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帰り道

買い出しの帰り道、大量に買い占められた荷物を男勢が運ぶのだが面倒くさがった長谷川が荷物を直接結衣の家に届けて手ぶらになったシルヴィア一行。 結衣とシルヴィアは苦笑を浮かべつつ駐車場を歩く。


「結衣、一応聞いとくけど転生者と戦った?」


唐突に氷雨が結衣に問いを投げかける。 質問を投げかけられた結衣は顎を摩る形で指を置いて逡巡すると首を横に振る。


「戦う寸前に凄まじい衝撃が起こったと思ったら敵の上半身が消えてたから……もしかして氷雨さんが?」


「結衣、幼馴染なんだから氷雨さんはやめて。 何年一緒に居たと思ってるのよ。 そうね……確かに私がやったわ。 超越者の権能、便利よ?」


結衣に微笑みかける氷雨。 その表情はシルヴィア達に見せた事がない程柔和だった。 その気になれば存在しているという事実だけで理を滅せれる人智を超越した存在。 超越者が味方にいると言うのはこの上なく有り難かった。 氷雨達はバイクを停めてある駐輪場へ行くとキーを回してエンジンを掛ける。


「じゃあこのまま結衣の家に帰るわよ」


ヘルメットを被り、タツヒコを後ろに乗せた氷雨は一足早く去って行った。 長谷川もシルヴィアを後ろに乗せ原付で帰って行く。

残されたのはアイラと結衣だった。


「私達も帰りましょう結衣さん?」


アイラがそう促すが結衣は力なくヘルメットを持った手を動かせなかった。アイラは首を傾げ結衣を一瞥する。 我に返った結衣は手早くヘルメットを被りエンジンを掛ける。


「あ、ごめんね。 アイラちゃん乗って」


アイラが跨り、結衣の腰に手を回す。 ディスカウントストアを後にし、しばらく走った所で結衣がポツリと洩らした。


「私と氷雨さん……お姉ちゃんはね、幼馴染なの。 小さい頃からいつも一緒で、遅くまで遊んでた。 年齢を重ねてもそれは変わらなかったけど、でも私が十四歳でお姉ちゃんが十五歳の時、お姉ちゃんは魔王を倒しに行くって言って別の世界に行っちゃったの」


魔王、その響きにアイラは聞き覚えがあった。 シルヴィアでは無く、氷雨が契約しているサラディウスとミラディウスが頭に浮かんだ。


「この世界で唯一の魔力保持者で力もあったお姉ちゃんだったから心配なかったと言ったら嘘になるけどやっぱり寂しかった。 そしてちょうど半年前だったかな。 転生者ってのが突然この世界にやってきて世界はめちゃくちゃになった」


神妙な顔つきになったかと思えば結衣の顔が苦渋に歪んでいく。


「日本って言ってもこの世界はたくさんの能力者がいる世界なの。 転生者が現れた時に皆で力を合わせて立ち向かったんだけど成す術無く能力を奪われて皆殺されちゃった。 世界の、宇宙の法則そのものである理が形となった人外の存在に、理に内包された能力者が敵うはずなかった」


結衣の語気に怒りが篭り始める。 バイクの速度もそれに比例して上がっていく。


「幸い、私は特異体質で転生者からの攻撃を受けても消滅はしなかった。信仰召喚っていう能力もあるから戦っていけた。 信仰召喚って言うのは手っ取り早く言うと神様を召喚する力。 それでも、劣勢を強いられた。 そしてお姉ちゃんがこの世界から出て行って二年が経った時、突然この世界に帰ってきて転生者達を片っ端から殺して行った」


結衣は信号が変わるのを見て速度を緩め始める。 そして振り向いてアイラを一瞥した。 聞きに入っているアイラを見て少しだけ安堵した。


「帰ってきたのはほんの数日前だった。 二年も居なかった幼馴染に、お姉ちゃんにどんな付き合い方をしていいか分からなくて、ちょっと困ってるの。 だからあんな他人行儀になっちゃってる。 本当はお姉ちゃんに甘えたいし、思いっきりお姉ちゃんって呼びたい」


「クスッ」


ずっと聞きに徹していたアイラがおかしそうに笑った。 まるで答えが分かっているかのようなそんな笑い方だった。


「簡単ですよ結衣さん。 氷雨さんにその想いをぶつけて、今まで離れていた分の距離と時間を縮めれば良いんです。 それだけで氷解します。 長い長い氷の道を、踏み砕きましょう」


