別れの時
世界崩壊を未然に防いだシルヴィア達は橘家でゆったりと過ごしていた。 氷雨はソファで仰け反って豪快に惰眠を貪っており、下着が見えていたが寝ているので気付くはずもない。
シルヴィアや長谷川も憔悴しきっており机に突っ伏していた。 アイラもうつらうつらとしており首が小さく上下に動いていた。 そんな状態の中、光は小さく笑っていた。 穏やかな笑みを向けながらシルヴィア達を見回す。
(……こいつらには助けられたし、今はゆっくりさせとくか。 世界の救世主さん達よ……)
光は踵を返すと自分の部屋へと戻って行った。 それからシルヴィア達が目を覚まし始めたのは二時間後の事だった。
最初に起きたのはシルヴィア。 自分の隣で寝ているアイラが目に入ると、眠そうな目を擦ると眠るアイラの背中を優しく撫で始める。
アイラは夢でも見ているのか、口元が緩んでおりとても可愛らしかった。
「お兄ちゃん……むにゃむにゃ……」
寝言なのか、夢なのか、アイラが呟く。忘れられない兄の名を。 血の繋がりは無いがやはり本当の兄妹のように想っていたのだ。
(やっぱり……どれだけ隠してても忘れられないんだねアイラちゃん……)
シルヴィアは胸が締め付けられる思いになったがそれをしまい込んでアイラの寝顔を見ると撫でていた手を離す。
「ふぁーあ……良く寝たわ。 んん〜……」
と氷雨が欠伸をしながら伸びをする。背骨が小気味良い音を立てて鳴る。 氷雨はシルヴィアが見ている事に気付いたのかシルヴィアを睨む。
「何よシルヴィア……。あんたも今起きたところなんでしょ? 寝癖付いてるわよ」
「うえぇ……ホントだ。 ありがとう氷雨」
氷雨に指摘され、寝癖を直したシルヴィアは素直に氷雨にお礼を言う。 氷雨は恥ずかしいのかそっぽを向いて顔を赤くしていた。
「ふ、ふん……! 別にあんたの為じゃないんだから! あんたが寝癖付いてるとみっともなくてこっちまで恥ずかしくなるわ!」
さらに早口で捲し立てると氷雨も自身に寝癖が付いていないかさり気なくチェックしていた。 それが可笑しかったのか何なのか、シルヴィアが失笑を溢す。 それが癪に触ったのか氷雨のこめかみの血管が浮かび上がる。
「氷雨……下着、黒のTバックなんて大胆なもの履いてるのね」
「え……? なっ!?」
シルヴィアの指摘に氷雨は自分の服装を見直すと確かに下着が見えていた。 それに気付いた氷雨は顔を茹でタコのように赤くしながらスカートを直して足を閉じて座ると、青筋を立てて全身を震わせながらシルヴィアに対して口を開いた。
「あ……ありがとうシルヴィア。 恩にきるわ」
全身を怒りに震わせながらも頭を下げる氷雨。恥ずかしさも相まってそれは相当なものだろう。 しかしその屈辱に耐え、謝罪までする氷雨は何とも我慢強く礼儀良かった。
「ちょ、ちょっと失礼するわね……」
と残し、氷雨がシルヴィアの視界から消え去ると、氷雨が今までいた場所にサラディウスが座っていた。 何気に紅茶を飲んで優雅に過ごしている最中だったようだ。
「あらサラディウス。 氷雨は?」
そのシルヴィアの問いにサラディウスは微笑を溢すと紅茶を啜り、それから口を開いた。
「私と入れ替って魔界へ行ったわ。 血の契約を結ぶと私の魔界と繋がって自由に行き来が出来るようになるのよ。 今頃暴れてるんじゃないかしら?」
「へ、へぇ……便利なものね」
(相当ストレスが溜まってたんだ……。 短気だし……サラディウスも苦労してそうだな)
気苦労の耐えさなそうなサラディウスに同情しつつ、シルヴィアも紅茶を出すとサラディウスと一緒に飲み始めた。
*
