去る世界と来たる世界
ルティナを倒した翌日、シルヴィア達は猫神が力を取り戻せた事の礼と慰労を兼ねた飲み会を朝から夜までさせられていた。 食事も食を極めたかのようなどれも超極上の食品が所狭しと並べられていた。猫神が全知全能の権能を行使しシルヴィア達各々が一番食べたい料理を用意させていた。
「はははははは!!! どんどん飲め! 今日は儂の奢りだ! 食費? 空腹?気にするな! 全知全能の権能で好きなだけタダ同然で出せる! メイド達も今日は無礼講だ!」
既に顔を紅潮させた猫神が酔っ払いの如く騒ぐ。 長谷川もやはり出来上がっており上半身裸でどんちゃん騒ぎをしていた。 メイド達に絡む姿は酔っ払いそのものだった。 シルヴィアも意外にも酒を飲めたのか上品に酒を煽った。 タツヒコとアイラはまだ未成年の為ジュースで飲み会に参加していた。
「がはははは!! もっと飲め皆ぁ! 長谷川様が一番だあああああ!!」
長谷川が大樽に並々と入った酒を易々と飲み干す。 いつの間にか飲み比べが始まっている。 それを尻目にタツヒコは嘆息を零した。
「酔っ払い過ぎだろあのおっさんめ……」
悪態を吐くも今回のルティナとの戦いは長谷川が居なければ全員殺されていただろうと痛感していた。 オレンジジュースを流し込みながらその事実を噛み締める。
(神の理そのものになったルティナをほとんど無傷で倒す……か。 長谷川さんの真価が発揮されたルティナとの戦い。 それに長谷川さんが居なかったら俺がこの場に居ることも無かった。 シルヴィアもアイラも長谷川さんも氷雨も確実に力を付けてる……。俺も、その領域まで登りつめたい!)
タツヒコは拳を握り締めると自身の無力さを嘆く。 今回の戦闘もほとんど役に立たなかったばかりか足を引っ張っていた自覚があるので尚更自分に怒りが沸く。 そんなタツヒコの怒りを冷ますかのように冷たいグラスが頬に触れた。
「冷た!?」
「飲みの席で考えごとは感心しないなぁ? タツヒコくぅん〜?」
「シルヴィア……」
振り返るとシルヴィアが顔を赤らめながら妖艶な笑みを見せていた。 少しはだけた服から覗く谷間に目が行った。 しかしすぐに目を逸らすとぶっきらぼうに呟く。
「何でもねぇよ……」
「まったまたぁ〜……全部お見通しだぞ」
シルヴィアが指でタツヒコの頬を突く。それを少し鬱陶しく感じたが払いのける事はしない。 シルヴィアの次の一言が気になったからだ。 少しだけ真面目な表情に変わったシルヴィアがポツンと呟いた。
「私も……今回の戦いは足を引っ張ったからね。 長谷川さんにおんぶに抱っこさ。 七罪獣に殺されかけ、ルティナも一人で倒せなかった。 戦果は何も挙げてない」
「……」
「アイラちゃんにも助けられた。 でも、それももう過去の出来事だ。 今に目を向けるべきだよタツヒコ君。 今この瞬間に」
シルヴィアはそれだけをタツヒコに言うと立ち上がりまた酒を飲みに行ってしまった。タツヒコは何も言えなかった。 シルヴィアは過去の事はそこまで気にするなと言いたげな言葉だったがタツヒコはどうにも腑に落ちなかった。
(今の積み重ねが "過去" ってもんだろシルヴィア……。過去から学ぶ事も多いんだ。 けど過去の積み重ねも今になってるだぜ)
フッと鼻で笑い、オレンジジュースを飲み干す。そして夜に更け、夜が明けて行った。
翌日。 シルヴィア達は二日酔いもすることなく着々と帰る準備をしていく。その様子を猫神は見てるだけ。
「お前らには本当に世話になったな。 ありがとう」
猫神がシルヴィア達に頭を下げるがそれを宥められる。
「ふん、神は神らしく堂々としてりゃ良いんだよ」
と長谷川。 その長谷川を猫神が一瞥すると言いにくそうな表情を浮かべながらも口を開いた。
「時に長谷川……お前、身体の方は何ともないのか?」
その一言で長谷川が察したかのように頷く。
「ああ、何ともねーよ。お前、俺に干渉出来ねーだろ?」
「気付いておったか……お主の能力は既に神の理を超えている……超越者の領域に入っておる。しかし身体の方は人のまま……と言ってもお主の性質上超越者と同等だがな。 前提条件を世界に課しておるじゃろ?」
長谷川は鼻で笑う。
「ああ。超越者どもに好きにさせねー為にな。 無限の可能性の化身にしてあの条件もあるんだ。 存在してる以上あれを崩す事は出来ねーよ」
「失う可能性か……つくづく恐ろしい力じゃ。ふふ、付かぬ事を聞くが何故超越者にならん?」
「全知全能が聞いて呆れるな。 そこは秘密にしといてやる」
長谷川は話を切り上げる。 それを見たシルヴィアが魔法陣を展開させる。 光に包まれていく。
「猫神さん短い間ですがお世話になりました」
「こちらこそじゃシルヴィア……達者でな」
「はい……猫神さんも」
そう言い終えるとお互いに笑みを残してシルヴィア達は猫神の世界から消えた。シルヴィア達を見送った猫神は自嘲的な笑みになる。
「ふっ……超越者か……これは大変な事になりそうじゃの」
*
空間に大穴が空き、そこからシルヴィア達が飛び出してきた。 しかし眼下に広がる光景は見慣れた魔界の会議室では無く、超高層ビルが立ち並ぶ二〇一八年の並行世界の日本だった。
(っ、干渉、された!?)
世界間移動に干渉されたと確信するシルヴィアとそれを察する長谷川達の前に巫女服を着こなし、狐の面を付けた二人の少女が姿を現した。 それぞれの右手はお祓い棒と片手剣を持っている。
「なんだてめぇら?」
長谷川が警戒しつつ二人の少女に尋ねるが二人の少女は一定の距離を保って無言で立っていた。
「ちっ、気味悪りぃな……」
長谷川がそう呟いた瞬間、一人の少女が片手剣を振り抜いていた。 その斬線はシルヴィア達の後方にそびえる超高層ビル群を両断しており空をも割った。 遅れてやって来る衝撃波は暴風のように荒れ狂い万物を飲み込む。
その一太刀は天災のそれだった。 生唾を飲み込むタツヒコはどこか尻込みしている様子だった。
「どうやらとんでもない世界に連れてこられたみたいだ。 こうしてても埒があかない。 全力でこの子達を倒そう」
辟易とした様子のシルヴィアが殺気を全開にし臨戦態勢に入った。 それに触発され全員が臨戦態勢に入る。 二人の少女は全員の殺気を受けてもなおも無言だった。




