戦闘の形
最初に前に出たのはアイラだった。 小柄なアイラの体躯は成人男性に比べるとさらに小さく見えた。
「よろしくお願いします」
アイラがぺこりと頭を下げる。 それに釣られて対戦相手の男も軽く頭を下げる。 そこから空気が一変した。 アイラの全身から紅い闘気が噴き出し、殺気がこの場を支配した。
「っっ!?」
対峙する男は思わず顔を引きつらせ僅かに後退りをする。 同時に悟った。 アイラはただの子供じゃなくれっきとした強者であると。
(何なんだ!? この子の殺気は!? こんな……こんな子供が出せる殺気じゃない。殺気だけでこの空間を支配するなんて……桁が違い過ぎる)
「……やるしかねぇ。行くぜお嬢……!?」
言葉を遮るようにして上体を反らす。 アイラの拳が空を切ると同時に風圧と殺気が男を襲った。
(っっ! マジかよ!? 風圧だけで壁と地面を抉りやがった)
横目で抉られた壁を視認するがしっかりとアイラも見据えていた。 しかし次の瞬間には顔面が弾け飛ぶ。
「がっ!?」
数歩よろけるが大したダメージでは無かった。さらに追撃を予想した男は警戒怠らず全身に力を入れて備える。
「ふっ!!」
無防備の顎に一撃を貰い、顎が砕け歯も砕け散る。
「がっふぅ!? ゴボォッ……!」
血を撒き散らしながらもようやく能力を行使した。
対するアイラは男が能力を行使したのを感覚で察知し距離を取る。 アイラの目的はこれだった。 能力を使わせる事が狙いの一つだ。
(ようやく能力を使った。 氷雨さんの言う通り私は能力者に弱い。 ならここでそれを多少なりともパターンとして組み込む)
アイラは男に目を向ける。 血だらけだったが闘志が見え、本気になったと覚悟を決める。 手始めにアイラは爆発的な加速で男の胴回りを攻める。 相手の能力が不明な以上無闇に突っ込むのは愚かに等しかったが先に手を出して能力を把握する戦法だった。
「覚悟を決めたか! 俺だってやられっぱなしで居られるかよ!」
アイラの一撃を躱し、男がアイラの身体に触れる。 否、触れたつもりだった。 男の認識外から首に強烈な蹴りを見舞った。 まともにヒットし、異常な勢いで壁を破壊し、砂煙が舞い上がってまだ壊れていない壁に無数のヒビが入る。 アイラは男の方を一瞥しながらも辺りを見回す。 驚愕と畏怖が入り混じったような表情を浮かべたギルドの人間数人が目に入る。アイラはまた男の方に視線を戻す。
(触れてたらマズかった。 私の直感がそう告げている。 それに、まだ勝負は付いていない)
アイラの視線の先に今にも事切れそうな男が姿を現わす。 血反吐を吐きながらもまだ勝負は諦めていない様子でアイラを睨む。
「はぁ……はぁ……ゴホッゴホッ、ぐぅっ、まだまだこれからだぜ」
おぼつかない足取りでアイラの所まで目指すがアイラが待つ筈も無かった。アイラが男の眼前まで移動した時、男が勝ち誇ったように口角を吊り上げた。
「……俺の勝ちだ」
囁くように言ったそれは何処か自信有り気で、気付いた時にはアイラの身体に異変が起きていた。
「っ!」
(身体が動かない……!? それに、何処かに引っ張られ……)
アイラは抵抗すら出来ずに空間に空いた穴に吸い込まれていった。 それを見届けた男は線が切れたのかその場で倒れるが上体を起こし、吐血しながらも嬉しそうな笑みを見せた。
「はぁ……はぁ、 これが……俺の能力、"圧縮世界" だ。 世界を圧縮させてそこにまた世界を作り、それが無限に連なって出来た世界に相手を情報ごと閉じ込める……。 脱出する術は……」
「私の勝ちです。 "天下五剣"」
アイラの声が聞こえたと同時に男の首筋に太刀が添えられる。 その事態を認識した男は意味が分からないと言った表情でアイラを茫然と見上げる。
「なっ、どうやって……どうやって抜け出した!?」
男が叫ぶがアイラは冷静に言葉を放った。
「私の天下五剣の内の一振りの能力で脱しました。 結構危なかったですが無事脱出出来て良かったです。 あなたが負った傷も闘技場も同時に直しておきました」
アイラは太刀を男の首筋から離すと虚空を薙ぐ。 そしてアイラの両眼が刃のように鋭くなり男を冷徹なそれで睨む。 殺気が目から漏れ出し、未だ戦闘の意思を解く事はなかった。
「それで……まだやりますか? 私は一向に構いませんが。 個人的には少々物足りませんし」
「っ……上等だ。 第二ラウンド開始だ!」
男はアイラの挑発に怒りが湧いたのか先程とは比べ物にならないくらいの速度でアイラの背後に回る。 しかし今のアイラにはその動きすらも酷く緩慢に感じられた。
(遅過ぎる……。 よくこんな速度を出せるなぁ)
そんな事を思考しながら認識を超える速度で男の左隣に移動し突き出される拳を躱す。
おそらく男の認識ではアイラはまだその場にいる事になっているだろう。 そしてそのまま右手に握った太刀を横薙ぎに振るい男の左腕を斬った。
「がっ!?」
