくれる。
(この子だけは、私が守る。 死なせない)
死なないと分かっていてもこの気持ちは変わらなかった。
「さて、そろそろ出ようかしら」
湯船から出た氷雨から湯気が溢れ、劣情を誘う身体つきにさらに磨きが掛かる。 結衣も一緒に出るのか後ろから付いてきてるのが足音で分かる。 予め出口付近の棚にバスタオルを丸めて手桶に入れておいたのだ。それを取り、バスタオルで身体を隠しながら扉を開ける。
「あっ……」
自身の下着を顔に被っている変態2名と目が合い思わず全ての思考が停止する。
「なっ……なっ……それ、」
自分の下着を装着されるという恥辱に思考が追い付かず言葉が出てこない。 逆に2人は顔が真っ青に変色し冷や汗が噴き出すなど全身で恐怖をあらわしていた。ようやく全ての事態を理解した氷雨は大いに怒った。
「何やってんのあんたらぁぁぁ!!! 覚悟は出来てるんでしょうねぇぇ!! 私のならまだしも結衣のまで!!」
「ひ、氷雨のなら良いのか?」
震え声で反射的にそう呟いた長谷川に特大の圧か掛かる。存在が軋む。
「そんな訳ないでしょうがこの馬鹿!! 言葉の綾よ!」
「ひっ……!」
「とりあえずそれを取りなさい。 話はそれからよ」
その言葉に名残惜しそうに下着を外す2人。
「きゃあああああああ!?!?」
結衣の悲鳴が脱衣所に木霊する。
氷雨が慌てて振り返り結衣の状態を確認する。 震えながら指差す結衣の視線の先には長谷川のいきり勃つアレがあった。
「このっ!! 結衣になんて思いさせてんのよ!! 殺すわよ!?」
本気の殺気に流石の長谷川も萎縮する。
「ま、待て待て……! これは生理現象だ! 俺の意思じゃどうにも……」
「口答え……してんじゃないわよ!! 覚悟しなさい!!」
その日、断末魔は朝まで響き渡った。




