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激戦を終えて

「済まなかった!」


開口一番、ブラストは頭を下げた。 それに釣られるようにメイルも頭を下げる。 急に頭を下げたメイルとブラストにシルヴィア達は困惑の色を浮かべるが氷雨だけは違った。 腰に手を当てて胸を張りながら氷雨は鼻を鳴らして口を開いた。


「あなた達の言いたい事も分からなくは無いわ。 ほとんど私達に頼ってばかりで大した役に立たなかった自分達に怒ってる……推測するにこんなところかしら。 まぁ元々二人で戦争を仕掛ける予定だったんでしょ? どっちみち勝ち目は無いのは自明の理でしょうに」


氷雨は嘆息を吐くと眉をしかめた。 メイル達は氷雨の言った事が当たってるのかずっと俯いていたがゆっくりと顔を上げる。


「そうだな……お前達が居なければ俺達は死んでいたのかも知れない。 俺達が生きていられるのもお前達のおかげだ。 感謝するぞ」


そう言って再度頭を下げ、感謝の意を表す二人。 その二人の態度に氷雨はそっぽを向くが僅かに頬が赤くなっている。 シルヴィア達はそれを真摯に受け止めると二人の苦労を労う。


「ふん、そんな事はどうでも良いわ。 まだやるべき事が残ってるでしょう? それにあいつはどうするの?」


氷雨がある方向に向けて顎をしゃくる。 その先に氷柱で地面に縫い付けられたカルティヌスがいたからだ。 そして全員カルティヌスの目の前に移動する。


「ぐっ……てめぇら革命側の勝ちだ。 連合も消滅した。 焼くなり煮るなり好きにしろ」


全身から血を流しながらも意識のあるカルティヌスは鋭い視線でシルヴィア達を射抜く。シルヴィアは肩を竦めてメイルを視界に入れる。


「だってさメイルちゃん。 余所者の私達に決定権は無い。 二人で決めなよ」


そのシルヴィアの言葉にメイルは顎に手を当てて考えるように唸る。 そして諦めたかのように肩を降ろすと全ての氷柱を砕いてカルティヌスに回復魔法を掛ける。


「なっ!? てめぇ、正気か!?」


メイルに回復魔法を掛けられたカルティヌスは驚愕に目を染め多少メイル達から距離を取る。 カルティヌスだけでなくその場にいた全員が目を丸くした。 しかしメイルはその全員を気にも止めずカルティヌスを射抜くと人差し指を立てて口を開いた。


「あなたはこの大戦においてのただ一人の生き残り。 国に申告しなさい。 連合ギルドは壊滅、革命側の勝利と。 多少のイレギュラーはあったけど確かに私達はあなた達に勝った。 あと革命側(わたしたち)の言い分も伝えて欲しい。 五年以内に亜人の差別が無くなるように全力を尽くせと」


メイルの言葉には覇気があった。 並々ならぬ覇気が。 目は殺気立っていたがそこに殺意は無かった。 カルティヌスはその剣幕に後退りし冷や汗をかいたが頷く。


「っ、分かった。 お前達は勝ったんだ。 敗者はそれに従うだけだ。 ただ、必ずしも国がそれに応じるとは限らんぞ。 お前達亜人の脅威は……人間(おれら)より上と見做されるかもしれん」


「御託はいい。 あと帰ってきたらあなたにも手伝って欲しい事があるから私達の元へ来なさい。 分かったらさっさと行きなさい」


メイルの本気の殺気にカルティヌスはたじろぐが拒絶の炎を纏った氷雨が口角を吊り上げるのが目に入ったので早々にこの場を離れた。 カルティヌスが見えない距離まで離れた所でメイルは緊張の糸がほつれたのか疲れたかのような笑みを見せた。


「あはは……シルヴィアさん、氷雨さん、タツヒコさん、長谷川さん、アイラちゃん、サラディウスさん、ミラディウスさん、お疲れ様でした。 特に……氷雨さん。 あなたはこの世界を滅ぼしかねない強敵と戦い、それに打ち勝って見せた。 ありがとうございます」


メイルはもう一度氷雨に深々と頭を下げる。 氷雨もそれを無下には出来ないのか多少困惑したような目でメイルを見続ける。


「……確かにあいつは強かった。 もう二度と復活する事も無いと思う。 けど、何か腑に落ちない事もあるのも事実よ。 それが何だかは分からないけど……。 まぁ良いわ。 詳しい事は後で話してあげる。 とにかく疲れたわ。 あんた達の家に連れてってメイル」


「分かりました」


疲労困憊してるほぼ全員、メイルの展開する魔法陣に誘われた。 メイルは困ったような笑みを残すとそのまま魔法陣で転移して行った。





「ふぅ……ようやく安息の日を取り戻したって感じかするね」


シルヴィアは紅茶を嗜みながら優雅に寛いでいた。 大戦からここ数日、特にこれと言った問題は無く、緩やかな時が流れていた。


「しかし、氷雨か……」


装飾の施されたティーカップを皿受けに置くと氷雨の事を思考する。 シルヴィアですら知覚出来なかったカトレアと氷雨の戦闘。 それも氷雨の拒絶の炎により知覚する事が出来なかったが想像を絶する戦いが繰り広げられた事だろう。


