強さとは
響き合う金属音に駆け抜ける衝撃波。 さらに打ち合いは続く。 タツヒコは対峙する目の前の男、ザングに対して歯噛みする。
「にいちゃん、強えなぁ?」
薙ぐ一閃。 タツヒコは何とか防ぐも衝撃で闘技場が半壊する。
「ぐっ……!!」
タツヒコは反撃を仕掛けるも見事に防がれる。 鍔迫り合いになりザングに詰め寄られる。 顔を寄せられ殺気が漏れ出す。
「くくく……けどなぁ、さっきの嬢ちゃんの方がよっぽど強そうだったぜ。 あのおっさんもそうだ。 殺気が違う。お前の殺気は半端なんだよ」
ザングは力の抜けたタツヒコの剣を弾くと空いた腹部に蹴りを入れる。 ザングは前髪を搔き上げ、胸元の開いた服を破り捨てて上半身裸になり逞しい程の大胸筋が露わになる。
痰を吐き捨て眉根を寄せようやく立ち上がったタツヒコを睨む。
「お前の強さを見せてみろ。 小僧ぉぉ!!」
音速を遥かに超える速度で迫るザングにタツヒコは時間加速と時間停止を併用して対抗する。 即座に自分と時間に囚われない存在以外の全てが停止した。 ザングも停止しており、タツヒコはその時間を使ってザングの全範囲に特大の光魔法の攻撃を放つと局所的な時間停止以外解く。 世界が再び動き出すと同時にザングが光と砂塵に覆われ闘技場が破壊された。
「っ!! うおっ!?」
砂塵の中から伸びて来た一撃をいなしたタツヒコは今の攻撃が全くの無傷だった事を感じ取る。 砂煙からザングが飛び出してくる。 先程と何ら変わらない剣戟が襲う。 神速にまで至るソレは一撃でも喰らえば致命的だと物語っている。
「はっ! 何だぁ? 時間加速か? 便利なもん持ってるじゃねぇか」
ザングの鋭い読みにタツヒコの剣が鈍る。自分の思考と感覚を加速させているのを相手に悟られたからだ。
(っ、時間加速を使わねえと勝てねー相手なのはキツイな。 こんなんじゃルティナなんて……)
思考の沼に嵌り掛けてた所にザングの刺突に寸前で気付き鼻先と頬を剣先が掠めた。
「っ!!」
さらにザングの攻撃は猛攻と言える程に激しくなる。 速度も威力も先程よりも上がっている。 地面が陥没する程の膂力、闘技場を消し飛ばしそうな剣技。
「ぐっ……この、いいようにされて黙ってられるか!! 【顕現する厄災】」
タツヒコに無数の光の鎖が纏わり付き、それが鎧を成していく。 世界そのものが停止に陥り、常に時間の先端に存在する程までの領域まで至ったタツヒコは停止している今という時間そのものを感じ取れるようになった。
「これで、最後だああああ!!!」
タツヒコが刀身に自分が放てるだけの魔力全てを注ぎ込み放つのは厄災の一撃に等しかった。 そしてそれを振り下ろした。 振り下ろすと同時に何かに干渉された奇妙な感覚に一瞬陥る。 が、さして気に留めずに時間停止を解く。 世界そのものが白に染まり、衝撃が世界を震わせ悲鳴を挙げさせた。
勝ちを確信したタツヒコだったが、眼前に血濡れのザングが立っていた。 下手すれば世界そのものを消し飛ばしてしまう一撃だったがそれをほぼゼロ距離で喰らっておきながら欠損もしていないザングにかなりの疑問を抱いた。
「どうやって俺の一撃をそこまで軽減できた?」
「さぁ……これも一つの流れなんじゃねぇのか?」
フッと笑うザングにタツヒコはその言葉で誰が干渉したのか理解した。
(……長谷川さんか。 流れを操る能力でこの世界が存続する流れとこの世界の全ての住人が存在出来る流れに操作したのか。 つくづく化け物だな)
長谷川を一瞥するタツヒコだったが、長谷川は何食わぬ顔でタツヒコ達を傍観していた。
ザングは血濡れになりながらもその手に武骨な剣を握り締めている。 タツヒコは警戒しながらも眉を釣り上げながら口を開いた。
「まだやるのか?」
「当たり前だ。 まだ俺の能力を見せてない訳だしよぉ? 」
