離脱
氷雨は分け与えられた部屋の一角に存在するシングルベッドに腰掛けていた。 部屋自体はシンプルで綺麗に片付いていた。 氷雨は軽く伸びをすると欠伸を噛み殺す。
「そろそろ動こうかしら。 無視出来ない領域まで来てる。 あいつらに対しての懸念も取り除いた。
この世界が管理された世界だと言う事も分かった。 あとはどう干渉するか……」
氷雨は長嘆を漏らすとお手上げと言わんばかりに首を横に振った。
「とにかく私一人で干渉するには厳しいわね。 後々あいつらにも手伝ってもらうとして今はあの子が心配。 先に行ってあの子だけは保護しないとまずい。 ねぇ? 結衣……」
氷雨は懐かしむようにポツリと漏らす。右手に体重を掛けベッドに沈み込ませる。
「この世界の創造主様は随分と回りくどい事をするわね。 今に見てなさい……私達を侮ってると痛い目を見ると言う事を教えてあげるわ」
多少の怒りを滲ませながらベッドのクッション部分を握り潰す氷雨。 ハッと気付いたのか能力を行使し元に戻すとベッドに仰向けに倒れ込むと疲れたようなため息を吐く。
「色々やる事が多いわね」
そうボヤいて氷雨は腕で目を覆い隠した。 数分もすると氷雨の寝息が聞こえて来た。
*
「氷雨〜? 氷雨〜。 おーい?」
シルヴィアは氷雨の自室の前まで来ていた。 目的は至ってシンプルだった。 次の世界へ転移するための準備が整ったからだ。 しかしいつまで経っても氷雨からの反応は無い。 ノックをするが効果は大したもんでは無かった。 強めに叩いても同様であった。
「氷雨〜? 開けるよ〜」
そう断りを入れて扉を開けるとベッドで眠りこけている氷雨の姿があった。 寝息を立てているその姿は普段では絶対に見られない表情だった。
「あらら……ちょっと悪い事しちゃったかな?」
頬を掻きながら困ったような笑みを浮かべるシルヴィアだったが悪いと思いながらも寝ている氷雨に手を伸ばす。
「……起きてるわよ。 全く」
頬に手が触れる寸前で氷雨が声を発しそれに驚いたシルヴィアが手を止める。
「わっ、起きてたんだ……」
「当たり前でしょう。 あんなに扉を叩かれれば起きるに決まってるわ」
腕を上げた隙間からジト目な片目を覗かせて語る氷雨。 髪も少々乱れており寝癖が所々出来ていた。 普段のツインテールは髪が下されている為氷雨の髪型は黒髪のロングストレートに変わっている。氷雨はおもむろに起き上がると欠伸を噛み殺しながら髪を結ぶ。
「で? 私に何か用なの?」
髪を結びながらシルヴィアに本題に入らせる。 シルヴィアは首肯しながら答える。
「そろそろ次の世界に転移するから呼びに来たんだ」
「そう……もうそんな時間なのね。 あと聞きたかったんだけど、あんたの世界移動……どういう基準で世界に移動してるのよ? 悪人や悪の組織が存在してる可能性世界をランダムに転移してる、とか?」
既にサイドテールまで完成してる氷雨が結びながら問う。 シルヴィアはそれに一瞬驚いたが肯定の意を示し、戦慄したような表情で口を開いた。
「……正解だよ。 世界は可能性で溢れているから、その可能性の存在する世界に移動して世界が崩壊する可能性を無くしていく」
「ご苦労様ね。 終わりが無いに等しいじゃない。 さて、用意出来たわよ。 さっさとしましょう」
氷雨が強引に話を切り上げると自室を後にし会議室へと直行する。 シルヴィアが会議室へと着いた時には既に全員が揃っていた。
「遅れてごめん。 じゃあ始めようか」
そう言い、魔法陣を展開させようとした瞬間、氷雨の腕が挙げられ制される。
「悪いけど今回は私は行けないわ。 ちょっと故郷の世界がかなり危ない状態なのよ。 まぁそんな状態まで放っておいた私の責任だから、ちょっと負い目はあるわ。 だから今回は私はあんた達に同行する事は出来ない」
氷雨はそう言い放つとシルヴィア達に目をやる。 全員が全員大なり小なり驚きの表情を浮かべていた。
「なっ……それって……」
「本当よ。 こんな事で嘘なんて付くと思う? あとあんた達が私の力を警戒してるのも知ってるわ。 だからと言って敵に回すつもりも無いけど。 今回の問題は私一人じゃ厳しいけど時期が来たら私からあんた達に干渉して私の世界に全員転移させるから大丈夫よ。 ちょっと時間が欲しいだけだから」
捲し立てるように言い切ると氷雨は有無を言わさぬ威圧感を醸し出す。 特にシルヴィアは何か言いたそうだったがそれを堪えているようにも見えた。 氷雨はため息を吐くと少し表情を和らげる。
「あんた達の事を信用してるからこそ言ってるのよ。私に依存しっぱしなんてだらしないわよ。 何の為に潜在能力を引き出したと思ってるのかしら? 」
「っ、そうだね。 何も会えなくなるなんて言ってる訳じゃない。 分かった……行って良いよ氷雨」
氷雨の言葉にシルヴィアが決断したのか氷雨を送り出す言葉を掛ける。 それに満足したのか氷雨は柔らかい笑みを浮かべた。
「感謝するわシルヴィア。 あんた達、私が居なくてもしっかりしなさいよ。 次会うときは一回り成長してないとぶん殴るわよ!」
氷雨が光に包まれながらも殴るアクションをしてウィンクを浮かべる。 そしてその数瞬後、氷雨の姿が粒子を残して消えて行った。
急過ぎる事態にまだ頭が付いていかないのか、皆惚けていたがシルヴィアが机を叩いた事で正気を取り戻した。
「イレギュラーはあったけど氷雨の言う通りだ。 私達は私達の事をしよう。 何かあれば向こうからコンタクトがあるはずだし。さぁ、頑張ろう!」
シルヴィアが鼓舞し、気持ちを昂らせる。それに影響を受けたのかタツヒコ達も負けじと気分を高めて行く。
「そうだ……クヨクヨなんてしてられねぇ。 次氷雨に会うときは無茶苦茶強くなってあいつを驚かせてやる」
そう言うタツヒコは俄然やる気が出て来たのか好戦的な笑みが自然と出ていた。
「その意気だよ。ちょっと私達も氷雨に依存し過ぎてたかな。 あの子がいると大抵何とかなってきたし何度救われた事か。 短い間だったけど氷雨の影響力は多大だった。 私達も負けてられないね」
シルヴィアもやる気を出すと魔法陣を展開させるとガッツポーズを取る。
「さぁ、 次の世界へ行こう。 私達のやる事は一つだけ。 世界の均衡を保つ事」
シルヴィアの言葉に全員が頷くと、光に包まれシルヴィア達は世界を移動した。 その目的を遂行するために。