鮮血が飛び散り、男の表情に苦悶が広がる。 さらに間髪入れずに太刀を地面に突き刺して遠心力を利用して鋭い蹴りを男の鳩尾に叩き込む。蹴られた男は闘技場の壁際まで飛ばされたがまだ目は死んでおらずアイラをしっかりと見据えていた。 アイラは太刀を地面から抜くと刀身に付いた塵と血を払う。
「……」
そんなアイラを警戒しているのか男はその場から一歩も動かずアイラをずっと注視している。 それが可笑しいのかアイラは薄ら笑いを浮かべ太刀で虚空を振るう。
「私の事を酷く注視してますが、私の一挙手一投足に意味が無いとでも? 今太刀を振るった挙動にも勿論意味はありますよ。 その行為そのものが意味を持つんです」
「何っ……!?」
「顕現したのがこの太刀で良かったです。この太刀は対能力者に特化した太刀。 『切り取る性質』を持つ天下五剣の一振りです」
その言葉を最後にアイラは消えたと錯覚する程の速度で男に接近し太刀を薙ぐ。 男はそれを感覚で感じ取り首筋に放たれた初撃を間一髪で防ぐがあまりの力に二メートルくらい吹き飛ばされてしまう。
(ぐっ……!? このガキなんて力だ……。 ただのガキが出せる力じゃねぇ。 こんなものをまともに喰らったら……)
「どこを見てるんですか?」
「はっ……! うおっ!?」
太刀を頭の後ろまで振り上げて思い切り跳躍しながら斬りかかる。 それを男は地面を転げ回りながら回避するが、アイラのそれは普通では無かった。 闘技場の壁を両断し地面まで太刀が達すると周辺の地面が隆起し地形を変える。
「はっ……、はっ、はぁ……はぁ……クソが」
男が悪態を突きながら立ち上がると盛り上がった地面に太刀を突き刺しそれを破壊するアイラを見やる。 男は歯噛みすると咆哮を挙げた。
「クソったれがああああああああああ!!!」
全身に闘気を纏うと地面を抉り飛ばしながら加速する。 同時に能力を行使するが何故か能力が発動しなかった。
(なっ……!?)
「何のためにあなたを斬ったと思ってますか? 言いましたよね? 行為そのものが意味を持つと」
疑問で頭が埋め尽くされた男にアイラは太刀の柄で男の顔面を全力で殴り飛ばす。 男は尋常ならざる勢いで壁に叩き付けられる。 アイラは太刀の刀身を自身の顔の前に持ってくると地面に這いつくばっている男を一瞥しながら口を開いた。
「 "結果" を切り取りました。だからあなたの能力は発動しなかった。 他にも切り取りましたが一番顕著に効果が出たのは結果ですね。
そろそろ終わらせましょうか」
「ぐっ……こ、降参だ。 参った」
「……分かりました。 私の太刀の性能も良く分かりましたし、模擬戦ありがとうございました。 切り取った事物を全て元に戻します」
アイラは太刀の刀身を地面に向けて軽く腕を捻る。 すると世界が作り変えられた。 切り取った事物をそのままに、全てが補完された世界へと改変したのだ。
(この先何があるか分からないから可能性の補完だけで世界を補うけど、大丈夫だよね)
アイラは一抹の不安を覚えたがあまり重要視する事無く闘技場のフィールドを後にしシルヴィア達の元へと帰って行った。
「お疲れ様アイラちゃん」
「あ、シルヴィアさん……ありがとうございます。 どうでしたか? 私の戦闘は」
シルヴィアに声を掛けられたアイラは今の戦いをシルヴィアの目線でどう感じたのかが気になり問いを投げかけたがシルヴィアの目は非常に穏やかで柔和な笑みを浮かべそっとアイラの頭を撫でた。
「ふふ、終始圧倒してたし文句の付け所は無いよ。 アレなら大抵の敵は倒せるね」
「ありがとうございます。 ちょっと疲れました」
「あれだけの動きをしておきながらちょっと疲れた程度で済むなんて凄い体力だね。 流石闘神の加護を持ってるだけはあるよ」
「いえいえ……そんな事無いですよ」
アイラが照れたように顔を俯かせる。顔は少し赤みを帯びており褒め慣れてないような印象を感じさせる。
「アイラ、ちょっと本気出し過ぎだぞ……全く。 ま、お疲れ様だな。 さて、次は俺だ」
アイラの肩に手を乗せ、いつもより表情を引き締めた長谷川が闘技場のフィールドに足を踏み入れる。
「さて、俺の相手は誰だ? 」
長谷川の視線の先に少し小柄な体躯でフードを被った人物が出てきた。長谷川は訝しげに眉をひそめるがその人物が握手の為手を差し出した為それに応じ、その手を取った。
(……女だな。この手の柔らかさ、質感から見るに。 フードを被って表情が見えづらいが確実に女だ)
長谷川は目の前の存在を女と確信する。
「あんた、名前は?」
「あなたに名乗る名前なんて無いと言いたいけど、ここは名乗ってあげる。 ナナ・ミルフォード。 よろしく」
「長谷川たつおだ」
互いに軽い自己紹介を終えると一定の距離を取った後、二つの殺気が闘技場を支配した。
「凄い殺気。 ねぇ長谷川さん、あなたはさっきのあの子よりも強い?」
ナナの問いに長谷川は脱力したかのような笑いをし真っ直ぐとナナを見て口を開いた。
「そんなの、戦ってみれば分かる事だろ?」
「それもそうね……なら楽しみましょう」
ナナも笑顔で返す。 それを合図に二人はぶつかった。




