生物兵器
閉ざされた氷の空間で氷雨の表情は思わしくなかった。 敵対するソレに幾度と攻撃を喰らわしていくが一瞬で再生してしまう。
(ちっ、外部からの攻撃は無駄か。 体のどの部分を消し飛ばしても何事もなかったかのように再生しちゃうわね。 おまけに……)
思考している最中に攻撃が飛んで来るがそれを剣戟で弾き飛ばす。 斬られた触手は宙を舞った後、地面に落下すると即座に凍り付いた。
「めんどくさいわね……それ」
氷雨が瞬間移動した先に居たのはやはりあの生物兵器だった。 氷雨が瞬間移動を繰り返し発動すると生物兵器も同じく瞬間移動を繰り返し氷雨と剣を交える。 生物兵器は硬質化させた触手で氷雨を襲っていた。
氷雨はその攻撃を氷壁を繰り出しながら防ぎ、氷壁を破った触手を凍らせた。 触手を凍らせ、それが生物兵器の身体を徐々に蝕んでいくという緩やかに全身を凍らせていく氷雨の戦法だった。 しかし生物兵器は一旦動きを止めると、振動を発生させ触手を覆っていた氷を全て割ってしまった。
「ふん、ぬるいのよぉ!! "氷華"」
氷雨は氷華を顕現させると生物兵器の触手を全て斬り伏せた。 斬り伏せると同時に斬り口が凍り付く。
「 "零絶の炎"」
氷華の刀身から青白い炎を射出すると膨大なエネルギーとなって生物兵器を蹂躙した。
見た目は炎そのものだが実際は液体窒素並の温度を持つ見た目とは逆の性質の氷雨の魔法だ。
燃え盛る炎を見ながらも氷雨はまだ警戒を緩めない。 それどころか魔力を溜めている。
「この程度で終わるような相手ならどれ程良かったか。 そこで暫く凍ってなさい」
氷雨は剣を一振りすると生物兵器を覆っている零絶の炎の上からさらに純度の高い氷を何重にも層を作って閉じ込める。
(思ったより厄介ね。 再生能力に瞬間移動、さらに諸々の耐性……。 さて、こっちの魔力が尽きる前に片付けておきたいんだけど足りるかしら?)
色々な思考が巡るがそれを頭を振って搔き消すと戦いに意識を集中させる。
「 天焼け 地焼け 身を焦せ 王の墓前に火を捧げ 煉獄越えて夜に立つ 漆黒の焔を纏いし黒の王 "万象呑み込む黒の焔華"」
氷雨が魔法を詠唱しその力を存分に引き出して発動する。 氷雨の身体は漆黒の焔を纏い、世界を瞬く間に塗り替えた。 極寒の氷世界とは一変し今度は焼け付くような熱さの漆黒の世界。 世界全土を覆い尽くす闇と灼熱の世界。
(まさか完全詠唱の万象呑み込む黒の焔華を使う事になるとは。 けどまだ魔力も余力はあるし回復薬もある。 気は抜けないけど)
氷雨が右手を開くとその開いた右手に金と黒の粒子が集約し、全てが炎で出来た刀剣が具現化される。
「焔刀・黒炎華」
超高温の炎は空間を歪ます程の熱量を帯び、灼熱地獄へと変貌を遂げた。 氷雨は此方に視線を向けているアイーシャを睨むように射抜くと凄絶に口元を歪めた。
「次はあんたよ。 覚悟は良いかしら?」
「ただの人間にしては異常な力だな……。 二度の空間支配魔法を使い、その力を最大限活用するとは」
アイーシャは感嘆したように呟く。 それが氷雨の癪に触ったのか露骨に舌打ちをし表情に嫌悪が如実に現れる。
「あんたの方が異常よ。厳密にはこれは空間支配じゃないんだけど。この空間の中で悠々と立っている事自体が可笑しいわ。その余裕ぶった態度、後悔させてあげるから」
「ふん、私にかかりっきりで良いのか? 何か忘れてるぞ」
「何……っ!?」
氷雨が振り向くと同時に生物兵器の触手が氷雨の頬を掠めた。 氷雨は黒炎華を振るい、触手を焼き尽くし周囲に黒い炎を展開させる。
