実力差
氷雨とシルヴィアはお互い無限速で戦闘を繰り広げていた。 光速を遥かに超える速度での戦闘は熾烈を極める。
「 "時空間支配・時空間制御" 」
氷雨が左腕をシルヴィアに翳すと、固有空間内の時空間支配権を氷雨が奪った。それを使い、空間固定と時間固定をシルヴィアに掛け、身動きを取れなくした。 シルヴィアの動きを封じた氷雨は嘆息を吐くと腰に手を当てる。
「あんたとまともにやり合うのはこれが初めてね……シルヴィア。 確かに強い。 強いけど、これが魔王? 奥の手を使ってこの程度ならあんたは私を超えられないわ」
そうして未だ氷雨の掛けた空間固定と時間固定から抜け出せないシルヴィアの顔面を殴りつけた。 一度だけで無く何度も殴りつける。 しかしシルヴィアは時間固定により肉体的変化は起きないが構わずに氷雨は殴り続けた。 飽きたのか氷雨は自身の手で殴りつけたシルヴィアを一瞥すると指を鳴らす。 時空間固定が解けたのか、シルヴィアの身体に衝撃と激痛が同時に襲い掛かる。
しかしシルヴィアはそれを堪えると無限速で氷雨に襲い掛かるがその攻撃を難無く躱す氷雨。
「ギア上げさせて貰うわよ。 "適応因子"」
身体強化を掛けると同時に敵の弱点を把握する適応因子を発動し、シルヴィアの猛撃を一撃の下に屠り去り、その余波でシルヴィアの身体に傷を付ける。 さらに間髪入れずに蹴りをシルヴィアの顔面に叩き込む。 数メートルは血を撒き散らしながら吹き飛んでようやく止まると、シルヴィアの首筋に刀身が当てられた。
「これが今の私とあんたの実力差。 拒絶の炎なんて使ってないわ。 純粋な力の差よ」
「はぁ……はぁ……氷雨、君の目的は一体何?」
シルヴィアは氷雨の顔を見る。 氷のように冷徹な瞳がシルヴィアを射抜いた。 どこまでも冷めた瞳にシルヴィアは根源的な恐怖を感じ、悪寒が走り背筋が凍った。 シルヴィアの言葉を耳にすると元の氷雨に戻り、剣をシルヴィアの首筋から離し、氷雨はシルヴィアに自身の目的を話す事にした。
「今の私の目的は貴方達全員の潜在能力を引き出す事ね。 カトレアを倒せたとは言えまだ脅威は減らせてない。 その脅威と戦う事になった場合、今のあんた達じゃ絶対に負ける。 絶対的は力が足りないから。 そうならない為にあんた達の潜在能力を引き出すのよ。それと、あんたのその奥の手、潜在能力を完全に引き出せてる訳じゃないわ。 だから、私が今からその力を引きずり出す」
そう言って氷雨は構えるが、シルヴィアが待ったを掛けた。
「ちょっ、ちょっと待ってよ氷雨……前半部分は納得出来たけど、後半の私の奥の手がまだ完全じゃないってどういう事? 意味が分からないんだけど」
氷雨は多少表情に変化はあったものの、その動きを止める程では無かった。 シルヴィアの顎を蹴り上げようとするが間一髪でシルヴィアに躱される。 氷雨は舌打ちするとシルヴィアに攻撃を仕掛ける。 無限速のシルヴィアに対して氷雨は時間を超越した行動で上に立つ。
「じきに分かるわよシルヴィア。 私が与えるのはただのきっかけに過ぎない。 私が引き出すその力を使いこなせるようになれたら、あんたは確実に強くなる! だから今は私を信じなさい」
「っ!!」
氷雨の放つ連撃を避けきれずに何度か喰らうも窮地を脱したシルヴィア。 しかし次の瞬間には時空間に干渉され、またもや身動きを封じられてしまう。 左腕を拒絶の炎で包み込んだ氷雨がシルヴィアの前に立つと、一度だけ申し訳無さそうな表情を見せると、左腕に纏った拒絶の炎をシルヴィアに向けて放った。
時間を超越した速度で放たれたそれは、シルヴィアの身体を確実に貫くが、衝撃で身体が反り上がった以外に何も起きなかった。
身体に大穴が開いた訳でも、心臓が穿たれた訳でも無かった。 ただ次の瞬間、シルヴィアから夥しい程の濃い闇が漏れ出し、その闇はあっという間にシルヴィアの身体を侵食し、その姿を変えた。 濃い闇で身体を形成したソレはシルヴィアでは無くなっていた。 圧倒的な存在感を醸し出し、背中と思わしき場所から翼が生えており、闇で塗り潰された顔と、迸る程の赤く大きなエネルギーが目を形成していた。 その何かは自身の身体を一瞥すると氷雨の存在に気付いた。
「貴様か……『我等』 を目覚めさせたのは」
シルヴィアの声では無い、低く威圧感溢れる声が響く。 身体が呼吸に合わせて動くたびに目を形成するエネルギーが残光を残す。
「ええ……そうよ。 『七罪神』が一柱 "怠惰神イルザーク"。 太古の昔に封じられた哀れな神々の一柱よ」
何か……怠惰神イルザークの問いに氷雨は挑発混じり肯定する。 イルザークはシルヴィアとは比較にならない程の殺気を出すが氷雨はつまらなさそうな表情を見せる。
「ふん、こけ脅しで怖気付く私じゃ無いわよ。 さて、ここからは本気でいかせてもらうわ。 精々頑張りなさいよ神様?」
氷剣・氷華を顕現させた氷雨は全身に冷気を纏う。 氷雨の持つ力に気が付いたのか、イルザークはクツクツと笑った。
「我を封印から解いた事を後悔するが良い小娘! 我の力を思う存分振るわせて貰う!!」
「それはこっちの台詞よ。 楽しませてくれる事を期待してるわ。 "世界上書き・無限氷獄" 」
氷華を突き刺した場所を起点とし、固有空間のみならず全ての世界そのものを氷の空間に上書きし変貌させる氷雨。 無限に続く世界そのものを氷獄の檻に改変させる氷雨のその力は留まる事を知らない。 氷で覆われた極寒の世界に変貌させ固有空間という縛りを無くし、全てが氷雨の有利に働く舞台に強引に持ち込んだのだ。 その桁外れな力はまさしく人間の領域を確実に超越している。
イルザークはそれを目の当たりにすると感情の昂りなのか、纏う闇が一層激しさを増し、天高く吠えた。
「クハハハ!! 良いぞ小娘! これこそ我の相手に相応しい! 我も全力で応えよう!!」
氷雨を強者と認めたイルザークと、僅かな期待をイルザークに寄せる氷雨。 その両者の戦闘が始まった。




