戦争に向けて
ある日の朝、シルヴィア達はメイルの固有空間で今後の事を話し合っていた。 万一戦争が起こった時の為の戦略などの事を考えていた。 ここは戦争経験者であるブラストがシルヴィア達にわかりやすく説明する。
「前回の時は連合軍の十二万という大軍を相手に戦っていた。もし仮に戦争にまで発展した場合、前回の比じゃないだろう。どれくらいの数が向こうにいるのか分からないが十五万は覚悟しておいた方が良い。数じゃ圧倒的に不利だが実力じゃこっちの方が上だ」
そのブラストに不服があるのか氷雨は眉根を寄せてブラストを睨んでいた。そしておもむろに口を開く。
「雑兵相手は楽だけど向こうにも強敵がいるんでしょ? 五賢帝とギルドマスターが。 こっちは数がないから雑兵にそんな割けない。さらに言うと五賢帝とギルドマスターは私達とほぼ同格らしいじゃない。そんなんでどう戦えと言うのかしら?」
「確かにそうだ。 俺らに数はないし疲弊しきった所を五賢帝にやられりゃ終わる。 が、なるべくこの固有空間に雑兵諸共ギルドマスターの数人を引き摺り込む。 お前達はその穴を突け。 五賢帝は三人だけだ。そこさえ耐えれば勝機はある」
「そんなに上手くいくのかしらねぇ」
氷雨は肩を竦めると嘆息を吐く。
「まぁまぁ氷雨。確かに数じゃ劣るけど私達にはメイルちゃんやアイラちゃん、タツヒコ君や長谷川さんにサラディウス達までいるんだ。 勝てるよう作戦を練ろう」
シルヴィアが氷雨を宥めると氷雨もそれに観念したのか大人しくする。 ブラストとメイルは顔を見合わせるとお互いが頷いてみせると先にブラストが口を出した。
「作戦は特に考えなくて良いぞ。暴れてりゃ向こうから来るはずだ。 まぁあいつらの事だからもうそろそろ仕掛けて来るだろう。近いうちに戦争が始まるはずだ。おそらくな。それまでに各々できる事を考えておくように」
ブラストはそれだけ言うとメイルに目配せをする。 メイルは咳払いをすると立ち上がる。
「タツヒコさん、どうなったかな。 一週間篭りっぱなしだけど」
メイルは空間を弄って今は修行中のタツヒコの様子を見る。 メイルが目にしたのは驚くべき光景だった。
「えっ!? 嘘……」
思わず声が漏れる。 メイルが見た光景は満身創痍ながらもメイルの人形とほぼ互角に戦っているタツヒコだった。 タツヒコは渾身の力を以って人形を叩き伏せた。 この瞬間、タツヒコの勝ちが確定しタツヒコがシルヴィア達に気付いた。 タツヒコはヨロけながらシルヴィア達の元へ行くとその場に倒れ込む。
「はっ……はぁ、はぁ……メ、メイル……やったぞ。 お前の人形を倒したぞ……」
疲れ果ててはいるが笑みを浮かべてメイルを見るタツヒコ。 そのタツヒコにメイルは嘆息を吐くとタツヒコに膝枕をする。
「なっ!?」
突然の行動に長谷川を筆頭に他全員が目を丸くする。 その反応にメイルは顔が赤くなるもタツヒコの頭を優しく撫でるとあどけなさの残る笑みを浮かべた。
「しょーがないですね。 約束は約束ですし……私が直々に指導してあげます」
メイルはタツヒコを膝から退かした頃には既にタツヒコの身体は全快していた。これも固有空間だからこそ成せる現象だった。身体の傷が全快したタツヒコは即座に立ち上がると氷雨に剣の切っ先を向ける。
「氷雨、俺の全力の技を受けてくれないか?」
「何で私なの? そこはシルヴィアで良いじゃない」
「シルヴィアに認められた人間ってのがどれだけやるか知りたくてな。 俺も同じ人間だ。俺は俺の限界を知りたい」
氷雨を射抜くタツヒコの目は本物だった。氷雨は薄ら笑いを浮かべると立ち上がって氷剣を具現化させる。
「良いわよ。 ただ私は生半可な攻撃じゃ倒せないわ。 そうね、ハンデと言っちゃなんだけど一撃。 一撃だけノーガードで受けてあげるわ。 まぁ適応因子はつけさせてもらうけど。 "適応因子"」
氷雨はタツヒコをおちょくるように挑発行為をしてくる。 タツヒコもタツヒコで魔力を練り上げるとタツヒコの持つ剣の刀身が極光に包まれる。
「全力でいかせてもらうぞ!」
タツヒコはそう叫ぶと全身全霊の力と魔力を込めてそれを振り下ろした。目が潰れるほどの光度と立っていられない程の衝撃が空間全体を駆け巡った。 光柱が天を突く様は天使の降臨を錯覚させる。
「ま、悪くないわね。 悪くないんだけど、私を倒すにはちょっと火力が足りないって言った所かしら」
「くっ……!」
ほぼ無傷で出来た氷雨にタツヒコは歯噛みするが気持ちを切り替えると氷雨に襲い掛かった。
「あんたの心意気に免じて空間支配魔法を発動してあげるわ。 "氷結世界・絶零度"」
瞬間、全ての世界が氷に包まれた氷結世界に書き換えられた。 気温が一気に氷点下まで下がり、吐く息すらも白くなる。 しかしそれでもタツヒコは氷雨に剣を振るう。しかしタツヒコの攻撃を防ぐように氷の壁が氷雨の前に現れるとタツヒコの攻撃をいとも簡単に弾く。
「一番自由度の低い空間支配魔法を発動させたんだからこれくらいは破って欲しいわね。 あと長引かせると死ぬわよ。 五分経過する毎に気温がマイナス五度されるから。さっさと私を倒して見せなさい」
余裕のある氷雨は氷壁越しにタツヒコにほくそ笑むとその場から消える。 しかしタツヒコは焦らずに刀身に雷を纏わせるとそれを地面に突き刺した。 地面に雷電が駆け巡ると同時に聖なる光が辺りを包むと巨大な爆発を起こした。
「っ!?」
衝撃が走る。 見るとタツヒコの腹部と腕から血が噴き出していた。 認識を超える攻撃を叩き込まれたらしい。 タツヒコは長引かせると危険と判断したのかその場から離れ膝を曲げた時だった。
「残念、チェックメイトよ」
地面から生えた大量の氷柱がタツヒコの全身を貫く一歩手前の所で止まっていた。背後には氷雨。
「ちっ、降参だ」
タツヒコは剣を地面に落とすと負けを表明する。それを聞いた氷雨は指を鳴らす。氷結の世界が音を立てて砕け、メイル達の固有空間に戻っていった。
「結局お前に擦り傷すら負わさられなかったな。やっぱ氷雨は強えよ」
「あんたもまぁそれだけあれば問題はなさそうだけど。及第点ね」
タツヒコと氷雨はお互い拳を合わせるとシルヴィア達の元へ戻っていった。 修行を終えたタツヒコはこれからメイルの指導へと入っていく。 戦火の足音は確実に近付いていた。




