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切り札

既に肉眼で捉える事など不可能の領域で戦闘は行われていた。 時間を超越した速度での戦闘。 氷雨とカトレアの戦いはそこまで来ていた。


「はぁ、はぁ……っ、この!!」


息を荒げているのはカトレア。 拒絶の炎によって因果律を捻じ曲げた回避不可能の必中攻撃と、相手の攻撃を拒絶する絶対防御の氷雨に僅かに干渉し、その未来を改変させる事で何とか食い付くので精一杯だった。


対する氷雨は距離や時間に縛られない、光速すら遥かに超える速度での猛撃を与えていく。 振るうは拒絶の炎で形成された炎剣。 触れれば最期、存在を書き換えられて二度と復活する事が出来なくなり、永劫の炎に焼かれ続けるという恐ろしい得物だ。


やはりこれも時間を超越した速度で振るうがカトレアの未来視による結果の先取りとその結果に基づく原因の可能性干渉により攻撃は空を斬る。 氷雨は一旦攻撃の手を休めると炎剣を肩に乗せる。


「ふん、派手にやろうと言ったのはあんたでしょう? チマチマと未来を変えてないでもっとぶつかって来なさいよ」


嘆息を吐き、唾棄するように何の躊躇いも無くカトレアに言い掛かる。 その言葉にカトレアは一瞬呆然としたが氷雨の言葉を理解したのか異常な量の力が溢れ出し、世界を震撼させる。


「オールブラッドの能力は未来改変だけじゃないって事を教えてあげるわ! その力の差に怯えながら死になさい! "世界創造・鎖状連結世界"」


カトレアの絶叫と共に顕現したのは無数の世界が垣間見える、白い光を放つ鎖だった。 それを認識した瞬間には世界が塗り替えられ、到底人が生きられないような世界に変貌を遂げた。 空は炎が燃え盛っており、滞空する全てを焼き尽くさんと滾っていた。遥か上空、創造世界の頂点に米粒のような発光した何かが見えた。 おそらく先ほどと同じ鎖だろう。


地上もかなりの変貌ぶりだった。 無数の剣が地面から生えており、一目で鋭利だという事が分かる。 その剣の山々のどれも鎖で繋がれていた。


「大層な芸当ね……」


ポツリと呟く氷雨は拒絶の炎で守られているからなのか、突き出てたであろう周囲の剣の刀身が根元から消滅させられていた。 氷雨はいつもと一味違う雰囲気を醸し出しながらゆっくりと歩を進める。 それを燃え盛る炎よりも遥か上空から見下ろすカトレアの表情には嘲笑。


カトレアは勝ち誇ったかのように片手に握り拳を作る。 それに呼応するかのように氷雨に巻き付くように襲い掛かってきたのは鎖だった。


(ちっ、めんどくさいわねぇ!)


思考と同時に既にカトレアの背後に回り込んでいた。 そして因果律を捻じ曲げた──外れる事のない絶対命中の攻撃を放とうとした瞬間、一本の鎖が氷雨の足に絡み付いた。


(嘘……)


触れられる筈の無い氷雨の身体に纏わり付いたそれは即座に全身を覆い尽くした。 拒絶の炎に陰りが見えるが尚も健在。 落ち行く氷雨を見下ろしながらカトレアの高笑いが響いた。


「ははは!!! 残念だったわね! その鎖は可能性を捕縛する! 無限の世界に無数に存在するあらゆる可能性を捕縛し、あなたを世界ごと完全に封じ込める! 」


カトレアの勝利宣言と共に鎖状連結世界にヒビが入り始め、その欠片全てが氷雨に突き刺さりに加速して落ちていく。 氷雨は世界が崩れて行く景色を見ながら落下して行く。


(ちっ、そういう事……私のあらゆる可能性を封殺して殺すと。 そしてこの鎖状連結世界の根源の欠片、これが全て突き刺さった時私はこの世界に永久的に閉じ込められるのね……)


氷雨はやけに冷静だった。 いつもの勝負を純粋に楽しむ氷雨はどこか陰りを見せている。 しかし普段見せる事のない陰りが冷静さを生んでいたのだ。 あらゆる可能性が限りなくゼロに近い状態の上、身動きも取れない。 全てを拒絶する筈の炎ですら勢いが減衰している。 そして崩れて行く世界……。


