覚醒魔王ルティナ
神剣ベルフェゴールは神の力を吸収すると同時に神殺し……神を殺す力を持っている。
大きく言って二つの特性がある。 一つは神という認識と概念を破壊する力、もう一つは神性を帯びた存在の消滅。 つまり、神性の存在するものが少しでも斬られたら終わりである。
「っっ〜〜……!!」
猫神は冷や汗が止まらず全身に悪寒が駆け抜ける。 アレに斬られたら神である自分は死ぬと本能で理解すると同時に恐怖心が支配する。
「猫神様!?」
レルシュの声ではっとする。 いつまにか片膝と片手を突いていたらしい。 青くなった顔でレルシュを制すると弱々しく笑った。
「全知全能ともあろう存在があんなものに怯えるとはな。 レルシュ、お前も神の力を奪われたんだろう?」
その猫神の言葉にレルシュは俯くと小さく息を漏らした。 その反応を見て猫神はフッと笑うとルティナと対峙するシルヴィア達を見る。 それに気付いた長谷川が猫神達を一瞥する。
「ちっ、早く逃げろ!」
長谷川の言葉を認識するよりも早く猫神達は無限の可能性世界へと飛ばされた。長谷川が力を行使したからだ。 それを見たルティナの攻撃が止まり肩を竦めてみせた。
「……時間稼ぎのつもり? 小賢しい真似をするね」
「はっ、お前よりはましだ」
長谷川が剣を具現化させてルティナに斬りかかるもベルフェゴールのひと薙で振り払われた。 衝撃で空が裂ける。 次いでタツヒコがルティナの体内の時間を停止させ全ての機能を使えなくさせてから時間加速を行使しルティナの首を飛ばそうと剣を振るうがルティナに時間停止は通用しないのか訳なくタツヒコの腕を吹き飛ばした。しかし次の瞬間には消し飛ばした筈の腕が何事も無かったかの如くそこにあった。
「……」
ルティナは多少の違和感を感じながらも次々とシルヴィア達をあしらっていった。と同時にルティナは落胆していた。 この程度か、と。 七罪獣の能力も七つの大罪も使わず、ただただ剣を振るってるだけで相手を倒せるのだからシルヴィア達に落胆せざるを得なかった。
「"神殺し"」
上空へ飛び上がり、遥か天空からベルフェゴールを投擲する。 時間の束縛を振り払う速度で放たれたそれは瞬く間に地面に到達し、世界全土を破壊した。 余剰エネルギーで無限に存在する多元宇宙とそれに内包される世界も残らず焼き尽くされる。一つの理を消し去る神殺し。その絶大な威力は副産物みたいなものだった。
「ふっ!!」
時間を超越した速度で移動すると同時に地面に転がっているタツヒコ達に追撃を仕掛ける。蹴りがタツヒコの顎の骨を砕き、全身が宙に放り出される。
「がっ……」
「これで終わりだ!」
ルティナの右拳がタツヒコの横っ腹に直撃し骨を易々と砕きながら振り抜いた。タツヒコは荒廃した世界に光速で叩きつけられ衝撃波が空を啼かせた。 しかし次の瞬間には何事も無かったかのようにタツヒコが突然視界に現れタツヒコが振り抜いた鋒がルティナの頬を切り裂く。 驚いた表情で固まるルティナにタツヒコが煽るように薄ら笑いを浮かべる。
「どうした? 神の理ってのは勇者に切り裂かれるだけで崩れ落ちるのか?」
ルティナに畳み掛ける猛攻。 一心不乱に斬り続けるも地力の差がありルティナの放った拳が胸にめり込み、肋骨を砕かれながら飛ばされていく。 それを一瞥したルティナは周囲の時間を停止させて思考する事にした。
(落ち着け……殺した存在が何事も無かったかのように存在するのは何処かに術者がいる。 それを叩けば止まる)
「隙ありです」
「なっ……」
胸から突き出た剣が目に飛び込んでくる。 それで誰に斬られたか理解する。 そして眼前には闇の衣を纏ったシルヴィア。 ルティナは歯軋りをすると嫉妬の能力を発動させる。
(奴らを既に倒したという結果が欲しい────。 これを望む)
