氷雨からの挑戦状
さらに数日後、シルヴィア達はメイルの固有空間内に身を寄せて居た。 外部から干渉されないこの空間はシルヴィア達に都合が良かった。 今は氷雨とタツヒコが実戦形式で戦闘を行なっていた。 氷雨が良い機会だからとその場にいる全員と戦うと言い出したのだ。
「遅い!」
自身の時間加速と周りの停滞を合わさったタツヒコの超加速行動を認識を超える速度で容易く躱した氷雨はタツヒコの後頭部を蹴り飛ばす。 音速を優に超えた速度で地面に叩きつけられる。 しかしタツヒコは世界の時間を停止させるまでに至った自身の能力をフルに使い氷雨に反撃を試みるが、タツヒコの放った一撃は氷雨の身体に当たる前に刀身が粉々に砕け散った。
「なっ……!?」
「良く短期間の間にここまで成長したわね。 時間停止も世界そのものを停止させるまでに至った。 制限時間はあるけど充分の脅威よ。……けど規模だけに目を囚われない事ね。 さて、話は終わり。 続きはあんたが倒れてからにするわ」
氷雨が言い終わった直後にはタツヒコの右肩から脇腹に掛けて切り傷が生じ、さらに異常な程の力でタツヒコが吹き飛ばされる。
「っっ!!」
タツヒコは即座に氷雨に時間停止を掛けたが氷雨はほくそ笑むと思い切り振りかぶってタツヒコの顔面を殴り付けた。 氷雨は追撃に無数の攻撃を認識を超える速度で放ち、タツヒコを血だるまにさせると氷結世界へと世界を改変させた。 空間内の温度が一気に氷点下まで下がる。
「全く……私に時間停止は通用しないわよ。 勿論時間加速も。 即座に適応する因子が細胞内に存在するから」
氷雨が指を鳴らすと傷だらけのタツヒコの身体の傷が癒え、地面に倒れているタツヒコの髪を乱雑に掴むと無理矢理持ち上げ顔を近づけた。 顔をしかめたタツヒコに吐息が掛かりそうな程顔を近づけた氷雨は少々詰まらなさそうにしながら口を開いた。
「もう良いでしょう? あんたが強くなりたい理由は痛い程分かるけど、人間に限界が存在する。 そしてその限界は思った以上に近くにあるわ。 所謂個人としての限界よ。 その限界以上に人は強くなれない。必要以上に強く在ろうとする必要も無い……あんたにはあんたの個性が存在するんだからそれを大切にしなさい」
氷雨はタツヒコの目を真っ直ぐに見てそう説教すると掴んでいた髪を離し、踵を返す。 タツヒコは両膝を地面に付き、脱力したように呆然としていたが直ぐに怒りと悔しさで表情を歪ますと氷雨に向かって吠えた。
「お前に……お前に何が分かる!? 限界以上に強くなれない? 必要以上に強く在ろうとするな? 周りが化け物だらけの世界で自分一人だけ劣った存在だと嫌でも認識させられるんだぞ。 そいつらに一歩でも近づく為に俺は強くなりたいんだ!! 強く無けりゃ戦場じゃ死んでいくんだ! 少しでも強く在ろうとするのが人間だろうが! 死に抗うのが人間の本質だろうが!! 限界を前提に語るんじゃねぇ!!」
タツヒコは光の鎧を身体に纏わせると光速で氷雨に斬りかかった。 が、タツヒコが認識した時には既に氷雨はそこに居なかった。
「まるで子供ね。 まぁ頭ごなしに否定した私も悪かったわ。 けど、あんた自身分かってるんでしょう。 私の領域まで来られないって事に」
認識の外側から氷雨はタツヒコに干渉し、その事実の絶対性を認識させる。 タツヒコは歯軋りをし拳を握り締め、食いしばるように吐露した。
「分かってる……分かってるからこそ、そんな自分が許せねぇんだよ!」
「タツヒコ、あんたもそうだけどあんたが思ってる以上にあんたは強いわよ? それは褒めてあげるわ。 そうね……ならほんの少しだけ私のいる領域がどんな所か分からせてあげるわ」
拒絶の炎を纏った氷雨がタツヒコの目の前に姿を現す。 万物を拒絶する氷雨の炎は煌々と燃えているが不意に纏っていた炎が何の前触れも見せずに消えた。
「……来なさい」
その一言と同時にタツヒコがその場から光速で氷雨を斬りつけた。 が、氷雨の身体に触れる事なく手前で停止していた。 氷雨はタツヒコに淡々とした視線を送ると嘆息を吐いた。
「私の拒絶の力の総量と質を超えない限りは私が傷を負う事は無いわ。 ただ、総量の上限も拒絶してるし、質も最高で変化を拒絶してるからまず無理ね」
氷雨が人差し指を立てて軽く押し倒すようにタツヒコに触れると、タツヒコの纏う光の鎧を玩具のように砕き、タツヒコは氷雨以外の存在から消える速度で吹っ飛んだ。 それも束の間、さらにタツヒコの身体が縦横無尽に弄ばれる。
「ごっ……はぁっ!?」
地面に巨大なクレーターが形成されそこに横たわるタツヒコを感情を感じさせない顔で見ながら口を開いた。
「あとはそうね、相手の攻撃が当たる事の拒絶と自分自身の肉体の変化と魂の変化を拒絶してるのも合わせると実質的にどんな攻撃でも私に傷を負わせるのは不可能になる」
言いながらタツヒコの腹に蹴りを入れる氷雨。 氷雨の蹴りが直撃してもその場から動かないタツヒコ。 恐らく氷雨が能力で干渉しているのだろう。
「まだ他にもあるけど教えられるのはこれくらいかしらね。 拒絶の炎自体を認識される事を拒絶すれば相手から拒絶の炎は認識されなくなる。 これで分かったかしら?」
力の差を目の当たりにしたタツヒコは意識を朦朧とさせながらもまだ立ち上がろうともがく。 全身を震わせながらも諦めないその姿勢は勇者のそれと言って良いだろう。
(……ふん。 その折れない心そのものがあんたの強さよ)
氷雨は微笑を浮かべながらもタツヒコにトドメの一撃を喰らわせ意識を刈り取ると片手でタツヒコを担ぎ上げメイルの元へと移動し、メイルの足元に乱雑にタツヒコを投げ落とす。
「そいつは任せるわメイル」
そう言い残すとシルヴィア達を一瞥し、好戦的な笑みを浮かべる氷雨。
「さて、次はどいつが相手になるのかしら? 修行も兼ねた仮想強敵に私は持ってこいよ?」
戯けたように笑う氷雨の目の前にシルヴィアが立ち塞がった。
「次は私が相手だよ。 氷雨、君の力の底は知れない……深過ぎるけど君以上の強敵が居ないとも限らないから、君は倒しておきたい」
殺気を全開に垂れ流しながら奥の手を解放するシルヴィア。 髪が紅く染まり、瞳は金色の輝きを見せる。 そして氷雨を一直線に射抜く。
「ふっ、言ってくれるじゃない魔王様。 なら見せてもらおうかしら。 私を倒せる可能性を!!」
氷雨も大仰に手を広げながらシルヴィアを嬉々とした表情で見るとシルヴィアの認識から外れた。 次の瞬間にシルヴィアの身体は浮いていたが攻撃はしっかりと防御していた。 まさか防がれるとも思ってなかった氷雨は唇が吊り上がったのだった。




