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地に堕ちた雷帝

五賢帝カルティヌス・ミリアスと対峙するアイラはカルティヌスから発せられる異常な雰囲気を肌で感じ取っていた。 不気味な笑みを浮かべるカルティヌスに得体の知れない恐怖が蠢く。


「さぁ、向こうも楽しんでる……俺達も楽しもうか」


巨大な戦斧を振り下ろすと慣性で地面に深くのめり込む。 カルティヌスはアイラに好戦的な笑みを見せるとその場から消えた───否、アイラの真横に移動したカルティヌスはその首を刎ね飛ばさんと戦斧を振り抜いた。


「っ!?」


(速い……!)


アイラは危険だと感じ紅いオーラを纏わせ全力で防御に徹する。 その刹那、戦斧がアイラの首を捉えた。 刎ね飛ばす程の威力は無かったが凄まじい衝撃が襲い、アイラは耐えきる事が出来ず飛ばされてしまう。


「くっ……!」


「まだまだ行くぞぉ!」


体勢の整ってないアイラにたった一蹴りで跳躍しながら追い付くとそのまま叩き斬る。 地面が鋭利に抉れる。 多数の小石やつぶてがアイラの顔付近に飛んでくる。 アイラはそれに顔を顰めながらもしっかりとカルティヌスを射抜くと、カルティヌスの追撃より速くアイラの拳がカルティヌスの顔に炸裂した。


「ごあああっ!?」


まともに喰らったカルティヌスは数瞬の間、地面から足が離れる感覚に襲われたがそれもすぐに終わり、足が地に着くとすぐさま衝撃を流す。 巨竜すら浮かせるアイラの拳をまともに喰らったというのにカルティヌスにとっては挨拶がわりにしか感じられなかった。


反撃に出ようとアイラに目を向けたが既に視界から消えていた。 どこに消えた────と思考を張り巡らす前に今度は腹部に強烈な痛みと内臓が押し潰されるような感覚がカルティヌスを襲う。


「ごっ……!! っ〜〜〜……!!」


鳩尾辺りから波紋のように内部に広がる痛みから即座に殴られたのだと認識する。 が、肺の中の空気が押し出され、すぐに呼吸困難に陥る。 鎧を着ているとは言えそれを紙を扱うかのように易々と砕かれたカルティヌスは驚愕に染まると、思わず片膝をつく。


しかし───アイラの蹴りがそんなカルティヌスの顔面を思い切り蹴り上げた。


「ぐぅがあああ!!」


顔が跳ね上がり、歯と鼻血が飛び散る。 体重が後ろに掛かってしまい、地面に仰向けに倒れて行くカルティヌス。 そんなカルティヌスにトドメの一撃と言わんばかりにアイラは握り拳を作りながらカルティヌスの顔面目掛けて飛び上がる。 既に血みどろになり、動く気配のないカルティヌスにアイラは殺意を込めながらそれを放った。


「 "雷迅爆破"」


不意にカルティヌスがそう呟くとカルティヌスの身体が発光し、スパークし始めた。 異変に気付いた時は遅く、アイラは目を見開いたまま爆発と光に包まれた。


「ゲホッ、ゲホッ……」


()せながらアイラは粉塵に包まれた視界を左右に振る。 闘神の加護のおかげで防性にも優れているアイラの身体は多少の火傷と擦り傷程度で済んでいた。


(……まいったな。 向こうは武器持ちで私は素手……リーチに差がある。 素早さと攻撃の威力共にまだ私の方に分がある。 手数で押すしかない……!)


「……!」


殺気を感じ取り、すぐさまその場から離れるアイラ。 一拍遅れて紫電を纏った斬撃がアイラが今まで居た場所に突き刺さり、下から上へと雷電がカーテーンとように広がりを見せる。


「よう、良く避けたな」


振り向かずに直感とおおよその距離を予測したアイラは認識を超える速度で移動したと同時に攻撃を繰り出す。 鈍い打撃音が響き、アイラの右腕に痛みが走る。 見ると戦斧でアイラの攻撃を防いでいた。


「遊びはここまでだ。 本気で潰しに行く」


先程までの傷は何処へやら、カルティヌスは首を鳴らすと腕力だけでアイラを後方へ飛ばし、全身にスパークを纏わせるとまだ空に浮遊しているアイラを射抜き、掛けた。 地面が爆発を起こし、その推進力を得た初速は既に音速を超えており戦斧を横薙ぎに振るう。


しかし、手応えが無かった。 カルティヌスはアイラの姿を探すが脳裏に先程の出来事が焼き付いており、警戒は怠らない。


(視界に居ないのならあぶり出せば良い……。 後悔するなよ小娘!)