その言葉にタツヒコの体がピクリと反応する。 思い返してみれば確かにこの男は能力の一つも使っていなかった。剣技一つでタツヒコをあそこまで追い詰めたのだ。 タツヒコの背中に嫌な汗が流れる。
(どうする……魔力は殆ど無い。 使えるのは時間加速と時間停止だが……恐らく奴の口振りからしてこれらも突破してきそうだな)
ふと腰に目を落とすと街の店で買ったクジラのアクセサリーが目に入った。 その瞬間あの店主の言葉が脳裏をよぎった。
(意思の強さによって様々な効果を齎し、所有者を強化する……だったか。一か八かだがこいつに賭けてみるか)
タツヒコはクジラのアクセサリーを外すと頭に剣をイメージする。 すると西洋風の大剣に変化し、地面に突き刺さった。 その一連の出来事にタツヒコはしばらく目を見開いて驚いていたが本物だと確信すると柄を掴んでそれを肩に担ぐ。 その瞬間、タツヒコの全身が研ぎ澄まされた感覚に支配され思考もクリアになった。
「っ……。 これが力か……」
身体を支配していた倦怠感も解消し、軽く振るうと闘技場の半分を消し飛ばしたがすぐに長谷川によって再構築された。
(どうやら、俺の思考の……深層心理で求めている強さの一部を表に出しているみたいだな。 これなら……)
タツヒコは腰を深く落とし身体を右に捻りながら力を溜めていく。 そして限界まで溜めたソレを闘技場の天井に向けて放った。
タツヒコが放った一撃は軽々と闘技場の天井を消し飛ばすと虚空へと消えて行った。 その上空に佇むフードが付いたローブを羽織った魔人、ルティナを睨みながら。
「あは……バレちゃったかぁ」
魔人は嗤う。 その身にタツヒコの全身全霊の一撃を受けたというのに何の影響も無くそこに存在する邪なる者。 フードの奥から垣間見えるのは氷のような冷徹さを持つ瞳だった。
「そろそろこの世界にも飽きてきたところだしどうやって破壊しようかと考えてたらここに居たけど、まさか君達がいたとはね」
ルティナの目はシルヴィア達を射抜いていた。 シルヴィアは既に臨戦態勢に入っていた。 そのシルヴィアをルティナは鼻で笑うと肩を竦めた。
「おいおい、冗談はやめてくれよ。 こんな所でやり合うつもりは無いさ。 ボクもここじゃ本気を出せないしね。 場所を変えさせてもらうよ」
パチンとルティナが指を鳴らすとシルヴィア達だけが広大な荒野に移動をしていた。ルティナの魔法か何かなのだろう。 ルティナは大仰に手を広げながらクスクスと肩を揺らすと好戦的な笑みを浮かべる。
「君達はここでボクの踏み台となるのさ。 君達を倒した後は猫神が持つ神の力を全て奪い、上の世界へ行く」
「上の世界?」
シルヴィアが聞き返すとルティナは首を傾げた。 シルヴィアの事を小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
「知らないの? ふふ、君は馬鹿だなぁシルヴィア。 馬鹿でも分かるように教えてあげるよ。 この世界は無限に存在する多元宇宙から成る世界の一部分に過ぎないんだよ。 世界の末端も末端。 ボクはそれを超えたいんだ」
ゆっくりとルティナが地面へと降り立つ。余裕を持ちながら喋るルティナ。 隙だらけなのに誰も攻撃する事は無かった。 ルティナの恐ろしいまでの殺気が全員の行動を封じていたからだ。
「世界の超越。 天使や神すらも超えた超越者に。 この領域に至ってようやく感じ取れる超越者の片鱗。 世界から身体が出たがっている。 さぁ、あとは君達だ。君達を殺してボクは全てを超越する!」
ルティナが言い終わった瞬間、ルティナの背後から大量の影が埋め尽くすように這い出てきた。
「まずはボクの影と遊んでもらうよ」
そう言ってルティナは蠢く大量の影の中へ消えていった。




