『世界の狭間』 戦闘
男と対峙するシルヴィア達は殺気を放出し臨戦態勢へと入っていた。 警戒心を強め、如何なる行動、攻撃にも即座に対応できるようにと。それ故に先制攻撃が出来ないでいた。
出方を窺う。 相手の能力や特性が分からない以上無闇に手を出したら愚行だろう。
「ふん……俺の出方を窺っているのか。気乗りはしないが来ないなら此方から行かせてもらおう!」
シルヴィア達からの先制攻撃が無いと分かった男はシルヴィアに狙いを定めて地を蹴って剣を具現化させるとそれを振り抜く。
刀身から光の刃が無数に射出されるが、氷雨の認識を超える速度の攻撃で相殺する。
「ぬ……っ!?」
攻撃を相殺された男は目を見張り、視界が泳ぐ。 その一瞬を突いてアイラが男の右隣に現れるとがら空きの脇腹に拳を叩き込む。重い一撃が男の肋を容赦無く砕く。
「ごっ……!!」
肋をいとも容易く折られ、激痛が男に走るが男は笑っていた。 そして握り拳を作ると眼前に現れたアイラの攻撃を完璧に躱すとカウンターを綺麗に決めた。
「あっ……!?」
宙に浮いていた為、アイラは地面に叩きつけられるように飛ばされるが態勢を整え、華麗に着地する。そしてアイラは男を吟味するように凝視する。
(おかしい……一度目は全く反応出来なかったのに二度目は完全に対応されカウンターまで貰った。 それに威力もまるで私と同じ……)
頭の中に色々な思考が浮かぶがアイラはそれらを振り払うと赤色のオーラを纏う。赤色のオーラをアイラが纏ったのと同時にタツヒコが飛び出した。
「おおおおおおおおおおお!!!」
裂帛の気合いの咆哮を挙げ、刀身に膨大な光を纏わせるとそれを振るって極大の光柱を作り男に炸裂させた。 爆発音と視界を潰す光が辺りに広がり、目と耳が潰される。
「多少のダメージが与えられると良いが……」
多少の手応えは感じたものの、あれだけで倒せるとは到底思えなかった。
「まぁ、及第点だな」
「っ!?」
いつまにかすぐタツヒコの目の前に男が剣を振りかぶって立っている。 タツヒコは即座に時間の流れを遅くさせるとカウンターの要領で突きを繰り出すが既にタツヒコの視界には男の姿は無かった。
「……っ!!」
タツヒコが歯軋りをするのと同時に時間の流れが元に戻り、タツヒコの背中から突然血が噴き出した。
「なっ!?」
「良い攻撃だと思わないか? 少年」
何とか振り向いたタツヒコに男が余裕を取り戻したように告げる。タツヒコはそれを歯噛
みし男を睨むがただそれだけだった。
片膝をついて背中の傷を見る。 流血も酷く傷も深い。そして何よりもタツヒコが確信した事がある。
(こいつ……まるでアイラと戦ってるような感じだ……移動速度、一撃の重さ。 何なんだこいつは……!?)
