様子見
メイルの家へと案内されたシルヴィア達。メイル曰く学院から近いが一人で暮らすには少し大きめの家だという事。 魔力処理と魔力遮断結界が貼られており、どんな者だろうと魔力が半分以下に強制させられるらしい。
「へぇ……中々良い家じゃない」
家に入るなり氷雨が一言。 開放感溢れるリビングが目に入るとクルクルと回りながら感想を述べた。 木造住宅の三階建てで確かに一人で暮らすには大き過ぎたが、今のシルヴィア達にとっては些細な事だろう。 寧ろ使える部屋が多くある為寝床に困る事も無い。
「皆さん、好きな部屋を使ってくれて構いませんよ。くつろいでいってください」
メイルが笑顔で全員にそう話すとシルヴィア達は部屋割りに向かった。 しかしタツヒコだけはその場に留まる。 メイルだけを一直線に射抜いていた。
「あの……何か?」
困ったような笑みを張り付けて対応するメイルにタツヒコは静かに息を吸い込むとメイルに頭を下げた。
「メイル、俺をあの固有空間に連れて行ってくれないか? 正直かなり焦ってるんだ。 シルヴィア達に負けてられねぇ……強くなりたいんだ」
「え〜……と、取り敢えず頭を上げてください。 強くなりたい気持ちは分かります。 その覚悟と気持ちは充分に伝わってきました」
メイルが指を鳴らす。 魔法陣が浮かび上がるとそこから小さな人形が姿を現した。 メイド服のようなものを着ており、とても可愛らしい人形だ。 メイルは人形に目をやりながら口を開いた。
「この子に私の約半分の実力を発揮出来る術式を組み込みました。 この子が倒されると自動的にこの家に戻ってきます。私の固有空間内でならいくらでも居ても構いません。 もしこの子を倒す事が出来たら……私が直々に指導してあげましょう」
では御機嫌よう、と手を振りながら見送るメイル。 タツヒコの姿が消えていく。 数秒もしないうちにタツヒコの気配すら消えてしまった。
「全く、いきなりだなぁ……。 まぁでもタツヒコさんぐらいなら倒すには骨が折れるでしょ」
メイルが静かにボヤく。 息を吐くとシルヴィア達の様子を見にメイルは二階へと上がって行った。 メイルは一番手前の部屋に入っていく。
「あ……メイルちゃん」
「シルヴィアさん。 この部屋で良いんですか?」
メイルがシルヴィアに話し掛けるとシルヴィアは優しい笑みを浮かべクルクルと回り出した。
「良い部屋だね。 簡易ベッドもあるし、広めの部屋だ。 落ち着ける空間ってのもたまには必要だ。 この部屋にするよ」
シルヴィアは何処から出したのか、既に紅茶を啜りながらメイルを見ていた。 メイルも満足そうに頷くとシルヴィアの部屋を後にする。
「さて、次の部屋は……と」
ノックをし入っていく。 するとそこにはソファに座る長谷川の姿があった。
「おうメイル。 良い部屋だな。 いやー、すばらしい」
「思いっきりくつろいでますね……」
ワイングラス片手に頬を紅潮させた長谷川は上機嫌なのか鼻歌を歌っていた。 メイルはそれに呆れを見せるも部屋にあるはずのないソファとワインが何故あるのか疑問を抱いた為長谷川に聞いてみた。
「長谷川さん……何故ソファとワインがそこにあるんですか? 簡易ベッドと小さな窓、クローゼットくらいしかなかった筈ですが?」
すると長谷川は笑いながらワインを煽るとゲップをしながらメイルに言葉を返した。
「んー? ああ……俺の能力でちょっとな。 お前らみたいに魔力が無いから使い放題って訳で有効活用させて貰ってるよ。 しかし良いワインだな、これ」
「自由人ですね……あまり汚さないでくださいよ。 では私はこれで」
長谷川に呆れを隠せなかったが長谷川みたいな人間は何かとムードメーカーなのでメイルはそこまで嫌な気分でもなかった。 長谷川の部屋を後にしたメイル。 次に向かうのはアイラが選んだ部屋だ。