(もし……氷雨がいなければカトレアの前に私達は敗れ世界は破壊されていたのかも知れない)


思考と共に紅茶を啜る。 シルヴィアは嘆息すると眉を落とす。


(しかし、それと同時に氷雨もカトレアと同等……もしくはカトレア以上の力を秘めている事になる。 カトレアに勝ったのだから。 私達に牙を剥く事はありえないと思うけど、警戒はしとくべきだね。氷雨の本気は未知数だ)


何とも言えない表情のままシルヴィアは紅茶を啜り、時間を潰していった。



対する氷雨はここの所ずっと思考に耽っていた。 フリルのスカートを弄りながら。 頭の中にあるのは最期のカトレアの言葉。


(他人の作った世界で生きたくない……か。 私に向けて放った言葉に思えたけど……本意は私とは違う……もっと別の存在に向けられた言葉だった。 あの時の私は全ての可能性世界を内包していたから分かる。 確実に、私より上の存在がいるって事が)


「ちっ、やってくれるじゃない創造主さん……。 上等よ。 あんたの目論見も、何もかも私が破壊してやる……」


氷雨は密かに燃え上がる闘志を胸に目を細めた。



タツヒコは先の大戦の疲れからか、死んだように眠っていた。 否、やはりタツヒコも例に漏れず思考に耽っていた。


(クソ……今回も俺は見てるだけだった。 カトレアに指一本出なかった。 ましてやその前のアイーシャにすら。 もっと、もっと……力が欲しい。 強くなりたい……高みを目指して、あいつらを守れるくらいに)


己の無力さを噛み締め、歯を食いしばるタツヒコ。 シルヴィアと氷雨に助けられてばかりの日々にタツヒコは耐えられなかった。 しかし同時に限界も感じてしまった。


(俺は……あそこまでの領域で戦えるだけの力は無い。 どれだけ修行してどんな規格外の力を得ようとも……届かないんだ。 俺の本質はそこらにいる人間と何ら変わらない。氷雨の力は、人の領域を軽々と超えていた)


「あいつは……正真正銘の化け物だ。 人の形をした化け物、そうとしか思えない」


脳裏に氷雨が浮かび上がってくる。 氷雨をそうとしか思えない自身への嫌悪感と共に、意識を暗闇へと沈ませる。


(俺も変わってやる。 たとえその領域に届かなくても良い。 俺の手の届く範囲の大切な仲間達は必ず守り抜く……!)


抱いていた嫌悪感を決意に昇華させ、暗闇へも意識を手放した。



ベッドに体育座りの要領で座るアイラもまた、考え事をしていた。 目は死んで無く、寧ろ反対に燃え上がっていた。 色の違う双眸は何を映すのか。 アイラは嘆息を吐くと身体をさらに丸まらせる。


(私はカルティヌスとの戦いで意識を失い、負けた。 私の力が、精神の強さが足らない証拠。 そして、カルティヌスとの一騎打ちで無ければ確実に死んでいた。 どんな状況であれ、私は意識を保ち続けなければならない。 それが仲間の力になり私自身の活力にもなるのだから。 私は……)


「次は、次からは絶対に倒れない。 どんな状態だろうと喰らい付いてやる。 その覚悟は出来てる。 私が支えるんだ……皆を」


アイラも覚悟を胸にして静かに闘志を燃やす。 小さな体躯からは考えられない程の殺気と闘志を宿した瞳は決して輝きを失う事は無かった。



長谷川はビールを飲み干すと少々乱雑にビールジョッキを置く。 ソファにもたれてはいるが何もやる気は起きない。 ブラストに頼んでおいたエロ本が視界に入るがその気にもならない。


「何やってんだろうな俺。 戦場じゃ役立たず、挙げ句の果てに戦闘不能。 そして……人を殺した時の感触と実感。 革命なんてかっこいい事を言っときながらやってる事はただの戦争……それも、一方的な虐殺」


静かに呟く長谷川にいつものようなハイテンションは無い。 今回の戦争はいつもなら長谷川を苛まされない自己嫌悪に陥らせていた。 普段は感じなかった人を殺す感覚。


(確かに赤の他人より仲間の方が大事だが……あいつらも同じ人間だ。 世界は違えどな。 何故これまで感じなかった感覚がここまで過敏になっている?)


長谷川は疑問を抱くがその答えはすぐに自分の中で見つかった。


「生きるはずの人間を殺し、俺が生き続けたからか。 他世界に干渉し続けた結果ってやつかね。 いくら自分達の為とは言え、まさかここまで人を殺す事になるとはな……」


自らの行為を自嘲し、ワインを傾ける。 注いだワインをクルクルと回しながら飲み干す。


「俺が掴み取った日常ってのは、誰かの失われた未来なのかもな。 俺は……」


長谷川はそこから先は言葉を言う事は無かった。 ただ静かにワインを口に含んで、余韻を味わいながら過ごした。 そして、夜に満たされていく。

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