突入
日が昇り始めた早朝、シルヴィア達はリビングに集合していた。 目的はあのヒビの空間内に突入し、世界の崩壊を人為的に起こしているであろう存在の殲滅。
シルヴィアは集まった仲間を見渡すと頷くとゆっくりと口を開いた。
「これからあのヒビの中に突入する。 突入して世界の崩壊を食い止める。 激しい戦闘になるかも知れないけど皆覚悟を決めて欲しい」
「お前について行った時点でもう覚悟は出来てる。 それは変わらないぜシルヴィア」
長谷川がタツヒコ達の思いを代弁するかのように親指を立てながら言う。 そして各々がシルヴィアを見やると頷く。 シルヴィアは胸の内が熱くなるのを感じながら、氷雨に目を向ける。
「氷雨……あなたも力を貸してくれるよね?」
「当たり前でしょ? 何のためにこの世界に来たと思ってるのよ。 成り行きであんた達と行動してるけど数が多いに越したことはないわ」
氷雨がぶっきらぼうに告げる。 そっぽを向くが内心はそこまで嫌でもなさそうな感じだ。
すると氷雨は何を思ったか氷華を出すと、氷華に命令するように指を立てた。
「氷華、あんたは街に魔物が降りかかって来た時の為に留守番よ。 この街の人たちを守りなさい」
「了解しました氷雨様」
氷華は抑揚のない声で呟くと綺麗な姿勢を保ったままその場で静止する。
「さて、氷華も配置したからこれで街も安全ね。シルヴィア」
氷雨が急かすようにシルヴィアを顎でしゃくるとシルヴィアが頷く。 それと同時に魔法陣が展開され、強烈な光を放つと橘家からシルヴィア達は姿を消した。
*
空間の穴の真下に移動したシルヴィア達はその穴から覗く空間を見上げる。 シルヴィアが手を突き出すがそうした瞬間にシルヴィアの手が弾かれ、シルヴィアの顔が歪む。
「くっ……! ダメだ。 私の空間干渉で移動出来ない。 外部からの干渉を拒絶してるのか!」
シルヴィアが苦々しく呟いて歯噛みすると睨むように穴の空いた空間を見上げる。 氷雨も色々試してみるがどれも失敗に終わる。 アイラの認識を超える移動ですら受け付けないと言った状況だった。
「皆さんお困りのようですね」
不意に背後から声が掛けられる。 シルヴィア達は反射的に振り向くとそこには灯がポニーテールを揺らしながら笑みを浮かべて立っていた。
「灯ちゃん……? なんでここに……」
「皆さんのお役に立てるかと思って……出て来ちゃいました」
シルヴィアの問いに灯が舌を出しながら答える。 その灯に呆れながらも、注意しようとシルヴィアが口を開きかけた時、再び灯が口を開いた。
「怒るのは無しにしてくださいシルヴィアさん……もうここはあのヒビの中ですから」
「!?」
シルヴィア達全員が驚愕に満ちた顔を浮かべ、辺りを見回す。 一体どのようにこの空間に灯のような一般人が干渉出来たのかシルヴィアには理解出来なかったが、今は灯に感謝するように息を吐く。
一寸先は闇……この言葉を体現したかのような空間だった。 しかしこの暗闇だと言うのにシルヴィア達の姿は鮮明に見えており、保護色であるシルヴィアの黒いスカートもはっきりと確認出来た。
「何なんだこの空間は……」
「ようこそ『世界の狭間』へ。 どうやってこの空間に入ったのかは知らないけど」
不意にシルヴィア達に声が掛けられる。 その声の主は黒いローブを身に付けた華奢な身体つきの人間だった。 声が少女のそれだった為性別は女だと分かる。 全身が黒衣で包まれていた。シルヴィアは黒衣の少女のただならぬ雰囲気を感じ取り警戒心を強める。
「君が……この件の黒幕か?」
無意識的に発した言葉にシルヴィアは後悔するも表情には出さず、黒衣の少女を射抜く。
黒衣の少女は盛大なため息を漏らし肩を竦めた。
「第一声がそれ? まぁいいか。 関わってるのは確かだけど主犯じゃない。 ボクはたまたまここに来て、面白そうなおもちゃがあったから遊んでただけ」
黒衣の少女は辟易とした様子で口を開くとフードから覗く左目でシルヴィア達を射抜く。 黒衣の少女の発言にシルヴィアは眉をひそめる。
「面白そうなおもちゃ……? まさか今までの魔物の襲撃は……!」
「御名答……全部ボクがやった事さ。 中々の暇つぶしにもなれたし、君達の強さも大体分かったからそれなりの収穫はあったね」
シルヴィアに当てられた事に機嫌を良くしたのか黒衣の少女は一転して声色が明るくなる。 その事実にシルヴィア達は歯噛みし、全身から殺気が漏れ出す。
「何? ボクとやり合うつもり?」
黒衣の少女も察したのか、嬉しそうに口角を吊り上げてシルヴィア達とは比にならない強く膨大な殺気を溢れ出させる。 しかしすぐに殺気をしまうと臨戦態勢を解いてしまう。
「そんなにやりたいならこの件の主犯とやってよ。 今はボクの能力で押さえ付けてるけど今の君達にもちょうどいい運動になると思うよ」
黒衣の少女が少しだけ動くと地に伏した男が姿を現わす。 続けて黒衣の少女は言葉を発した。
「ああ……忘れてた。 ボクの名前はルティナ。 大罪のルティナ。 君達の名前は全員知ってるから名乗らなくても良いよ」
黒衣の少女……ルティナはシルヴィア達の動きを手で制すと徐々に後ずさる。 シルヴィア達は何故か動きたくても動かず、ただただ後退するルティナを見ている事しか出来なかった。
「じゃ、頑張って。 生きてたらまた会おうね。 その時は全力で相手をしてあげるから」
それだけ言い終わるとルティナは闇夜に消える。
「大罪の……ルティナ」
シルヴィアがポツリと呟く。 あの華奢な身体から放たれた殺気は尋常ではなく、あり得ないくらいの濃さだった。シルヴィアはルティナを要注意人物として記憶すると、頭を切り替えて今しがた動き出した男に目を向ける。
「誰だ貴様らは……」
「君を倒す者達だ……それだけで充分だろ?」
シルヴィアが殺気を滲ませると男の顔つきが変化する。
「そうか……この『世界の狭間』にいるという事は世界の崩壊を止めに来たか。 良いだろう……その勝負受けて立とう! ただし全力でいかせてもらう!」