すっかり日も沈み、光と灯とシルヴィア達は晩御飯を食卓机で囲んで食べていた。 その頃には氷雨も帰ってきており、シルヴィア達と一緒に箸をつついていた。
今日の晩御飯は焼肉。 たくさんの肉があり、皆ワイワイと楽しんでいた。 長谷川は買ってきたであろうチューハイ片手に、肉を食べていく。 アイラやシルヴィアなどの女性陣も食べに食べていく。 このささやかながらも豪華な焼肉パーティーは皆が満足するまで続いた。
「ふぃー……食べた食べた」
シルヴィアが膨らんだ腹部を摩りながらソファで寛いでいた。 全員がリビングで寛いでおりアイラと灯は読書を、長谷川とタツヒコや氷雨はテレビを見ていた。
「こんなゆったり出来る世界も珍しかったわ。 でもそれも今日でおしまいね」
氷雨がポツリと呟く。 氷雨の言葉は別れを意味していた。 何となく察していたのだろう。 光が寂しそうに表情を曇らせるのが目に入った。
「そうだよな……もうこの世界の異常を根本から解決したからお前達の世界に帰るのは当たり前だよなぁ……短い間だったけど楽しかったぜ」
光は笑うがその奥底には寂しさが見え隠れしていた。 そんな光を励ますかのようにシルヴィアや氷雨は笑みを携え、氷雨が光の肩に手を置く。
「大丈夫よ……そんな寂しそうな顔しなくても。 あんたと過ごした日々は忘れないし、運が良ければまたこの世界にも来るから……って私らしくないわね」
氷雨は光の背中を力強く叩くと笑い飛ばす。 光は痛そうに顔を歪めるも氷雨と一緒に笑い合った。
そんな光達を尻目に、シルヴィア達は灯に日々の感謝と手助けしてくれた時のお礼を述べ、抱き締める。 灯もまんざらじゃなさそうに頬を赤く染めながら照れていた。
そしていよいよ別れの時。 流石に家の中じゃ雰囲気が出ないので、外でやるとのこと。
「じゃあなシルヴィア達……向こうでもしっかりやれよ?」
「ふふ……分かってるって。光君と灯ちゃんも元気で」
そのシルヴィアの言葉に灯と光は照れ笑いで返す。 不意に思い出したかのようにシルヴィアが氷雨に視線を向けると問いかけるように口を開いた。
「そういや氷雨、今更言うのもなんだけど私達に協力してくれないかな? 私達の仲間になってほしい」
シルヴィアの懇願。 その懇願を氷雨はある程度予想が付いていたのか鼻を鳴らし胸を張ると腕を組んでから大袈裟に言葉を出す。
「ふん……何よ今更。 もう私達は仲間みたいなもんでしょう。 雰囲気も良いし、戦力も増強されるから私が入ったらメリットだらけじゃない。 断る理由はないわ」
「ありがとう氷雨……」
氷雨が新たに仲間になった事の喜びを噛み締めながら改めて光と灯に向き直る。
「じゃあ私達はこれで……じゃあね」
片手を挙げて光と灯に最後の礼を述べると空間に大穴を開ける。 その大穴に吸い込まれるようにシルヴィア達がいなくなると途端に雰囲気が静かになる。
「行っちゃったな……シルヴィア達」
「そうだねお兄ちゃん……。寂しいな」
灯が表情を曇らせる。 光は何と声をかけて良いのか分からず、その場で立ち尽くすが灯が片手を挙げると無言で家に入って行った。
灯は夜空に輝く月を見上げると赤髪のポニーテールを解く。
「……もうそろそろ茶番もおしまいね」
そう呟いた灯は先程までの灯では無く、セミロングの銀髪に金色の瞳を持つ少女が灯がいた場所に立っていた。銀髪の少女は無言で手を空に突き出すと無味な表情のまま眼前の景色を目に焼き付け、静かに呟いた。
「仮初めの世界……楽しかったわよ。 さて、そろそろ『彼女』も動かしましょうか」
銀髪の少女は意味深な発言を残すと虚空に消えた。 一体彼女の目的は何なのだろうか、その一切が謎に包まれているままだ。