「改変させると思うか?」
「っ!!?」
その声でルティナの性質が掻き消された。 七罪獣の権能に軽々と干渉し、神の理にまで上り詰めた自分が圧倒され始めた事実に歯噛みする。
「ぐっ……! 舐めるなぁ!!」
力づくで背後のアイラに肘打ちをかまし怯んだ所に全力の蹴り。 シルヴィアの拳を躱すと同時にベルフェゴールで斬りつける。 神性を持つシルヴィアは即死するが、即死した瞬間に既に生き返った状態でルティナに膝蹴りを当てようとする。
「っ!!」
首をずらして何とか躱し上段回し蹴りをシルヴィアのこめかみに当てて遥か彼方まで飛ばす。
「はぁ……はぁ……」
「随分とお疲れのようだなルティナ」
ルティナは自分に声を掛けてきた長谷川を睨み付けると同時に確信する。 長谷川だけ攻撃を仕掛けて来なかった。 そして、数々の不思議な現象を起こしたのは長谷川だと。
「ああ、そうだ。 失業保険と流れを操る能力を併用して起こした」
長谷川はルティナの心を読んだように大仰に手を振りながら口に出した。
「言っとくが俺に勝つ、なんて考えは捨てろ。 俺には、俺らにはぜってぇ勝てねえ。 お前がどれ程の力を得ようとだ」
そう断言する長谷川は自信に満ち溢れていた。
「それを……神の理を超えたボクにも同じ事を言ってみろ!!」
戦闘速度がついに神の理から外れたルティナ。 そこから産み出されるエネルギーだけでも無限に存在する多元宇宙からなる世界───末端世界を三つ破壊した。 その速度を利用し薙ぎ払うように放たれたベルフェゴールの一撃は長谷川に片手だけで受け止められ、行き場を失った力の奔流が長谷川とルティナの周囲で暴れ狂った。
「〜〜〜っっ!!」
声にならない怒りを浮かべながら長谷川に猛攻を仕掛けるがそのどれもが防がれ、いつの間にかルティナが破壊した末端世界と猫神の世界が修復された事になっていた。 長谷川は嘆息を吐くとルティナの胸をおもむろに掴むと口を開いた。
「失わない可能性は無い。 何か行動を起こせば、思考すれば、必ずそれ以前に持っていた可能性が失われる。 それがある以上は俺に勝てねえ。 失われる可能性が存在するという前提が存在する以上はな」
掴んでいた胸から手を離した長谷川は怒りに打ち震えるルティナに踵を返す。
「……ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるな……っ!! ボクが、負ける訳ない! 」
未だ後ろを向いている長谷川にルティナが攻撃を仕掛ける。 ベルフェゴールの全ての力を解放し、それをゼロ距離で振り抜いた。
「また一つ、可能性が消えたな」
その一言で攻撃が霧散し、シルヴィアがルティナを殴り飛ばす。
「頼んだぞシルヴィア。 今のお前なら七罪神の力を使いこなせるはずだ。 俺の力もあるしな」
「かっこつけ過ぎだよ長谷川さん。 ルティナを倒せなかったらどうするのさ」
「俺を誰だと思ってんだ。 流れ操作でそうならない流れにするまでだ」
フッと笑ってすれ違う二人。 と同時にアイラとタツヒコも戦線復帰し、ルティナの前に立ちふさがる。 ルティナは顔を歪ませながらベルフェゴールを手に取る。 あれほど膨大にあった神の力と神殺しの力が感じられない。誰が何をしたのか理解したルティナは長谷川に襲い掛かる。
「長谷川ああああああああああ!!!」
「喚くなよルティナ。 ちょっと可能性と流れに干渉したぐらいでよ」
無数に放たれた斬撃と魔弾に『放たれなかった可能性』が作用し、放たれなかった世界にしつつ、ルティナを小馬鹿にしたような態度であしらう。
「作用反作用の法則で発動されるからな。 動くにしろ動かないにしろ、存在が及ぼす影響は常にある。俺を倒したかったらさっき言った前提を覆してみせろ」
