アイーシャの足掻き
シルヴィアとアイラの挟撃には流石に反応出来なかったアイーシャは、衝撃で地面に落ちた仮面を一瞥した後に苦渋に満ちた表情を見せた。
「くっ……まさか貴様らに素顔を見せる事になるとはな」
能力を使いある程度の距離までシルヴィア達を吹き飛ばすと、初めて憎悪のような表情でシルヴィア達を睨み、左指で色の違う左目を指すと口を開いた。
「私はある能力の継承者だ。 この色の違う左目が何よりの証拠。 だがその能力は継承されるごとに弱体化されるというデメリットもあるが……っと。 ベラベラ喋り過ぎたな」
背後から迫ったアイラの攻撃を躱すと顔面に蹴りを入れ、正面から迫るサラディウスが振り下ろした神速の剣技を右腕で受けるとサラディウスが攻撃に移る前にさらに空いた左腕で殴り飛ばした。
「好き勝手やってくれたわね! "氷華"」
吹き飛ばされたはずのサラディウスは瞬間移動でアイーシャの真上へ移動し、氷雨の武器である氷華を具現化させると氷の斬撃を繰り出して攻撃した。 アイーシャはそれを躱す事が出来ず直撃し、体の一部が凍りついた。
「はああああああ!!!」
さらにミラディウスが自身の何倍もある闇エネルギーの塊をアイーシャに投げ付ける。流石にこれはまずいと思ったのかアイーシャも回避行動に移るが一歩遅かった。 思考が全て停止に追い込まれ、同時に行動も制限される。
(……っ、あの男の能力か!)
停止時間は僅かだったがその間に全身に及ぶ切り傷と出血はすぐにタツヒコと長谷川によるものだとアイーシャは認識する。 朦朧とする意識を無理矢理覚醒させると、血が噴き出すのも構わず動こうとするがまたも行動不能に陥る。
「動くな……何を言ってるか分かるな?」
そう不敵に口角を釣り上げる長谷川が目に入り、歯軋りをする。 これほどまでにない怒りは初めてであったが、既に抵抗出来るような力はアイーシャに残されていなかった。 そして漆黒を思わせる程の濃い闇が世界を染め上げた。
「ぐあっ!!」
そんな声が聞こえたが即座に轟いた轟音と巨大な氷柱が突き刺さる音に掻き消された。 シルヴィア達がそこに目をやると、全身が傷だらけになり巨大な氷柱が何本も身体を突き破って地面に縫い付けられたカルティヌスが敵意と殺意を剥き出しにしながら空を見上げていた。
「かなり楽しめたわ。 まぁ、それも一瞬だったけど。 あなたの実力にしては中々頑張ったんじゃない?」
氷雨の声が上空から聞こえたと思った瞬間には既に地上に氷雨は移動していた。 今の氷雨は楽しさが見え隠れしたような底冷えするような笑みを浮かべてカルティヌスを一瞥していた。
「ぐっ、お前……本当に人間か!? 何故、どこにあれほどの魔法を展開出来る魔力がある!?」
「私は少し特別なだけよ。 それ以外は何処にでもいる普通の女の子よ」
激情するカルティヌスに対し氷雨は至極淡々とした言葉で返す。 腰に手を当て首を横に振って嘆息していた。 まるで話にならないと言っているような感じだった。
「さて、その状態でまだ戦闘意欲があるのは賞賛に値するわ。 だけど、そんな状態で私に勝てると思うかしら? 」
「ぐっ……」
コケにしたかのように言い放つ氷雨にカルティヌスは返す言葉も無く唇を噛みしめるだけに終わった。 事実、重傷のカルティヌスに勝てる力は残っていなかった。 それを最後に氷雨はカルティヌスに対して興味を失ったのか、シルヴィア達の方に振り向いた。
「どうなの? あんた達の方は」
「こっちも今決着が着いたところだよ」
氷雨の問いにシルヴィアが答えるが、その答えが気に入らなかったのか氷雨は肩を竦め嘆息し、氷柱に串刺しになっているカルティヌスを親指を向けながら悪戯めいた笑みをシルヴィアに見せる。
「あそこまでやって漸く決着が着いたって言えるのよ。 まだまだあんた達も甘いわね」
「あはは……氷雨はちょっとえげつない事するよね」
シルヴィアが乾いた笑みを返した後にシルヴィアの視界の端に黒い影が横切る。 その影は一瞬にしてタツヒコと長谷川を戦闘不能に陥らせると、続け様にアイラも数度の打ち合いの末、アイラの後頭部を地面に強く叩きつけて気絶に追い込む。
そしていまだ姿を捉えきれていないサラディウスとミラディウスの腹部に真一文字の鮮血を走らせた後、事態を上手く認識出来てないサラディウスとミラディウスは困惑と怒りが入り混じったような表情を見せ、地面にうつ伏せに倒れ込んだ。
「っ!? 皆!? くっ!」
あまりの一瞬の出来事にシルヴィアも上手く物事が飲み込めない中、飛び出してきた影の攻撃をいなした……筈だった。 左腕を縦に大きく斬られ、大きな裂傷が出来た。 シルヴィアの左腕はもうこの戦闘では役に立たないだろう。
「アイーシャ!!」
シルヴィアに傷を負わせたのはアイーシャだった。 アイーシャも立っているのがやっとのはずの重傷だが、どうしてここまで異常な力になっているのかシルヴィアには理解出来なかった。
「これ以上やらせる訳無いでしょう?」
氷雨の認識を超える攻撃がアイーシャに降り注ぐ。 流石にまずいと思ったのかアイーシャは距離を取った。
「くっ、まるで別人のようだ……」
シルヴィアが警戒心を強めながらアイーシャを睨む。 そんなシルヴィアに同意するかのように氷雨もアイーシャを一瞥する。 二人の視線が気に入らないのかアイーシャは、怒気を露わにした表情を見せる。そしてアイーシャの足元に魔法陣が展開される。
「貴様らは死ですら生温い地獄のような時間を味あわせてやる。 その身を以ってな!
───我が血を以って答えよ 全能の一端に触れしその存在が全てを塗り替えん 能力の系譜は血の系譜 我が呼び掛けに答えよ 我らが魔女よ」
そしてアイーシャが血を垂らすと、魔法陣が光に包まれる。
「我が能力はオールブラッド! その能力の発現者をこの世界に私の魔力と血を以って召喚させた! 私とは違う……真なる全能に絶望し震えながら死に絶えると良い!!」
光が満たす空間でアイーシャが告げたのは驚愕の出来事だった。 耳を疑わざるを得ない言葉。 最悪のシナリオに物語は進み始めた。