──────この絶望的な状況の中で氷雨はその純粋さを取り戻した。


「まどろっこしい事は止めにしましょう。 私の性に合わないわ。 "限定拒絶"」


呟いたその一言と純然たる無垢な笑み。 あらゆる可能性が捕縛されているのならそれそのものを拒絶すれば良い────氷雨の限定拒絶は指定した事象を拒絶する。 その拒絶が限定的な程効果も比例して高くなるというものだった。 鎖が、音を立てて砕け散った。


「それがあなたの奥の手で良いのねカトレア……?」


陰りを見せていた炎が燃え盛る。 火の粉が飛び散り、その火の粉すらも拒絶の力を帯びており、触れた刀身を根元から消し去る。 崩れ行く鎖の世界が今生の別れのようにも感じられる。 鎖で連結していた無数の並行世界と階層世界が瓦解して行く。


「なっ……!?」


驚愕を隠せない表情で狼狽えるカトレア。 しかしカトレアもこのままで終われる筈無かった。 再び世界を顕現させる。


「まだまだぁ! 私の力はこんなもんじゃ無いわよ! "世界創造・極致世界"」


世界が改変される。 無限の理不尽と不条理で支配された世界が埋め尽くす。 世界の終焉を思わせるヒビが空間の各所に現れており、極限の果てまで世界が押し上げられる。

途端に世界が漆黒に包まれ、地形も劇的に変化を遂げる。 鎖状連結世界の時のような無数の剣の山々は消え去っており、ただただ虚無が広がっていた。


「はぁ、はぁ……はぁ、はぁ……」


消耗が激しいのかカトレアが息を荒げながらも未だ何も仕掛けてこない氷雨に無情の一撃を浴びせる為に腕を突き上げる。 するとカトレアの手のひらに光の粒子が収束していく。

無限の宇宙の力と全世界のあらゆる可能性を凝縮させて放つカトレアの最強最悪の一撃。

手のひらに収まる程の大きさのそれを数個、滞空させる。


「ははは、はははははは!! まずはこの世界の洗礼を……理不尽をその身を以って受け止めなさい!!」


カトレアが右手の指を動かすと数々の理不尽と不条理が形となって氷雨に襲い掛かって行った。 まず氷雨の目に飛び込んで来たのは氷雨の敗北が凝縮された可能性世界。 しかし氷雨はその世界を腕の一振りで破壊した。


「なら私も見せるしか無いわね。 私の最大最強、唯一にして絶対の力を……。これ(・・)を使うのはあなたが初めてよカトレア。 光栄に思いなさい。 "拒絶世界・煉獄"」


氷雨が言い切った瞬間、万物を拒絶する炎が世界全てに広がり、全てを埋め尽くし世界を塗り替えた。 ヒビ割れた大地の裂け目から溢れ出る真紅の炎はとても神秘的だった。 燃え盛る炎の中で氷雨は優雅に佇みながら口を開いた。


「この拒絶世界・煉獄は必ず発動する強制力を持っているわ。 どんな世界が創造されていようと、どんな世界に操作されていようとも必ずね。 そして私の認めた者、私が望む事象しか起こらないし活動出来ない」


さらに人差し指を立ててそこに注目を集めながら続ける。


「さらに全ての可能性世界を内包し、同時に干渉する事で全能の力を得る。 あんたのような不完全な全能(・・・・・・)とは違うのよ。 そして世界を操作する超常の力を得て、全てを圧し潰す。 私の絶対世界よ」


開かれた双眸は真紅。 拒絶の炎を纏い、自分自身が秘めるあらゆる負けの可能性、破滅を拒絶し絶対不変の肉体と魂を手に入れた氷雨。 燃え滾る炎の中で神とも思える氷雨の絶対的は力が振るわれた。


「まずこの世界を打ち破る事は不可能。 世界操作・世界上書きという理を拒絶してるから。 因果律や事象も同様。 世界の修正力すらも拒む絶対空間。 さて、あんたはどう感じるかしら? カトレア・ブラッド」


氷雨の目に映るのは怒りを露わにしているカトレア。 しかし氷雨の拒絶の力を前に殆どの力を封じられ、一切の行動も取れなくなっていた。 そんな氷雨は憐れむようにカトレアから視線を外す。燃え滾る万物拒絶の炎の中、空は対象的に深い青色を帯びている。