カルティヌスは両腕に雷を溜め込むとそれを地上に向け放つ。 数多の雷が空気を迸りながら地上を蹂躙する。 岩を破壊し、轟音を響かせながら地の一点を焼き尽くす。


瞬間、膨大な殺気が飛んできた。 カルティヌスが今まで感じたことの無い殺気で、あらゆる全てを総動員させて殺気が放たれであろう方向に身体を向けた。


「は……?」


思わずそんな気の抜けた声が発せられた。 そこに立っていたのはアイラでは無く、純白のワンピースに身を包み、艶のある銀色に輝く髪に金の瞳を持つ少女がこちらに視線を向けていたのだから。


「っ……な、なんだてめぇは。 あのアイラの仲間か!?」


カルティヌスは身構えて叫ぶ。 しかし少女は微笑みを含んでただカルティヌスを見ていただけだったがその口を開いた。


「あらあら……口の聞き方がなってませんね。 今の私ですらあなたを殺すのに一秒と掛かりませんよ? ちょっと力の回収に来た手前ですが、まだ死にたくないでしょう?」


少女はあどけなさの残る笑みを携えながらカルティヌスを射抜く。 カルティヌスは少女が醸し出す異常な雰囲気に呑まれ、気を保つので精一杯だった。


「ぐっ……貴様、何者だ! 異世界からの新手か!?」


「ん〜……」


カルティヌスの問い掛けに少女は顎に手を置いて可愛らしい仕草で首を傾げる。 そして逡巡を見せた後満面の笑みをカルティヌスに向けた。


「貴方が知るには過ぎる情報だ。 さて、そろそろ時間を止めとくのも限界です。 気が付いていましたか? 貴方以外の全ての時間が止まっているという事に」


その少女の言葉に耳を疑った。 そしてハッと辺りを見回すと確かに時間が止まったかのように辺りは静観だった。 風の流れも、草木も、人も、魔法もあらゆる全てが停止していた。 その超常の現象にカルティヌスは戦慄を垣間見せながら少女の方に振り向いた。


やはり少女は微笑みながらカルティヌスを見つめているだけだった。 カルティヌスは急にこの少女が恐ろしくなった。 カルティヌスは後退りすると生唾を飲み込んだ。


「ああ、そんな怖がらなくても大丈夫ですよ。 どうせすぐ忘れるんですから。 時間取らせて悪かったですね。 では、御機嫌よう」


少女がスカートの裾を少し持ち上げながら頭を下げるとそのまま消えていった。 そして少女が消えたと同時に時間が動き出し、今の今まで網膜に焼き付いていた少女の顔が抜け落ちたように思い出せなくなる。


(何だったんだ……アレは……)


しかし無理矢理現実に戻される。 カルティヌスの背後に移動していたアイラの一撃がカルティヌスの脳を揺らしたからだ。


「がっ!! クソ、忘れてたぜ……」


そう呟きながら地上に落とされていくカルティヌス。


(……私も全力であの人を倒す!)


アイラは地に沈んでいったカルティヌスに追い打ちを掛けようと膨大なオーラを纏わせると空中を蹴って加速する。


「チッ……舐めるなよ小娘ぇぇぇ!!」


と全身に雷を纏わせたカルティヌスが憤怒の表情で戦斧を横に薙ぐ。 紫電の斬撃がアイラを襲うがアイラはそれをオーラを纏わせた両腕で威力を押し殺すとそのままカルティヌスに突っ込んでいく。


轟音が鳴り響き、粉塵に包まれるがそれも即座に搔き消えるとアイラとカルティヌスが超速で戦闘を行なっていた。


地を抉り、衝撃波が起こり、大気が振動する。 かつてない程の超速の戦闘は二人の感覚を過敏なものにした。 相手の行動を先読み、如何に次の攻撃に繋げられるか。 それをものにしたのがアイラだ。


手数と威力の高いアイラがカルティヌスを圧倒する。


「ぐうぅ……」


滴り落ちる鮮血に表情を歪ませながらカルティヌスはアイラを睨む。


(くそ、反動で身体が使いもんにならなくなるからこれだけは使いたくなかったが、やらねぇと負ける……)


「俺の二つ名の元となった技だ…… "地に堕ちた雷帝"!!」


勝ち誇った笑みを浮かべ自身の奥の手を使うカルティヌス。 今までよりさらに多くの雷電を纏い、速力と威力が底上げされる。


「ふっ!!」


アイラの速力を上回る速度でアッパーを喰らわせる。 それによって身体を宙に浮かせる事に成功したカルティヌスは腕に重点的に雷電を纏わせるとアイラの腹部に見舞う。


カルティヌスのストレートはアイラの腹部を捉えるとアイラは苦しそうな呻きを残して飛んで行き、露出した岩肌に勢い良く激突した。


「うっ……ぐぅ……ま、負けられない……私は負けられないんだ!!」


裂帛とした声で叫ぶと満身創痍の身体に鞭を打ち、認識を超える速度で背後に回り込むと蹴りを放つ。 破裂音が響き、カルティヌスの上体が大きくしなった。


「威力が落ちてきたなぁ! 俺も一気に決めさせてもらう! フルパワーだ!」


攻撃を食らったカルティヌスだったがアイラの足を掴み、思い切り地面に叩きつけた。

アイラは吐血し、そこにカルティヌスは思い切り蹴り上げた。


「ぶふぅ!!」


アイラは血を噴き出し、身体を回転させながら地面に叩きつけられる。 しかしまだ立ち上がる意思を見せるアイラ。身体を震わせながら立ち上がると今にも消え入りそうな目でカルティヌスを見る。


