絶対絶命
「はぁ、はっ……はぁ、っ……! 化け物が」
肩で息をし、身体の大部分を血で染めながら氷雨が苦々しく吠える。 二体の生物兵器は氷雨の認識を超える攻撃を放ち、氷雨に攻撃の隙を与えない。
「ぐっ……!」
飛ぶ鮮血。 空間支配魔法は既に解けてはいるがまだ氷雨が身に纏っている黒い炎は健在だった。 氷雨も負けじと認識を超える攻撃を放ち触手を消し飛ばすが数瞬後には既に再生していた。
「 "拒絶の炎" ! この、化け物共がああああああ!!」
纏う炎を|拒絶の炎に変化させるも生物兵器も同じように行使してきた。
" 学習" を持っている生物兵器は氷雨のスペックを解析し、それを自分のものにする特性を持っている為、氷雨は非常に不利な戦いを強いられていた。
(くっ、やられた……。 私と同等のスペックが二体……。 これ以上長引かせると最悪死ぬわね)
視認出来ない猛攻を直感で相殺し続け、防戦一方ながらも交戦する氷雨。 しかしそれも続かず、脇腹に触手が貫通する。
「がっ!? くっ、この!」
即座に触手を斬り落とし、炎で焼き尽くす。
頭を掠める斬撃。 見ると一体の生物兵器はサラディウスに擬態していた。
「ちっ、擬態か。 はぁ、はぁ……ゴホッ! ゴホッ……ふっ! 卑怯にも程があるわね」
氷雨は可笑しそうに笑うと自身に回復魔法を掛け続けながらサラディウスに擬態した生物兵器に猛攻を仕掛けた。 氷雨の出せる最速の速度で生物兵器の首から上を消し飛ばし、背後に回る時間を利用して胴体を斬り刻み、全身を覆う程の溶岩を生物兵器に浴びせると黒炎華を振り、空間に穴を開けるとその中に生物兵器を蹴り込んだ。
「ぐっ、くっ……!これで……っ!?」
触手が揺らぐ空間から伸びてきたが氷雨は反射的に避けながら斬る。 揺らぎが収まり、中から何の反応も無いのを確認すると背後から襲い掛かる無数の触手を満身創痍ながらも黒炎華の一振りで燃やし尽くした。
それだけで終わるはずも無く氷のつぶてが雨のように降り注ぐ。 氷雨はそれを認識超えの移動で躱した後、回復薬を飲む。
(ちっ、サラディウス達から回収しておくんだったわね。 もう一つしか無いじゃない)
内心悪態をつきながらも残り一つになった回復丸薬をしまうと魔力を解放する。 解放した衝撃で地面が消し飛び、衝撃が飛散した。
「おらぁ!! こう言うのは手数で押すのよ!」
氷雨は巨大な氷塊をいくつも生成して無作為に落とし始める。 しかし生物兵器も馬鹿では無くその氷塊を一撃で破壊すると既に氷雨の背後に回り込んで触手を脇腹に刺していた。
氷雨の身体が氷像になり砕け散る。 割れた氷の破片が弾丸のように生物兵器に襲い掛かるが|拒絶の炎で拒絶する。
(ちっ、化け物が。 一気に決めたいけどそれをやるには時間がかかり過ぎる……。 空間支配魔法も恐らく、対抗策か耐性は持ってるはず……ジリ貧ね)
生物兵器の頭上に体躯の十何倍もある合成魔法の氷炎乱舞を落としながら嘆息を吐く。
認識を超える攻撃で足止めをしながら生物兵器に対する有効策を思考する。
轟音が響き、衝撃が全体に拡散する。 熱気と寒波が同時に襲い掛かるが氷雨は眉一つ潜める事なく炎を纏った氷塊に押し潰されたであろう生物兵器を見やる。 粉塵が舞い上がっていて見れないが魔力を放ち、粉塵を飛散させる。クレーターが生成され、生物兵器の身体が見事に氷塊に押し潰されていた。
「はっ、ざまぁ見なさい。 しばらくそこで大人しくしてる事ね」
氷雨が嬉しそうに顔を歪めると距離を取って魔力を練り上げる。
(向こうの方が上手なのは確実。 再生能力のおかげでこっちの攻撃は通用しないし、下手に倒すと増殖されて厄介な事になる。 おまけに弱点もない。 ちっ、どこまでも化け物ね)
思考していると不意に世界が夜に支配された。
「っ!?」
途端に圧倒的な殺意と敵意が充満する。 氷雨はその殺意の出所、後方に目をやる。 しかし身体が思うように動かず、ただただ驚愕に思考が支配された。
「っっ─────この私が気圧されるなんて……一体どんな奴? 新手の敵? 考えても仕方ないわね」
無駄な事を考えるのを放棄すると氷塊に向き直る。 瞬間、氷塊に一線の亀裂が入り、割れたかと思うと突き刺すような衝撃と共に爆散した。 そして中から出てきたのは赤い髪に金色の目を持つシルヴィアだった。
「へぇ……まさかシルヴィアにも擬態出来るなんてね……とんだ化け物ね。 ただシルヴィア相手は私でもキツイから速攻で終わらせてもらうわ」
氷雨は駆けようと力を入れた瞬間、腹部から大量の鮮血を撒き散らした。
「えっ……?」
視線を落とした先には抉られた腹部がそこにはあった。 途端に襲いくる激痛。
「っ〜〜〜!! ちっ、モタモタしてられないわね!」