「ちっ、呆れた生命力ね。 なら、今度は全霊を以って焼き尽くしてやるわ!」
氷雨が黒炎華を振るうと遅れて爆風が発生し空間が薙ぎ払われる。 氷雨は視認すら難しい速度で移動すると生物兵器の顔と思われる部分を抉るように黒炎華を振り抜く。 見事直撃し生物兵器の上半身が綺麗に消し飛んだ。
「これで最後よ!! 消し飛びなさい!」
さらに振り下ろすようにトドメの一撃を加えて残った下半身部も跡形も無く消し飛ばす。
完全に消し飛んだ事を確認した氷雨はアイーシャに向き直り殺気を飛ばす。 アイーシャはそこまで気にしてないのか氷雨を無視するような態度を取っている。
「このっ!!」
氷雨は黒炎華を振るい、黒い炎の斬撃をアイーシャに放つが手前で軌道が無理矢理変わり、あらぬ方向へと逸れた。
「そう慌てるな。 今お前の仲間のところに先程のやつと同種の個体を向かわせた。 さて、何人が生き残るか……。 あと言い忘れてたがそいつは……」
アイーシャの言葉が意図的に閉じられた。 氷雨が何かを察したのか勢い良く振り向くとそこには先程倒したはずの生物兵器が何事もなかったかのように存在していた。 二体に増えて。
「"増殖" と"学習" 持ちだ。 今から相手取るのはお前自身と思えよ朧 氷雨。 お前が今まで使った技や能力を解析して同じように使いこなす……私はその様を傍観させてもらうとしよう」
氷雨に今までにない絶望が襲いかかった。
*
空が暗黒の炎に包まれ、灼熱地獄の世界へと塗り替わった事にシルヴィア達は驚いたが自分達に影響は無いと知るのと同時に氷雨の魔力を感じ取る。
(この魔法は氷雨のか……)
シルヴィアは空を仰ぐが暗黒の炎が漂うだけだった。 シルヴィアは胸に手を置くとギュッと握りしめ氷雨の無事を祈る。
「シルヴィア、無事だったか」
「タツヒコ君、長谷川さんにアイラちゃんも」
シルヴィアが振り向くと三人が足並みを揃えてやってきた。
「ふん、私達も忘れないでよね」
とサラディウスとミラディウスも合流した。
「皆、無事で良かったよ……っ!?」
突如長谷川がシルヴィアに襲い掛かった。シルヴィアはすんでの所で躱す。 シルヴィアの思考を驚愕と困惑が支配した。
「えっ!? な、何で……」
極太のレーザーがサラディウスから放たれ、それを剣の一振りで相殺する。 突如襲い始めた仲間の猛襲にシルヴィアは戸惑いながらも何とか凌ぐ。
「シルヴィア!! 伏せろ!!」
「っ!!」
声が聞こえたと同時に反射的にしゃがむと背中を何かが掠めていった。 途端に爆発し、凄まじい衝撃波が駆け巡る。
「全く、私達と同じ姿形に化けるなんてえげつない事してくれるわね」
「同感だな」
「シルヴィア、大丈夫か?」
長谷川とサラディウス、ミラディウスとアイラとタツヒコがシルヴィアの前に立って手を差し出す。
「皆……」
タツヒコの手を取り、立ち上がると擬態の解けた生物兵器がシルヴィア達を囲い始めた。
「なんだこいつらは?」
「さぁ……解るのは敵って事だけ。 しかも相当知能の高い、ね」
臨戦態勢に入るシルヴィア達。
「まぁ良い、こいつらをさっさと倒してアイーシャを倒すぞ!」
タツヒコの気合いの篭った発言にシルヴィアは気力を取り戻した。
「メイル……」
「おじちゃん……こいつらかなり強いよ」
固有空間から出てきたメイルとブラストもシルヴィア達と同じように生物兵器と対峙していた。
「ああ、死ぬなよ」
「もちろん。 未知の生物だろうが何だろうが邪魔する奴は潰す!!」
メイルの咆哮が鳴った。 そして神速の一撃が生物兵器の体を穿った。