「ほう……その様子だと分からないらしいな 俺の能力を。 教えてやろうか?」
タツヒコの表情で読み取ったのか男が口角を吊り上げる。 しかし肝心な言葉を男が呟く前にシルヴィアの猛撃が男を襲う。
「勇者君! 私に捕まって! 早く」
いつまに居たのかクラウディアがタツヒコを強引に手繰り寄せると背中に背負い、安全圏まで避難するとタツヒコの身体に回復魔法と身体強化魔法、魔法の威力を底上げする魔法を掛ける。
「クラウディアさん……恩にきるよ」
「仲間として当然の事をしたまでです。 全員に身体強化魔法は掛けておいたし自然治癒能力も上げといたから……簡易的な再生能力が付与されてるはず。また怪我したら私が治してあげますから……行って来なさい!」
クラウディアはタツヒコの背中を叩き上げると親指を立てる。 タツヒコも笑みを零すと攻撃が入り乱れる戦場へ駆けて行く。
シルヴィアは男と熾烈を極めるような剣戟を繰り広げていた。 剣が交わるたびに起こる爆発的なエネルギーと金属音は見るものの心を震わせる。
「ちっ……。 埒があかない。 でも大体あなたの能力は分かった。 あなたの能力は……"五感で体感し、体感した相手のスペックを奪う能力"」
シルヴィアが叫ぶと一旦距離を置く。 男が今のシルヴィアの発言に興味を持ったのか攻撃の手を止めシルヴィアを射抜いて肩を竦める。
「半分正解、半分不正解だ。一度覚えた能力や魔法に加え、さらにその能力の耐性を得る……だ。しかし、どうやって俺を倒す気でいる? 能力が分かった以上……俺の能力の厄介さが増した筈だろう?」
シルヴィアに男が問いかける。しかしシルヴィアはそれに反応せずに魔力を練り上げる。
巨大な魔法陣を展開させるとその魔法陣が光り輝き始めた。
「でも私は一人じゃない」
シルヴィアが自信に満ち溢れたように呟く。魔法陣が極限まで光り輝き、白の世界に染め上げる。 氷雨が上空へ移動し魔力を練り上げる。
「我求めるは万物を凍らす氷獄……我求めるは万物を燃やし尽くす煉獄の炎……」
氷雨が詠唱を始め、両手を大きく広げ始める。 詠唱が進むと同時に氷雨の右手には巨大な氷塊が、左手には万物を燃やし尽くすかのように猛烈に燃え盛る煉獄の炎がその姿を現わす。 そして氷雨はその相容れぬであろう二つを何を思ったか伸ばした両腕の頭上の頂点で交わらせた。
炎熱の熱波と大気を凍らす程の二つのエネルギーが駆け巡る。 そして炎と氷塊の二つは、氷塊の表面を炎が這うように覆っていた。
氷塊の先は鋭利に尖っており、人の身体など容易に貫きそうだった。 氷雨はさらに魔力を練り上げると力の限り叫んだ。
「消し飛びなさい! 合成魔法…… "氷炎乱舞"!!」
氷雨が放ったそれは爆炎を吹きながら男もろとも押し潰すように地面に轟音を轟かせると、途端に爆炎が四散し、天を貫くかのように炎が爆ぜた。 氷塊は爆炎に飲まれようが熱波を浴びようがその形の一切を変える事なくその場に在り続けた。
「ぐ……がぁ……ごほっ……ぐ、かなりのダメージを負ったがこれで……」
身体の半分を抉られながらも男が這い出るように姿を現わす。 腹部に堂々と空いたその穴は内臓すら消し飛んでおり、痛々しい姿そのものだった。 腕の一部の肉が千切れており、そこからの流血も酷く、どうして生きているのか不思議なくらいだった。
しかし男はそれすら気にしない様子で氷雨を射抜くと大仰に手を広げる。
「これで俺に "氷" と "炎" は効かなくなった! 行くぞ小娘ぇ!!」
手負いとは思えぬ速度で氷雨に近付くと浴びせるのは剣戟。 怪我の影響を微塵も感じさせない剣技は氷雨を多少驚かせたがそれだけだった。 氷雨は好戦的な笑みを浮かべると男の振るう剣に軌道を合わせると剣を弾き飛ばす。
「私、剣術が得意なのよ……落ちなさい!」
顔面を蹴り飛ばすのと同時に、認識を超える速度の攻撃を数発叩き込む。
「ごはっ!!」
男は吐血しながらそのまま地面に一直線で落ちて行く。 その延長線上にいるのは長谷川とシルヴィアだった。 二人はタイミングを合わせ、地面に落ちるギリギリのタイミングで同時に斬り込み、勢いそのままに地面に激突する。