思っても無かったアイラからの激励に結衣の心が軽くなった。 そして感謝の言葉をアイラに述べる。


「ありがとうアイラちゃん。 私、ぶつけてくる。 そして一緒に転生者を倒そうね?」


「はい!」


アイラの純粋な思いと笑顔に結衣も力を貰い、結衣の覚悟の灯がともる。 そして、自分の家に着く。 結衣とアイラはバイクから降りると家へと歩き、入って行った。


「おう、遅かったな」


リビングに向かうと長谷川がソファーに座りながらスマホを弄っていた。ゲームをしているのか激しく両手を動かしている。


「結衣、アイラお帰りなさい。買ってきた食材は冷蔵庫に入れといたわ。 因みに冷蔵庫の中は無限の広さを持つ空間と時間停止を掛けておいたから入れた瞬間から鮮度は保たれるわ」


エプロン姿の氷雨がアイラ達を出迎えると笑顔でサラッととんでもない事を口にしてきた。 氷雨は結衣の手を取るとキッチンまで引っ張ってく。


「結衣、久しぶりに一緒に料理作らない? ほら、エプロン」


笑顔でエプロンを渡してくる氷雨に結衣はどんなリアクションを取っていいか悩んでいたがゆっくり受け取るとぎこちない笑みを返した。


「ありがとうございます氷雨さん」


「さん付けと敬語はいい加減やめなさいって言ってるでしょ〜?」


そう言ってエプロンを受け取った結衣の肩に腕を回して笑顔で体を結衣の方に押し付けてくる氷雨。 予想外の行動と衝撃の重さに思わずよろめく結衣。


「あ、あはは……」


笑みを浮かべるもまだぎこちなさは取れていなかった。 しかも背中に胸が当たる感触があるため思わず赤くなる。


「ひ、氷雨さん、胸が……その……」


「ふふ、当ててんのよ。 さぁて、冗談はこのくらいにして料理をちゃっちゃと作りましょうか」


そう言って氷雨は結衣から離れると恐ろしいスピードで調理し始める。 慌てて結衣もキッチンに立ち氷雨のフォローをする。 長谷川はその様子をゲームをしながら見ていた。 リズムゲームをやっているようで画面を見なくても全てパーフェクトを叩き出している。


「イチャつきやがって……けどそれもまた良し。 が、氷雨の料理か……。あいつが料理作ってるとこ見た事ねーぞ。光んとこでも作ってねーし。 恐ろしく不味いんだろうな」


一人戦慄を浮かべていると殺気を感じ身を竦める長谷川。 その耳に怒りの篭った声が全身を貫く。


「誰の料理が不味いですって?」


青筋を浮かべた氷雨が熱せられたフライパン片手に立っていた。 それを見た長谷川はまずい事を悟ると宥めに入る。


「分かった……お前の料理は美味い。 超越者の作った料理だ。 美味いという概念を超越した味だろう。 俺の失言だったからひとまずその熱せられたフライパンを降ろせ」


氷雨は長谷川の言葉に耳を貸さず菜箸でフライパンの中から黒胡椒のまぶされたウィンナーを出すと満面の笑みを浮かべた。


「これ、長谷川さんに試食して欲しくて作ったウィンナーの黒胡椒焼きよ。 もちろん出来立て熱々だから冷めないうちに食べさせてあげる」


「待て待て待て!! それは誰でも作れるしただウィンナーに黒胡椒かけて焼いただけじゃねーか! それも熱々ってなんだ、絶対ぇ口の中火傷する……もごっ!?」


有無を言わさずに熱々のウィンナーを口に捻じ込まれた長谷川。


「〜〜〜〜〜〜〜っっ!?!?」


熱さで声も出ないのか声にならない悲鳴を上げて悶絶する長谷川。 身体は反り上がり全身から汗が噴き出し真っ赤になっていた。全身で美味しさという概念を表していた。 それを見た氷雨は鼻で笑いながら嬉しそうな笑みを浮かべた。


「良かった。 長谷川さんも全身で美味しさを表してるわね。 今の長谷川さんは美味しいという概念そのもの。長谷川さんの存在に間違いはないわ。こんなにも喜んでくれてるから」


一通り満足した氷雨は悶絶する長谷川を尻目にキッチンへと戻っていき鼻歌を歌いながら料理をし始めた。 結衣のサポートもあり滞りなく料理は完成していった。 結衣と氷雨はエプロンを外すと出来上がった料理を見て柔らかな笑みを浮かべた。


「出来た。 私と結衣の作った料理が。 あんたら飯よ」


シルヴィア達を椅子に座らすと机一杯に料理を並べ始める。 料理は豪勢とは言えないものの多彩だった。 チーズハンバーグにコンソメスープとフランスパンと洋風な料理が机に所狭しと並んでいる。 どれも食欲をそそるものばかりで湯気がさらにそれを引き立てていた。


「いただきます……!」


「どうぞ召し上がれ」


全員が手を合わせ氷雨がそれを促すと、長谷川はハンバーグから食べ始める。 口に入れるまでは訝しんだ表情を浮かべていたが噛み締めた瞬間からは驚愕の表情を浮かべていた。


