孤高の強さ
吹き抜ける風がシルヴィアの肌を撫でる。 同時に理解してしまう。 目の前に立つ仮面の女がどれほどの実力を有しているのかと言う事を。 アイーシャは戦闘態勢に入ってはいないが視線は確かにシルヴィア達を射抜いていた。
「さて、一戦やる前に聞いておきたい事がある」
ふとアイーシャが口にしたのはそんな言葉だった。 シルヴィアはアイーシャの動向に警戒し、いつでも迎撃できるように態勢を整える。 しかしそんなシルヴィア達にアイーシャは歯牙にもかけず己の疑問を投げ掛ける。
「何故……何故貴様らは立ち上がる? 二十万の兵を相手にし、さらには格上の未知の生命体すらも死闘の末砕き切った。 その満身創痍の身体に鞭を打ってまでどうしてそこまで必死になれる? どうしてそこまで愚直なまでに立ち塞がれる?」
純粋な疑問。 呆れすらも通り越した純粋な疑問だった。 アイーシャからすれば謎以外の何物でも無いだろう。 何故異世界の人間がここまでやるのか。 何故ここまで出来るのかと。 自分達には関係ないと言うのに。
しかしそんなアイーシャの問いにすらシルヴィアは笑っていた。まるで答えが分かりきってるかのような確信的な笑みを。
「そんなの決まってる。 私達が助けたいと思ったからだ。 私達は手の届く限り助け続ける。それが私達だ」
「傲慢でありそれは自惚れでもある。 世界は無数にあると言うのに貴様らはそれら全てを救えるような言い方だな。貴様らの答えは聞かせてもらった。 このアイーシャ・フォン・ゴンハルトが貴様らの答えが如何に愚かであるか教えてやる。 思い上がるなよ塵芥ども」
瞬間的に湧き上がる膨大な魔力と殺気。 それらはこの荒野だけでは収まらず隣街までも震撼させる。 そしてアイーシャの地面が爆発したかと思う程の加速にそれぞれが散開する。 音速を軽く超えるそれは地面を消し飛ばし、空間を震わせる。 シルヴィアはアイーシャのそれを真正面から向き合って攻撃を繰り出す。
しかしシルヴィアの拳が当たる前にシルヴィアの全身に反発力が襲い掛かり、くの字に身体が曲がり、地面ごとシルヴィアを後方に飛ばす。
「ぐっ……おおおおお!!!」
「無駄だ……む?」
ふとアイーシャが視線を上へ向ける。 意識を逸らす事に成功したタツヒコは自身が出せる極限までの加速により実質的な時間停止空間を作り出す。 意識を逸らす事により隙を生み出したアイーシャへ、刀身に光魔法の最上級魔法を形状変化させて纏わせた渾身の一撃をアイーシャに向けて放った。
タツヒコの放った一撃はアイーシャを軽く呑み込み、閃光となりながら至極ゆっくりとした速度で進んでいく。。 未だ加速状態にあるタツヒコはその場から離れると光の鎧を顕現させる。 刀身が粒子になって消えるが、即座に粒子が集まり始め刀の刀身を形作り始めた。
「……これが俺の最強状態。 《顕現する厄災》だ」
そう言い加速状態を解く。 途端に閃光が急加速し地平線の果てで爆発を起こした。 タツヒコの放った一撃は地面を抉りながら突き進んだのだろう。 まともに喰らった時の威力の高さを物語っている。
「タツヒコ君、助かったよ」
タツヒコの攻撃から僅かに逸れた軌道に居たため巻き添えを喰らわずに済んだシルヴィアが礼を言う。 もしあのままタツヒコが何もしなかったらシルヴィアもただでは済まなかっただろう。
「お互い様だろシルヴィア。 まぁ今は奴に集中しないとな」
「そういう事だ。 気を抜くなよ。 まだ私との戦いは始まったばかりだ」
背後からアイーシャの声が聞こえたと同時にタツヒコは反射的に手を出していた。 刺突攻撃を繰り出すが見えない壁のようなものに塞がれる。
「先ほどと言い今と言い、中々良い攻撃だ。 まともに当たれば私も致命傷を免れなかっただろう。まともに当たればの話だがな」