「……やったか!?」
長谷川がガッツポーズをしながら倒れ込んだ男を見やる。 男はピクリとも動かず、男から流れ出る血液がそれを物語っていた。
「まだ気を抜いてはダメです。 何があるか……」
アイラが再度気を引き締めるように周りに言い聞かせる。 確かにアイラの言う通り、何があるか分からない。
一瞬の静寂が駆け抜けたと同時に全員の身体から血が噴き出す。 これには全員が全員目を丸くし、強い敵意を持って男を見る。 男は満身創痍の状態で立ち上がっていた。 全身が血塗れ、身体が吹き飛んでいようともその姿にまだ戦意が感じられた。 ユラユラと歩き出すとおもむろにシルヴィア達に手を突き出し、厭らしい笑みを浮かべ、口を開いた。
「は……ははは……ごほっごほっ! これでお前らの攻撃の殆どに耐性をつける事が出来た! 待ってろ……すぐに俺と同じ姿にしてやる」
未だ衰えぬ戦意とその満身創痍の姿にシルヴィア達は身構える。 今まで以上に気合を入れ直しそれを迎え撃つ。
「俺がやる!」
長谷川が前に出て男と対峙すると間髪入れずに斬りかかった。 お互い一歩も譲らない斬り合いになり、ダメージが蓄積されていく。 スペック的には長谷川より男の方が上だったが長谷川の意地なのか必死に食らいついてなんとか攻撃を躱し続けていた。
長谷川の攻撃は男に覚えられており、耐性が付いているため攻撃は通らないが足止めは出来ている。 鬼気迫る迫力に男は僅かながら気圧される。長谷川はここが決め所と言わんばかりに攻撃速度を上げる。
(こいつが俺らのスペックの耐性を付け、さらに奪ったのなら俺が補完すれば良い。 こう言う時にための流れを変える能力ってのが必要なんだ)
長谷川は複数の能力を自分自身に掛けて応戦していた。 その事を男は知る由が無い為、能力が奪えないと長谷川は仮説を立てた。
「うおおおおおお!!!」
長谷川が吠え、放った一撃が頬を抉る。血飛沫が噴き出し、男の動きが停止する。
「 "飼い殺し" 。 お前は動くな。 余計な事を考えず、殺される事だけ考えてろ」
長谷川はそれだけ言うとその場から離れる。と同時に入れ替わるように氷雨が男の目の前に立ち塞がった。 氷雨は鼻息を鳴らすと冷めた様子で男を一瞥する。 長谷川の能力の効果により動く事もままならず、さらに思考も限定された為、今の男にこの戦況を覆す事は不可能に近かった。
「魔力解放」
氷雨がここに来て限界まで高めたであろう魔力を解放する。 瞬時に傷が回復し、魔力の量と質が跳ね上がる。 不敵な笑みを浮かべると静かにその口で告げた。
「中々楽しかったわ。 潔く逝きなさい…… "万象呑み込む黒の王【ベーゼフランメ】"」
氷雨が手を突き出すと、男の真上からこの世の深淵のような禍々しい『何か』が現れ、男を丸ごと呑み込んだ。
そして氷雨が指を鳴らすと『何か』が霧散し、男が地面に伏しているのが目に入った。
シルヴィア達が男に近付こうとした時、空間に大きな揺れが走る。 見ると空間の一部が剥がれ落ちて来ている。 崩落が始まったらしい。
「皆! ここの穴から飛び降りろ! 早く!」
シルヴィアが指差したのはあの住宅街が眼下に広がる空間の穴だった。タツヒコや長谷川は結構な高さに臆したが、あまり猶予が無い為、意を決して飛び降りた。 長谷川とタツヒコに続いてアイラや氷雨も飛び降りる。
残るはシルヴィア一人となった。 崩れゆく世界の狭間を哀れむような目で振り向くき、すぐに視線を戻しシルヴィアも飛び降りた。
「……彼も報われませんでしたね」
誰も居なくなったはずの『世界の狭間』に橘 灯が姿を現わす。 そして哀れむような視線で絶命した男を見下ろす。 しゃがみ込むと優しく撫でるかのように男の顔に手を置く。
「……この『世界の狭間』ももう用済みかな。 さて、次はどんな出来事が待っているのか」
灯は淡々と呟いた後その場から姿を消した。
『世界の狭間』は完全に崩落し、街に綺麗な空が訪れたのはそれからまもなくの事だった。