ルティナの能力、膂力を物ともせず躱す。その隙をシルヴィア達は見逃さない。 アイラは天下五剣を使い、ルティナに攻撃する時間を与えない。 常に先手を取り続ける為アイラから先手を取るのは不可能だ。 しかし、それでもルティナは喰らい付く。 アイラの認識超えの攻撃を執念で弾き返す。
「くっ……!」
「認めるか……こんなのボクは認めないぞ!」
カルドネアの性質、傲慢の真価。認めない──否定の事象。 傲慢故に許される特権だったがそれも長谷川により看破される。
「能力や性質を使うって事は使わなかった事によって引き起こされる筈だった可能性を失うって事だ。そもそもの前提条件でお前は俺は負けてる」
「ぐっ……」
アイラの一撃が顔面に入り、山河を割り地面を抉りながら飛ばされる。
「があっ……!? ゴホッ!!」
吐血し、大人びた身体から元のボーイッシュな姿に戻るアイラ。 しかしまだ勝負を諦めた訳では無いのか四つん這いになりながら立とうともがく。誰が見ても火を見るよりも明らかな結果だった。
「勝負ありだなルティナ……。 一時は超越者になりかけたお主がこのざまか」
猫神が姿を現わす。 神の力を完全に取り戻したのか膨大な神の力が溢れ出していた。
猫神の姿を見たルティナは眉間に皺を寄せる。
「猫神……っ!!」
「もうその姿じゃ。 我から奪った神の力も神殺しの剣も無い。 もう良いじゃろう?」
優しく諭すように語る猫神にルティナは噛み付いた。
「お前に、お前に何が分かる!! 全知全能? 理そのもの? 全てを理解出来、全てが見れるお前にボクの苦しみが分かるのか!?」
「……無論。 お前がなろうとした超越者には及ばんがな。 アレは理から外れた存在。 お前が生きるには世界は窮屈過ぎたんじゃろう。 今なら分かる」
「神が……神風情が知った風な口を……!!」
激昂するルティナだったがもう反撃する力は残っていない。 猫神の肩にシルヴィアが手を置いた。
「猫神……ルティナを殺す。 ここで殺さなきゃきっとこいつはまた同じ事を繰り返す」
「くっくっく……殺す? こんなところで殺されてたまるものか。 ボクは諦めない……必ず超越者になり、次元の果てへ辿り着く!」
そのルティナの言葉に猫神の耳が動く。
「次元の果て? まさかお主……あの方々と同格になろうと言うのか?」
「あの方々?」
「全てを超越した存在。 万物を真の意味で支配してる管理者……とでも言っておこうかの。 まぁ、例えその領域に辿り着けても消されるのがオチだ。 悪い事は言わん。 手を引け」
まるで警告のように言い放つ猫神にルティナは生気を取り戻したかのように笑う。
「面白い。 必ず辿り着いてみせる。 その時が来れば今度こそ君達も超えてみせる! "多重支配"」
ルティナは多重改変能力と多重支配を使うとシルヴィア達の前から姿を消した。 即座に猫神とレルシュが後を追おうとするが既に改変されていたので足取りを掴めなかった。
「くっ、逃走用にあんな能力を……」
「とりあえず猫神の力も取り戻せたしルティナも追い払った……当初の目的は達成出来たんじゃねーのか?」
悔やむシルヴィアにタツヒコが肩を叩く。
シルヴィアは逡巡するも嘆息を吐くと疲れたように笑みを滲み出した。
「ふっ、そうだね。 もう少し様子を見て世界に異常が無いか……って猫神がいるからその心配もないようだね」
「ああ」
軽く話していると猫神がシルヴィア達の側までやってきて頭を下げる。
「シルヴィア、アイラ、長谷川、タツヒコ、今回は、その……助かったぞ。 お主らが居なければおそらく最悪の事態になっていたかもしれん。 お主達が元の世界に帰る前に少しばかりお礼をしたくてな。 ちょっとばかし付き合ってはくれんか?」
猫神たっての申し出に断る理由もない為、シルヴィア達は顔を見合わせると快諾した。