「くっ……! ごっ!?」
歯噛みするタツヒコの腕が跳ね上がり血飛沫が舞う。 さらにシルヴィアと同じように不自然に吹き飛ばされると岩壁に激突する。 追撃と言わんばかりに顔面を岩に叩きつけようと摑みかかろうとするがアイラがタツヒコとの間に入りそれを阻止する。
「ほう……私でも反応しきれんとはな」
多少の驚愕を見せた言葉を零すアイーシャにアイラが紅いオーラを纏って視認すら難しい速度で攻撃を放っていく。 しかしアイーシャはその攻撃をいなしていく。 流石のアイーシャでも避けるのは難しいかったのか何発か喰らう。
不意にアイーシャの右腕と脇腹の一部から血が噴き出す。 それに気を取られ動きを一瞬止めてしまった。
「油断、しましたね」
そのアイラの言葉と共に拳がアイーシャの顔面を捉え、破片を散らしながら凄まじい勢いで地面を飛び、岩を砕き、激しく叩きつけられながらアイーシャはようやく動きを止める。
「このチャンス、待ってたぜ!」
仮面を押さえながら立ち上がるアイーシャに長谷川が無数の斬撃を繰り出しながら突っ込んできた。 長谷川は自身の全ての能力をフル活用させてアイーシャと対峙する。
共感覚で仲間の能力を共有し、それを以って神速の攻撃を繰り出すアイーシャに対抗する。 斬撃の全ては躱されるが長谷川は長谷川なりに必死に喰らい付いた。
「温い。 そしてこのメンバーの中での要注意人物の一人だ。 消させてもらう」
全ての長谷川の攻撃手段を弾き返し、その頭蓋を一撃の元に砕いた。 仮面の半分が欠け、その素顔を晒しているアイーシャは倒れ行く長谷川の事など見向きもせず空を見上げると視線の先にには嗜虐的な笑みを浮かべた氷雨が今にも襲いかかろうとしていた。
「お前の相手は俺だ!」
雷速でカルティヌスが氷雨の事を受け止めるとそのまま場所を移動しながらアイーシャから離れて行った。 アイーシャは移動しようとした視線を落とした瞬間、アイーシャの胸から剣が突き出ていた。
「な……に……っ!?」
驚愕に目を見開きながら視線を後ろに持っていくと剣を突き刺した長谷川がアイーシャの目に入った。
「気を抜いたな……アイーシャ。 お前の負けだ」
ほくそ笑む長谷川だがアイーシャの能力により遥か後方へと飛ばされてしまう。 剣ごと吹き飛ばされた長谷川を忌々しく睨みながら溢れ出る出血を押さえて歯噛みする。
「確かに頭蓋は砕いたはず……なのに何故あの男は生きていた? ともあれこの傷は私の油断から出来た傷だ。 侮っていたとは言わんがあれ程の死地を潜り抜けてきた奴らだ。警戒が足らなかったか」
そして充満する殺気。 見やるとシルヴィアとアイラが膨大な殺意と敵意をアイーシャに向けていた。 そんな中でアイーシャは静かに笑みを浮かべてた。
「楽しい……か。この感情は殺し合いを楽しんでいると言うのか。 まぁ良い……遊びは終わりだ」
アイーシャは魔法を使い、自身の傷を治すと即座に自分の十数倍はある雷球を生成するとそれを自分を巻き込む形で地面に落とし、爆発音と異常なまでの光が世界を白で染めた。
*
「いってぇ……結構飛ばされたな」
全身に付いた砂を払い、長谷川はボヤく。 アイーシャに頭蓋を砕かれて死んでいたであろう長谷川は己の置かれた身の危うさを再認識する。 実際、長谷川は能力を使用していなければそこで死んでいたのだ。 その事実に長谷川は苦笑する。
( "失業保険" を掛けといて正解だったな……。 あらゆる可能性から奪われたであろう俺の命を補完させてもらったぜ)
「奴に致命傷を与えたのは良いが、あれは奴が完全に油断しきっていたからだ。 何とかしてもう一度アイーシャにでかい隙を作ってもらわねぇとな」
「長谷川さん! 大丈夫か!?」