「ア〜イ〜ラちゃん。 部屋はどうかな?」
「あ、メイルさん。 ありがとうございます。そうですね、中々良いです。広いし、ベッドまである。これで安心して眠れそうです」
アイラは小柄な体躯な為ベッドが大きく見えてしまいメイルは思わず笑みをこぼした。
「どうかしました?」
「ううん、何でもない。 ゆっくり休んでね」
首を傾げるアイラにメイルは頭に手を置くと微笑む。そしてそれを最後にアイラの部屋を後にする。
「最後は氷雨さんだな……」
扉の前まで行くとメイルは胸に手を当て呼吸を整える。 ノックをして扉を開ける。 メイルは目に入ってきた光景に唖然とした。
「ふん! いち抜けー! 弱いわねあんた達」
「氷雨様、今のはどうかと思いますが……」
「氷華! 早くしてよ! ババはあんたにあるって分かってるんだから!」
「ミラ……そんなムキになんないの」
氷雨達はトランプを全力で楽しんでいた。さらにはミラディウス、サラディウス、氷華を呼んでさらに盛り上がってババ抜きを楽しんでいた。
「あの……何をやっているんですか?」
「ん? あ、メイルじゃない。 娯楽という娯楽がないからちょっとトランプやらせて貰ってるわよ。 いやー、橘 光の家からくすねてといて正解だったわね。 こんな所で楽しめるなんて」
ババ抜きを観戦しながら氷雨が口にする。 メイルはこの状況に整理が付かず頭が真っ白になる。おまけに角の生えた人まで増えているんだからメイルの頭は思考を停止した。
「あら、固まっちゃったわ。 まぁ良いわ。続き始めましょう。 氷雨、その子に私達の情報送っといて頂戴、あなたなら朝飯前でしょう?」
「ちっ、しょうがないわね」
サラディウスに指示された氷雨は舌打ちをし不機嫌に顔を歪めながらもメイルの脳内にサラディウス達の基本情報を送っておいた。
「はっ……! 私は何を……って、何で魔王さんが二人もいるんですか!? もう一人に至っては人ですらないし……」
思考が戻ったメイルは今しがた送られてきたサラディウス達の情報を見て驚愕に身を染めた。 それと同時にこれからの不安の種を考えると溜息しか出ないのであった。
*
アイーシャ・フォン・ゴンハルトは定例会議中だろうと仮面を取ろうとはしなかった。そんな事よりも重大な問題が山ほどあるからだ。
「アイーシャ、この間来た異世界からの来訪者達……奴等と深淵竜ドラゴメイルが組む事も考えられるぞ。 メイルだけでも厄介なのに未知数の異世界からやってきた奴等だ。 俺ら五賢帝とギルドマスター含めても勝てない奴だったらどうする」
同じ五賢帝のカルティヌスが問題を示唆する。 五賢帝……人智を大きく超えた力を持つ人間で構成された独立部隊。 一人一人の実力は相当高く、小国を単騎で滅ぼせるほどの実力を持つ。 中でもアイーシャ・フォン・ゴンハルトは群を抜いていた。
そのアイーシャは素顔を仮面で覆いながらも逡巡を見せると意見を口にした。
「頃合いを見て各ギルドに通達する。 しばらくは泳がせておけ。 そうだな、もし奴等が亜人側についたのなら……戦争だろうな。 向こうには私達と同格のブラスト・シルヴァもいる。が、私達五賢帝は世界の秩序を守るために戦う。何であろうとな。 世界を変えるというのは秩序を変えるという事。私がいる限りこの世界は変えさせんぞ」
凛とした口調で物を言う。 アイーシャはそれだけ告げると目頭を押さえるように手を置いた。
「それに、あいつらを見てると左目が疼く。 おそらく能力は使わないが、状況によっては使わざるを得なくなるかも知れん。 その時は完膚無きまで叩き潰すまでだ。」
アイーシャの鋭い殺気が充満し、水を打ったように静かになる。
「まさか、こんな早く出会えるとはな。 奴等を叩き潰すのは私の役目だ」