「ぐ、な、何なのよ……あなた! 何故……何故人間に過ぎないあなたが! こんな力を

!!」


カトレアにも予想外だったのかヒステリックに叫びながら氷雨に問い掛ける。 それに対する氷雨の答えは嘆息だけだった。 肩を竦めると指を鳴らす。 それに呼応するかのように世界が目まぐるしく変化した。


まるで意思を持ってるかのように拒絶の炎が集まって空間の余裕を作り、ヒビ割れた大地が顔を覗かせた。


「そんなのどうでも良いでしょう? 強いていうなら……私の願い。 さて、私に本気を出させてくれたお礼にあなたに二つの選択肢を与えであげるわ」


氷雨がカトレアの顔を引き寄せ、人差し指と中指で二の表現をしながらカトレアに問いを選択肢を与える。


「一つは力を永劫封じられた状態で現実世界で生きていく。 もう一つはこの世界で永劫生かされ続けるか……。 本来の力の使い方を間違ったあんたなら間違いなく後者だけど、どっちが良いかしら?」


氷雨の真紅の双眸がカトレアを射抜く。 カトレアは怒りを増大させ歯軋りをするがそれまでだった。 氷雨はそんなカトレアを殴り飛ばした。


「があああああああああ!?!?」


さらに間髪入れずに背中を蹴落として地面にめり込ませる。 氷雨はボロボロになったカトレアを持ち上げると再度問い掛ける。


「どっちが良いかしら? 全能なる魔女」


「ぐっ……うぅ、こんな世界で生き続けるのなら、死んだ方が……マシよ。 他人の作った世界でなんて、生きたくない」


息も絶え絶えになりながらもしっかりと自分の意思を伝えたカトレアに氷雨は眉を微かに動かすとカトレアをぞんざいに放り投げると馬鹿にしたかのような表情で腰に手を当てながらカトレアに言い放った。


「……それがあんたの答えね。 気が変わった。 やっぱあんたは私の全力を以ってこの世界で叩き潰す。 世界操作でやった方が早いけど、それじゃ私の気が済まない」


いつまにか氷雨の両手には何重もの魔法陣が生成されていた。 魔法陣は光を増し、ゆっくりと回転し出す。


「……何か言い残す事は?」


極限まで高められたソレをカトレアに照準を合わせ、蔑んだ目でカトレアを射抜く。 カトレアも自身の最期を悟ったのか、諦めたかのように肩の力を抜いて安らかな微笑を浮かべ、最期の言葉を述べた。


「私は力の使い方を間違えたとあなたは言ったけど、私の生き方自体に間違いは無かった。 ただ、理想と現実は違うもの。 それだけは胸に刻んでおきなさい……。 ふふ、疲れちゃったわね」


先程までの怒りに満ちた物言いでは無く、安らかに、自分自身に言い聞かせるように発した言葉に氷雨は多少揺らぐものがあったが、それを搔き消し、全力の一撃をカトレアに放った。


拒絶で満ち溢れた世界が揺れる。 この空間が無ければ恐らく全世界を例外無く消してしまう非情の一撃。 それ程の威力を以ってしてカトレアに全て叩きつけた。 カトレアの居なくなった世界で氷雨は息を吐くと、拒絶世界・煉獄が音を立てて砕け散った。


そして氷雨はシルヴィア達を見つけると静かに微笑んでこう言った。


「終わったわよ」


それはあどけない少女の精一杯の安らぎだった。 こうして、カトレアとの死闘は終わりを迎えた。 紆余曲折を経た長い1日が終わりを告げようとしていた。 氷雨は大金星を挙げた事によりシルヴィア達から乱暴に頭を鷲掴みにされたり、揉みくちゃにされていたが、満更でも無さそうだった。





「……カトレア・ブラッドがやられたか。 私という存在に気付き掛けたけど、結局そこ止まり。 さて、これで本格的に動き出せそうね。 まずは "力" の回収から始めるとしますか」


遥か上空に佇むは純白のワンピースに身を包んだ銀髪の少女。 金の双眸はシルヴィア達を捉えていた。


「多少の乱れも起きたけどこれも想定の範囲内。 世界はまだ我が手中……。 次は誰を動かしましょうか……」


銀髪の少女は嗤う。 絶世の美少女と称されるような顔立ちの少女が嬉しそうに嗤う。 世界を玩具のように弄ぶ、その力を振るって。 そして世界へ溶け込むようにその姿を消してしまう。 謎多き彼女の目的、それは神すらも知り得ない。 今はまだ。

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