全身を隙間無く雷で覆い、赤目となったカルティヌスは未だ衰えぬアイラの戦意に軽く戦慄を覚える。


(何故だ……何故まだ立ち上がろうとする……! この、こいつの意志は……勝つまで諦めない戦士のそれだ)


カルティヌスは立ち尽くしたままのアイラに一撃を加えようと力を入れた瞬間、膝から崩れ落ちた。


「なっ……!?」


アイラが動いた訳でもない、足が飛ばされた訳でもない。 身体を酷使した反動だった。

予想外の反動の早さに眼を見張るカルティヌスだが意地を見せてアイラを殴り飛ばそうと駆ける。


充分に速いがやはり先程と比べてしまうと格段に素早さが落ちていた。 が、微動だにしない標的相手にそれは関係なかった。


(今度こそ貰った──────!)


勝ちを確信してカルティヌスは拳を放った。が、そのカルティヌスの渾身の一撃はアイラの左腕一本で止められてしまう。 アイラの足が地面にめり込むがそれは止めた時の反動。


「なっ……く、離せ!」


空いているもう一つの腕で殴り掛かるが容易に躱され、掴まれている腕を逆方向にへし折られながら片手の力だけで投げられた。


「ぐうお……!? て、てめっ……」


言い掛けて言葉に詰まった。 そして嫌な考えが思考を支配した。


(無意識に戦ってるのか? それか潜在的な何かが表に出て来ているだけか……兎に角、まともに身体は動かねえがこいつだけは殺しておかねえと)


「お……おおおおおおおおおお!!!」


反動後の身体に無理矢理身体強化魔法を掛かると畳み掛けるように猛撃を繰り出す。 が、その全てを躱され、無情な一撃がカルティヌスを蹂躙する。 クレーターが形成され、その中央には傷だらけのアイラと同じく傷だらけのカルティヌスが立っていた。


カルティヌスは右腕があらぬ方向へ曲げられており、どう見ても骨が折れていた。 流血もしてしておりとてもではないが戦えたものでは無い。 一方のアイラも気を失っているとは言え本来なら動けるはずの無い怪我である。 双方とも限界が近い……否、既に限界を超えていた。


「……」


アイラが無言で手を前に突き出す。 すると粒子が集まっていき、一振りの太刀が生成された。 純白の柄に透き通った刀身。 無意識的に太刀所有者の力を覚醒させた。


「ははは……勘弁してくれ。 こっちはもう魔力尽きかけ、身体も言うこと聞かねえ……チッ、まさかこんなガキに負けるとはな」


諦めたように頭を垂らすカルティヌス。 それに一切の戸惑いも感じさせずに太刀を振り上げ、振り下ろす────。


衝撃はいつまで経っても来なかった。 カルティヌスは頭を上げるとアイラはカルティヌスの真横で倒れていた。 太刀も粒子に変わり、やがて消え果てた。


「へっ……運が良いやら悪いやら……。 ぐっ、痛え……さて、そろそろアイーシャが心配するから、戻るか」


カルティヌスはアイラを見ながらそう呟くとなけなしの魔力を使い転移して行った。



「うっ……私、気を失ってた? 頭がぼんやりする……」


約五分後、アイラが目を覚ました。 頭を押さえながら状況を整理する。 そして徐々に覚醒してきた。


「はっ! カルティヌス!! そうだ、私……負けちゃったんだ。 あ、回復丸薬……飲まないと」


アイラはすぐさまメイルから貰った回復丸薬を飲み込む。 するとたちまち身体が全快し、先程までの痛みが嘘のように飛んで行った。

これにアイラは驚き、力を試しに入れてみる。 紅いオーラが身を包む。 出した衝撃で地面が抉れる程までに回復していた。


「よーし、シルヴィアさん達を援護しに行こう! 私の力が必要だと思うから」


決意新たにアイラはまた、戦場へと戻っていく。 今度は仲間を助けに。





「アイーシャ……すまねぇ。 このザマだ」


アイーシャ・フォン・ゴンハルトは目の前にいるカルティヌスを一瞥する。 嘆息を吐くと何やら液体をカルティヌスに投げる。


「アイーシャ……これは?」


「回復薬だ。 お前の事だ。 どうせ奥の手まで使ったんだろう? それを飲んでしばらく安静にしてろ。 お前が死んでいないだけマシだ。 そろそろ兵達の足止めも限界に近い。 次は私が行く……調子に乗りすぎたな。革命者ども」


並々ならぬ闘志と殺気を醸し出しながら実質のトップである五賢帝序列第一位のアイーシャがその重い腰を上げた。 そして仮面を一度取り外すとその素顔が露わになる。


美女と言っても過言ではない顔立ちは一際目立つが、何よりも目立つのはアイーシャの右目だろう。 アイーシャの右目はアイラ同様、左右で色が違っていた。 右目は黒、左目は金色。


「さて、奴らの蹂躙を開始する。 アイーシャ・フォン・ゴンハルト……推して参る!」


仮面を付け替えたアイーシャが、ついにその重い腰を上げた。

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