「美味い……! 氷雨、お前料理出来たんだな。 俺は感動し」


「一言多い」


脳天にチョップを食らわせて長谷川を黙らせた氷雨は自身も作った料理を口に運ぶ。ハンバーグとパンを頬張り、表情を蕩けさせた。


「ん〜、美味しいじゃない。 我ながら良く出来てる。 結衣のサポートもあったからだけど、想像よりも美味しいわね」


「ありがとうございます……! ふふ、私も食べてみよっと」


結衣も小さな口で頬張ると氷雨と同じく表情を蕩けさせる。


「美味しい……!」


「喜んでくれて嬉しいわ結衣。 ほら、タツヒコ、食べてみなさいよ。 シルヴィアもアイラもばくばく食べてるわよ?」


手の動きが止まってるタツヒコに注意を促すもハンバーグを一切れ食べて咀嚼しただけだった。


「ああ、美味いよ……」


そう答えるが氷雨はどこか上の空のようなタツヒコに苛つきを隠せないでいた。突然机を思い切り叩くとその余波で無限の多元宇宙が消滅したが結衣の家ではコップに入った水が多少揺らいだだけで済んだ。


「何だよ?」


「今、あんたの考えてる事に腹が立ってんのよ。 こっちは皆で楽しくやってるってのに空気の読めない奴が一人いるせいでその気分が台無しだわ」


氷雨は声を荒げるとタツヒコの胸ぐら掴んで顔を引き寄せるとまたもや声を荒げた。


「断言するわ。あんたがこのひとときの団欒よりも強くなりたいって言う時間が大切ってんならあんたは一生超越者なんかにはなれはしない。 勝手に転生者に挑んで勝手に殺されて来なさい。 目障りよ。消えなさい」


「……うるせぇよ。 お前に関係ねーだろ」


激情する氷雨に対しタツヒコは鬱陶しそうに呟く。 その態度に氷雨の神経がさらに逆撫でされる。存在強度が超越者のものとなり瞬く間に法則が瓦解し世界そのものが拒絶された。


「上等じゃない。 今すぐ消してあげるわ」


構築されるは超越者の世界。上位世界。 世界の上に位置する超越者が展開する絶対の世界だった。 しかしタツヒコは怯えもせず悔しがる様子も無くただただ虚空を見上げていた。


「なぁ氷雨……強さってなんだよ」


突然投げ掛けられた問いだったが氷雨はタツヒコを一瞥した。


「弱さの比較表現。強弱という完結した一つの事象に収まるものの一つよ。弱さが無いと生まれない不完全な概念。 弱さも然り。それも人の主観で完結する概念。で、他に何か知りたい事は? 」


凍てつくような声から発せられる一言一言は容易にタツヒコの存在概念、存在定義を揺らしてくる。比喩ではなく、超越者との存在の差があって成される事だった。


「俺は……超越者になれたか?」


「……さぁ。人は現在にしか生きられない存在だから。 そろそろ良いかしら? 消すわよ?」


氷雨の右手が真横に引き延ばされると姿を現したのは粒子で形成された一つの槍だった。

氷雨は表情を崩すと肩を竦め、一言。


「馬鹿らしいわねタツヒコ」


その一言で槍が霧散し、一つの次元を形成していた上位世界が崩れ去る。 突然の行動にタツヒコは目を丸くする。


「殺さないのか?」


「馬鹿らしくなったのよ。私の目的もズレる事になるし。 何よりあんたをここで殺すと本末転倒。 冷静に考えれば突然キレた私にも落ち度はある。けど、これに懲りたらやめる事ね」


そう言って世界が崩れ去り、氷雨がタツヒコの胸ぐらを掴んでいるところに戻ってきていた。


「……強く在りたいって気持ちは所詮あんたの独りよがりに過ぎないのよ」


そう言って乱暴にタツヒコの胸ぐらから手を離す氷雨。 タツヒコはヨレた服を戻し、残っている料理を全て平らげると空間拡張して作った二階へ上がり自室に閉じこもった。


「タツヒコ君……」


それをシルヴィア達は心配そうな面持ちで見送る。


「氷雨、タツヒコは……」


「大丈夫よ。 長谷川さんなら分かるでしょ」


「まぁな」


長谷川は先程の出来事を全て観測しており、その答え(・・・・)も既に導き出していた。


「ったく、ほんと気分が削がれたわ」


最後まで氷雨は不機嫌気味だった。


その夜。 自室に閉じこもっているタツヒコの部屋にノックの音が二回響く。


「どうぞ」


「タツヒコさん……結衣です」


姿を現したのは結衣だった。予期しない来客にタツヒコの鼓動は高鳴った。

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