回復魔法を常時展開させつつ、シルヴィアに擬態した生物兵器と交戦を開始する。 生物兵器はまず空を覆う程のナイフの雨を降らせる。 何をやるのか察した氷雨はその場から逃げようとするがナイフの数が多過ぎて逃げるに逃げれなかった。
そしてナイフが発光し始め、夜に支配された世界を白に染め上げながら爆発した。 それを皮切りに次々に爆発していくナイフ。 さらに上空からも無限に降り続いているため、爆発に曝されて死ぬか、ナイフで串刺しにされた後身体を吹っ飛ばされて死ぬかの二択しか無かった。
「がっ……、ぐぅっ……この、ふざけないで欲しいわね!!」
幾度と無く爆発を喰らいながらも氷雨が叫んだ。 その瞬間、地表が凍り付く。
「へぇ、驚いたね。 まだそんな力が残ってたんだ」
シルヴィアの姿をした生物兵器が小馬鹿にしたように口角を歪める。
「喋れたのねあんた。 ただ不快だから二度とその姿で喋るな」
口調から不快な気持ちが滲み出る。 氷雨は吐き捨てると認識を超える攻撃を放つが生物兵器の両腕を斬り落としただけだった。 しかしそれもすぐに再生してしまう。
「もう止しなよ。 私にはどう足掻いても勝てない。 そんな事、君が一番分かってるでしょう?」
「その姿で喋るなって言ってんのよ!!」
腹部を消し飛ばし、腕を破壊し、頭を消し飛ばし、全身を凍らせ、炎で焼くがその全てを何事もなかったかのように生物兵器は佇み、口角を歪めるだけだった。
「そう……ならそろそろ終わらせてあげる。
"神の力" 」
(っ!? 神の……力!? こいつ、そんなものまで……!)
氷雨は本能的な悪寒に襲われると絶対的な力を有した生物兵器が圧倒的な威圧感を持って氷雨を射抜いた。 氷雨は冷や汗が止まらなかったが歯噛みすると氷華と黒炎華を具現化させる。
「その余裕、私が打ち砕いてやるわ!」
「 "神術結界"」
生物兵器が手を前に突き出すと氷雨のあらゆる攻撃を防いだ。 |拒絶の炎は一瞬顔をしかめたが、それも防いで見せた。 さらに生物兵器は腕の一振りで極光のレーザーを多数射出し、氷雨に息をつかせない。
「ぐっ……! やっぱ出し惜しみしてる場合じゃないわね」
小声でそう呟くと針の間を縫うようにレーザーを躱していくと黒炎華と氷華を空高く放り投げた。
「気でも狂った?」
背後からの一線。 しかし、鮮血は飛び出ず、衝撃も手応えも感じなかった。
「"万象呑み込む黒の王" 。 万象の摂理には大人しく従いなさい……」
氷雨が疲れたような笑みを見せ、自身が展開させた未知の領域に呑み込まれていく生物兵器を一瞥する。
「なっ……この! うおわあああああああああああああ!!!」
なす術無く呑み込まれていく生物兵器。 シルヴィアの姿もその断末魔を最後に解け、触手諸共全身が呑み込まれていった。 黒炎華と氷華の二振りが氷雨の両脇の地面に突き刺さる。
「はぁ……はぁ……、何とか奥の手は使わずに済んだわね。 かなりの魔力を使ったけど、残りはあんただけよ……アイーシャ・フォン・ゴンハルト」
氷雨が黒炎華の鋒をアイーシャに向ける。 黒炎が即座に氷雨の身体に絡み付く。アイーシャは腕を組んでいたが、組んでいた腕を解くと鼻で氷雨を笑った。
「驚いたな。 まさか二体ともあの生物兵器を倒してしまうとは……。 極めて劣勢にあった筈の戦局を覆し、尚且つ私と戦う意思まである……。 貴様の……いや、貴様達の力を認めなければならないようだ」
アイーシャが言い終わると同時にシルヴィア達が姿を現した。
「シルヴィア……無事だったのね。良く生きてたわね」
「何、ちょっとした助太刀が入って楽になっただけさ」
見る所大した怪我も無く、まだ戦えるだけの余力はあるシルヴィア達。 氷雨はシルヴィアの言葉に首を傾げる。
「助太刀? まさかこの夜の世界の?」
「そうだね。 まぁ今はそんな事どうでも言い。 さっさとこの戦いを終わらそう」
シルヴィア達全員がアイーシャに殺気を放つ。 アイーシャは困ったかのように肩を竦めた。
「本気で私に勝てると思っているのか? だとしたら思い上がりもいい所だな」
アイーシャが仮面に手を掛ける。
「アイーシャ! 無事か!?」
とそこにカルティヌスがアイーシャの側に現れる。 アイーシャは手にかけていた仮面から手を離すとカルティヌスを一瞥した。
「私は無事だ。 そろそろ最終決戦と行くぞカルティヌス……」
殺気が放たれる。 重く、強烈な殺気が。 そして不意に支配していた夜が明け、陽が照らし始めた。
(時間か……)
シルヴィアは一瞬だけ空を仰ぐ。 そして気持ちを切り替え、目の前の強大な敵に意識を集中させた。 打ち勝つ為の全てを出し切り、勝利を掴む為、両者は激突する。