「タツヒコ……。俺は一応大丈夫だがお前の方は何とも無いのか?」
光の鎧を纏ったタツヒコが長谷川の方を一瞥しながら言葉を口にする。 タツヒコも長谷川の言葉と共に自身の身体と状態を確認する。
「大丈夫だ。 まだ身体は動く」
そのタツヒコの言葉に長谷川も力強く頷くとタツヒコの背中を軽く叩く。
「絶対勝つぞ……タツヒコ」
「……そうだな。 負けられねーな」
互いに多くは語らなかったが数多の戦場で戦い抜いてきた戦友のような関係の二人の思いは言葉にせずとも理解出来た。 そして膨大な殺気と共に巨大な雷球が顕現した。
「っ!! あれは……シルヴィア達の魔力じゃない! タツヒコ!」
「ああ! 分かってる!」
あれ程の巨大な雷球だ。 落とされればそう遠くない距離にいる長谷川達でも容易に消しとばしてしまいそうな威力を持っているというのは嫌でも理解してしまう。 同時に能力を発動させ一気に距離を詰めるが一歩届かず雷光と共に世界が白に染まり、爆音が世界を震撼させた。
*
地形が変わる程の一撃はシルヴィア達にとっては予想だにしない威力を誇った。 しかし攻撃が来る事は初めから分かりきっていたため防御に専念する事は出来ていたのでダメージは最小限に抑えられていた。
「アイラちゃん大丈夫?」
「はい、何とか……」
視界の端でアイラが立ち上がるのが見えたので視線を崩さずに応答を確認する。
(追撃はしてこない……)
アイーシャ程の手練れならすかさず追撃はしてくると予想していたがそれが無いのでシルヴィアに警戒を抱かせた。
「"ケミカルブラスト"」
巨大な竜巻を発生させて周囲の砂埃を一点に竜巻の中に集めさせる。 そして視界が良好になったのを好機と見てすぐさま移動を開始する。 どうやらかなり飛ばされてしまったらしい。 前方で魔力の高まりを感じ取ったシルヴィアはさらに加速させる。 視線をチラと後方にやるとアイラも付いてきていた。
(アイーシャ……私達は勝利を勝ち取る!)
その決意を胸にシルヴィアは駆ける。 シルヴィアは駆けながら右手を横に薙ぐとそこからレーザーが射出される。 狙いはもちろんアイーシャ。 しかしその一撃で倒せるとは露ほども思っておらずただの陽動といった所だった。
レーザーは地面に直撃する寸前に不自然な程に軌道を真上へと逸らされ虚空へと消えて行った。 シルヴィアが怪訝そうに眉根を寄せているとミラディウスが瞬間移動でシルヴィアの元まで来た。 恐らくレーザーが射出された位置をおおよそ把握し、ここまで嗅ぎつけたのだろう。 ミラディウスは血相を変えた表情でシルヴィアに掴みかかった。
「危ないじゃないこのバカ! お姉様や氷雨が怪我したらどうるすのよ!」
「レーザーごときで怪我するとは思えないけど、配慮が足らなかったね。 気をつけるよ」
胸ぐらを掴まれている手を払うシルヴィアにミラディウスは内心舌打ちをするが内輪揉めしている時間はない。 ミラディウスは言いにくそうに表情を歪めるが、蚊の鳴くような声でボソボソと喋った。
「……今お姉様と私であいつの相手をしているけどギリギリこっちが有利って状態。 いつ形勢が逆転されるかも分からないから力を貸して欲しい」
嘆願するように頼むミラディウスにシルヴィアは肩に手を置くとミラディウスに微笑んだ。
「その為の仲間でしょ。 すぐに行く。 今すぐサラディウスの加勢に行きなさい」
「頼りなのはあんた達だけなんだから速く来てよね」
そう言い残すと瞬間移動でその場を後にするミラディウス。 シルヴィアは一層魔力を練り上げると自身の足元に魔法陣を展開させる。
「行くよ……アイラちゃん」
「はい」
その一瞬後、光の軌跡を残すと既にアイーシャが見える位置に転移で移動していた。 そして同時に駆け出し一閃した。




