メイルの学院生活
「ここが都市リャードです。 そして目の前にあるのが私が通ってるシフォード学院です。凄いでしょう?」
メイルと共に転移してきて最初に目に入ったのは広大な敷地にデカデカと建つ校舎だった。 巨大な城を連想させるその建物は学院らしい。 純白を思わせる白璧はまるで聖域のような雰囲気が漂っている。 シルヴィア達は一回聖サラスメント学園を見ているがそれに勝るとも劣らない校舎に舌を巻いたようだ。
「凄いね。 良くこんな巨大な学院を……」
「地下もあるんですよ。 地上七階建て、地下三階建て。 計十階建てですね。 初等部、中等部、高等部と一貫してるからここまで大きくなってます」
「へぇ……」
ただただ凄過ぎてシルヴィアも反応に困ってしまう。 メイルは可笑しそうにクスクスと笑うと次へ行きましょうと転移しようとした時だ。 シフォード学院の制服に身を包んだ男子生徒がメイル達の前に転移でやってきた。
クリーム色の制服に金髪といった如何にも御坊ちゃまな雰囲気漂う男子生徒。 顔も整っておりモテそうだ。 男子生徒はメイルが目に入るとドヤ顔をしながら指をメイルに突き出す。
「何をやっているんだ? メイル、このような下賤の民をシフォード学院に連れ込んじゃダメっぶふぉ!!」
男子生徒が言い終わる前に氷雨の攻撃が直撃し、腕から血を流す男子生徒。
「誰が下賤の民ですってぇ? 次その言葉を口にしたら今の威力の十倍高いのをブチ込むわよ」
青筋を額に浮かばせながら口角を吊り上げる氷雨の姿は鬼を連想させた。 しかし男子生徒は腕を押さえながら震える指で氷雨を指差した。
「ぐっ……ぼ、僕に手を出して無事だと思うなよ!? 僕は貴族だぞ! 貴様なんか、貴様なんか!!」
「貴族? 大した実力も無いくせに金だけたんまり持ってる御坊ちゃまに負ける気なんてしないわね。 二度と逆らえないよう今すぐコテンパンにしても良いんだけど?」
売り言葉に買い言葉。 氷雨の言葉にキレたのか男子生徒の身体がワナワナと震え出し顔を上げる。 怒り心頭とも言うべき表情で怒りが滲み出ていた。
「それはこっちの台詞だ! 僕に手を出した事を後悔させてやる!」
「その言葉、覚えときなさいよ。 じゃあシルヴィア、ちょっと私はこのクソ男にどちらが上か教え込むから少し離脱するわ」
言うが早いか氷雨は男子生徒と共にどこかへ転移してしまった。 シルヴィア達は頭が痛いのか頭を押さえながら嘆息を吐く。
「あの男子生徒、氷雨に殺されるね。 しっかし氷雨も氷雨で短気過ぎる気もするんだけど。 年頃の女の子なんだからもう少し落ち着きがあっても良いんじゃないかな?」
いない当人に対して苦言を零すシルヴィア。
殺されると聞いて顔面蒼白なのはメイル。
「氷雨さんってそんなに強いんですか?」
「強いね。 まだまだ力を隠してる感じがしたよ。 私が本気になっても勝てないだろうねあの子は」
シルヴィアの言葉にメイルが震え上がる。そんなメイルを心配したのかシルヴィアが微笑む。
「殺される可能性は低いんじゃないかな? どっちが上か教えるって言ってたからね。 さて、これからどうしようか?」
「あの男子生徒、私が初等部の頃から良く突っかかってきたんです。 何度コテンパンにしても。 ま、氷雨さんが良いお灸を据えてくれる事を祈りましょう。 あ、そうだ。 次は学院寮に案内してあげます!」
とメイルが一歩踏み出した瞬間、メイルの足元に血だるまの男子生徒が転がり落ちてきた。
「っ!? きゃあああああああああ!!!」
と甲高い悲鳴と共に男子生徒の腹部にえげつない蹴りを全力で叩き込んだメイル。 その蹴りを見た瞬間氷雨は分厚い氷壁を五枚重ねで男子生徒が吹っ飛ばされた軌道上へ作り出した。 厚さ五㎝を誇る氷壁を四枚一気に砕くが五枚目で何とか止まる。 止まったことを確認した氷雨が額の汗を拭う。
「作戦成功ね。 全く、あの雑魚話にもならなかったわ。 だから威張り散らしてる勘違い野郎は嫌いなのよ。最後は泣きながら土下座させてやったわ」
「あ、ルーフェス! ごめんなさい!」
ドヤ顔の氷雨を尻目に血だるまの男子生徒、ルーフェスに駆け寄るメイル。 ルーフェスはギリギリ意識があるのか薄眼を開けメイルに言葉を発した。
「め、メイル……す、済まなかった。 僕が間違って……いた。 うぐ……」
ルーフェスはそれだけをメイルに言うと力尽きたのか気絶してしまった。 メイルはすぐさま回復魔法を掛けるとルーフェスを何処かへ転移させた。 ルーフェスを転移させたメイルはシルヴィア達に振り返ると申し訳無さそうに手を合わせる。
「すいません……これから学院で授業が始まるのでちょっとおじちゃんの固有空間でゆっくりしててください」
「え……? 固有空間…….?」
シルヴィアが呟くと同時に周りの景色が暗黒に塗り潰されていく。 そして見渡す限りが暗黒に染まった時ブラストが姿を現わす。
「メイルの奴、わざわざ俺との空間を一度繋げて完成すると同時に切り離したのか……。
よぉあんたら。 まぁこんな所だがゆっくりしていけよ」
ブラストが指を鳴らすと世界が書き換えられ、暗黒だった世界が照らされ、上空に空が現れた。
「こんな感じなんだ……ブラストさんの固有空間」
「ん、まぁな。 詳しい能力は明かせないが大抵の事は何とでもなるとでも思っておけば良い。ほら、メイルの様子でも見ようや」
またブラストが指を鳴らすとソファとテーブルが現れ、テーブルの上には巨大な肉塊が良い具合に焼けていた。 おまけに人数分の皿と椅子まで用意されている。 そして何もない筈の空間にはメイルの後ろ姿が映し出されていた。
「こ、こんな事も出来るんですね……ブラストさん」
アイラが羨望の眼差しでブラストを見つめる。 ブラストは照れ臭かったのか少し顔を紅潮させながら頬を掻く。 氷雨と長谷川とタツヒコは肉塊にかぶりついており、何故か長谷川が塩胡椒を持参していた為それを使ってさらに美味しさを引き出していた。
「お、メイルの奴……これから模擬戦か。 どれ、しっかり見てやるか」
ブラストの言葉通り闘技場とみられる場所でメイルが対戦相手の女子生徒と対峙していた。 ブラストは視点を女子生徒とメイルが良く見えるように少し遠くに変える。 それを肉塊に齧り付きながら見ていた氷雨が感心したように口にした。
「あんたの固有空間、世界にある程度干渉出来るの? それだとしたらかなり凄い空間ね」
しかし氷雨の言葉にブラストは首を横に振る。
「惜しいな。 俯瞰視点ってやつだ。ある程度の視点なら自由に弄れる。 まぁこの話は置いといてメイルの試合を見ようや。 あいつは俺より強いから良く見とけよ」
ブラストが言い終わると同時に模擬戦が始まった。 まず先に仕掛けたのは女子生徒。 数発の炎の玉を出現させるとメイルにその全てを放つ。 しかし所詮は小さな火の玉。 メイルの目の前に身の丈程の水の壁が出現すると火の玉が全て蒸発してしまった。
女子生徒の攻撃はそれで終わる筈も無く、全身に炎纏わせるとメイルに突っ込んできた。 メイルは炎を纏った拳を軽々と避けると強烈な膝蹴りを見舞う。 鳩尾に入ったそれは女子生徒にはキツかったらしく軽い呼吸困難に陥って地面に崩れ落ちた。
「あらら……手加減してるとは言え容赦ねーなあいつ」
「一瞬で決めちゃったね」
「中々美味しいわねこの肉」
食い入るように見入るシルヴィアとブラストとアイラだったが氷雨は食べながらそれを観戦している。 長谷川とタツヒコに至っては最早メイルの試合など眼中に無く、ただひたすらに肉を食べていた。
「さて次だ。 まだまだ続くらしい。 どうやら勝ち抜き戦らしいな。 飽きるまで見るか」
映像に映り出されたのは今度は男子生徒。 メイルを激しく睨みつけている。 メイルは何処吹く風という風に流していた。 試合開始と同時に男子生徒が飛び出すが、メイルの瞬間移動で簡単に背後を取られると足を引っ掛けられ盛大に転けてしまう。
「ブハッ! だっせー!」
ブラストが吹き出すように笑う。 存外声量が大きかったのかシルヴィアとアイラが顔をしかめた。
今度の男子生徒の属性は土らしく、地面を隆起させたり陥没させたりとメイルのペースを掴ませない。 しかしメイルは土に含まれる僅かな水分すら抽出し、脆くすると今度は風を起こして砂埃を舞わせる。 そしてメイルは自身の何倍もある炎球を出現させるとそれを闘技場に落とした。
魔力処理が施されてるのか、炎は直ぐに搔き消えたが男子生徒は思いのほか重症だった。 メイルはその男子生徒に駆け寄り、しゃがみ込んで回復魔法を掛けるとその男子生徒を何処かへ転移させる。
「相変わらずだなあいつ……。 まぁメイルから見ればただの人間。 メイルの正体を知るのは俺を含め数人。 他の人間達はメイルを強い人間としか思ってないからメイルもあんな事出来るんだろうな」
ブラストが複雑な表情でメイルを見る。 かつての大戦で自分達の仲間を屠った人間相手にあそこまで優しく出来るのは流石の一言に尽きる。 ブラストはシルヴィア達を一瞥すると視線を戻しメイルの模擬戦に意識を集中させた。 この試合でメイルは十二連勝を飾ることとなった。




